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謹賀新年~2015年師走を彩った草ヒロとともに

ダットサントラック

日産自動車
ダットサン1200トラック(320)

年式:昭和39年MC~40年FMC
山梨県甲府盆地にて
2015年12月撮影

新年明けましておめでとうございます。
本年も、草ヒロ探検隊ブログをよろしくお願いいたします。

前回から2年が空きましたが、元日恒例のダットサントラックです。
恒例と言いつつも、2008年2013年の二回しかでていませんが、甲府盆地で『廃車体街道を行く』をやるなら外せない1台と、探検隊がイチオシするダットサントラックから一年をスタートいたします。

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探検隊2015慰安旅行より(6)

ミニエース

頭の代わりにパレットが三枚立てかけられたトラックの荷台。
サイドビューやフロントビューから見つけたならスルーを決め込むところですが、なぜ撮っているのかといえば。

ミニエース

鈴木B360がテールライトを見ただけで、この荷台が誰なのかを導き出したためで、頭が無いのが甚だ残念ではありますが、珍しい車だったので、ふたりで舐めるように拝見してきました。

ミニエース

テールライトだけで当てられる、いい意味での変態さまは世に限られますので、答えとなる部分の拡大写真で解説しますと、

最大積載量が500kgは、軽トラック(350kg)ではないという事。
ディーラーシールが、トヨタカローラ南信である事。

以上の2点からざっくりと結論を申せば、
この荷台は、トヨタ自動車工業の初代ミニエース(UP100)のでした。

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もう1台の荷台オンリーなミニエーストラック

もう1台の荷台オンリーなミニエーストラック
山梨県東部富士五湖地域にて
2010年4月撮影

鈴木B360より、もう1台の荷台だけの個体のリクエストが入りましたので追記です。
完全体なミニエーストラックよりも、荷台だけの姿の方が馴染みあるという何とも悲しい実績のある探検隊です。
この荷台も見つけた時に大注目したのは鈴木B360でした。

元紹介記事:2010春の異常気象にて(7)

日本海CCR2015の帰り道に(7)

ホーマー

見てみたいと思っていたホーマーに案内して頂きました。
以前、おおよその場所を聞いていたところは、何度も通りがかっているはずの場所でしたが、現地で姿を見れば幹線道路沿いというアッサリな立地。
脇道に逸れてばかりで素直さがなかったために見つけられなかった、探検隊らしいと考えさせられる1台です。

ホーマー
ホーマー

日産自動車
ニッサンプリンス/ニッサン・ホーマー

昭和43年MC~47年MC
長野県にて
2015年9月撮影

車体サイドにあしらわれたワンちゃんのステッカーが印象的なサビがやや色濃くなりつつあるホーマー。
プリンス時代の個体ではなく日産との合併後のMC顔です。
一見するとただのパネルバンで車体記された布団を運んでいたようにも見えますが、ただの布団屋の車ではないのを、管理人は職場でお世話になっているのでピンと来ました。
パネルの屋根に控えめに出たものは排気口、側面の小窓の中には操作パネルがあり、この車の正体は「布団乾燥車」になります。
写真はありませんがリアには観音開きのドアがあり、パネル庫内に布団を何枚も収納して温風により短時間で乾燥させるものです。

コメント:管理人

雨ニモマケズ、草ニモマケズ、草ヒロ探検隊旅行記(13)

プロシード

今回の長野行きで元気でいるか確認をお願いされた個体へと平地のファミリア・マツダパラダイスから山あいへ車を走らせること30分、斜面に元気に張り付いている姿を遠目にて確認できました。

プロシード
プロシード
プロシード

東洋工業
マツダ・プロシードデラックス(BUD61)

年式:昭和40年~46年(本個体はその中でも昭和43年~44年モデル)
長野県にて
2015年6月撮影

本年1月に開催された『趣味人懇親会』で巡った珠玉の草ヒロたちの1台。
その姿を遠目だけで済ませる手はありません。ガッチリとお近くで拝見して参りました。

プロシード

雪に覆われた白の世界での対面から半年で・・・

プロシード

樹々には葉が生い茂り、大地も緑に覆われ、その旺盛な生命力でリタイヤしたプロシードを包み隠そうとしています。
窓やドアはしっかりと閉まっていたのですがキャビンの中にまで蔦が入り込み、雪を満載していた荷台は草へと主役が交代しては居ましたが、フロントは隠れそうで隠れず、草ヒロ鑑賞できないのではと覚悟していたところ意外や意外でした。

コメント:管理人

クラウンRS41ツアー2015(24)

ハイライン

昨日紹介をした並びの中から、ダイハツ・ハイラインをピックアップしまして、クラウンRS41ツアー2015の連載を最後とさせていただきます。

ハイライン

こちらの個体は、ドラム缶の向こうに垣間見えたグリルから4灯になった後期型で昭和40年からのモデルになります。

ハイライン
ハイライン

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイライン(F100)

年式:昭和40年MC~44年(初代後期型)
羽前の国にて
2015年4月撮影

前をドラム缶に、上を冷蔵庫やバイクなど賑やかに、後ろをコロナに囲まれてはいますが、ダイハツのハイラインです。
ライバルの多い1トン積みトラックに乗用車ムードを盛り込んで昭和37年2月に登場した初代ハイライン。
エンジンはクラストップのFA型1490ccガソリンエンジンを搭載し、荷台は標準車でゆとりのあったところにロングボディ車(荷台長2.4メートル)を昭和38年にいち早く追加するなど、ダットサントラックの牙城を崩しを狙った意欲作でしたが、それは果たせませんでした。
結果としてハイラインは、ダットサン崩しどころか、トヨタ・ダイハツ・日野の提携によりライバルが身内となり、2代目にフルモデルチェンジを果たしたものの、ハイラックスの影に消え去る運命にありました。
スペックだけを見れば提携後のトヨタ・ブリスカからハイラックスの流れではなく、トヨタ・ハイラインとなっていても良かったくらいとも思うところです。

コメント:管理人

これをもちまして「クラウンRS41ツアー2015」の連載は終了です。
改めましてツアーを設定してくださった羽前の国の旧車狂さんにお礼申し上げます。

クラウンRS41ツアー2015(2)

ダットサン・キャブライトの居た果樹園から程近い耕作放棄地のダットサン軍団は、昨年の様子と並べて紹介をします。
各車とも写真上が2014年版、下が2015年版になります。

ダットサントG221
ダットサントラック221

日産自動車
ダットサントラック(G221)

2014年版紹介記事:奥の細道を行く(36)

ダットサン1300トラック
ダットサントラック520

日産自動車
ダットサン1300トラック(520)

2014年版紹介記事:奥の細道を行く(34)

ットサントラック1300
ダットサントラック620

日産自動車
ダットサントラック1500スタンダード(620)

2014年版紹介記事:奥の細道を行く(35)

ットサントラック1300
ダットサントラック620

日産自動車
ダットサントラック1500デラックス(620)

2014年版紹介記事:奥の細道を行く(35)

訪問が2014年が4月上旬、2015年が4月中旬という少しの遅めだったため、葉が芽吹き始めていて、今年も夏にかけてダットサンを緑で覆い尽くす準備は万端でした。

コメント:管理人

クラウンRS41ツアー~2015(1)

トヨペット・クラウンRS41

トヨペット・クラウンRS41で巡る春の羽前の国旧車散策ツアー。
昨年に引き続きまして今年も、羽前の国の旧車狂さんにご招待いただきまして開催の運びとなりました。
羽前の国の旧車狂さんに改めまして御礼申し上げます。

ダットサン・キャブライト

昨年ツアーにおけるダットサン・キャブライト(上写真)

1日目は昼過ぎに羽前の国入りし、クラウンRS41に迎えられて早速向かったのは、昨年のトリを飾った「タイムアップで到達できなかたキャブライト」でした。

ダットサン・キャブライト

現着後にキャブライト周辺を大きく周り込みながら1キロくらい歩きまわってようやくルートを見つけ、1年越しの大物との対面となりました。
キャブライトの居る果樹園で作業中であったご婦人に撮影許可をお願いすると、「もう潰れているから・・・」と歯切れの悪い答えがありましたが、重ねてお願いをして撮影をさせて頂きました。

ダットサン・キャブライト
ダットサン・キャブライト

雪の重みによって屋根は窪み「潰れている」という状態ではありましたが、キャブライトの年式や周辺の草ヒロたちの崩壊状態を考えれば、「イエイエ、綺麗な状態ですヨ。」と褒め称えてあげたいくらいですが、廃車体趣味人の感度ですから置いておきましょう。

ダットサン・キャブライト
ダットサン・キャブライト
ダットサン・キャブライト
ダットサン・キャブライト

日産自動車
ダットサン・キャブライト(A121)

モデル年式:昭和37年1月MC~38年8月MC/2代目中期型
羽前の国にて
2015年4月撮影

こちらのキャブライトはグリル部分が剪定木などで覆われていましたが、羽前の国の旧車狂さんがフロントガラスの刻印を確認したところによれば1962年式(昭和37年)とわかり、昭和35年10月にFMCで2代目となったキャブライト(A120)の37年1月MCモデルでした。
初代のA20からキープコンセプトな飾り気のない無骨ともいえるスタイルですが、これは三輪ユーザーのシフトを狙い廉価な実用車に徹したがためで、2代目もその戦略にブレがありません。
2代目キャブライ意匠変トは、初代の850kg積み・エンジン860ccのままながら2人乗りから3人乗りに改められ、モデル中は毎年グリルの更が行われました。
昭和38年8月の2度目となるMCで1トン積み・エンジンは1046ccのA122と改良され、39年には3代目A220へとFMCを遂げます。

受粉用ハチ箱

キャブライトは荷台・車内は物置として使われていて、さらに小屋を担ぐという印象的なナリです。
荷台を跨いでガッチリと据えられた小屋は、もとは果樹の受粉用のミツバチの巣箱が収納されていたものと見られます。

ダットサン・キャブライト

三角窓に点火時期調整のステッカーが見られなかったことから、対策実施とステッカー貼り付けの昭和48年の前に廃車となったと考えら、この世に生まれ出てから50年以上、廃車となってから40年以上の時間が流れています。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊研修旅行より(40)

広大な畑ともなると、その場内だけだとしても作業に使える車があると便利なのでしょう。
畑の片隅にナンバーが外れた旧型トラックを1台見つけると、同じ使われ方をしたもう1台と、さらにその役目を終えたトラックたちが並ぶ置き場を見かけました。

フォワード

いすゞ自動車
いすゞ・フォワードダンプトラック

昭和47MC~50年FMCモデル(SBR380BD)
長野県佐久地域にて
2014年5月撮影

ボディーの至る場所の塗装が剥がれてサビが浮かぶも、シャンとした佇まいに安全運行の要となるミラーもしっかりと整っていて、無いのはナンバープレートくらいという、(場内)現役と見てまず違いない2代目フォワード。
ダンプなので土作りの頃ともなれば土や堆肥をあっちへこっちへと運んでと大活躍なんだろうと思います。

ダイナ
ダイナ

トヨタ自動車工業
トヨタ・ダイナダンプトラック

昭和47年MC~昭和49年MC(BU12D)
長野県佐久地域にて
2014年5月撮影

トラクターたちと肩を並べて休息中の3代目ダイナ。
フォワードに続いて同じダンプであるのとともに年式もほぼ一緒でありますが、ボディには目立ったサビが見られず「この差はなんだろう」と思えば、残っていた新しいタイプの車検ステッカーから、平成22年とつい最近までナンバー付けてしっかりと走っていたことが分かりました。
3代目ダイナだとグリルのセンターに排気量を示す3000だとか数字のバッチが付いているのは馴染みがありましたが、昭和47年~49年のモデルのダイナだとその掲げられているバッチの数字はふた桁で、何を表しているかといえばエンジンの馬力数でして、85のシャレたバッチが付いていました。
車名をサイドドアに押しやってまで主張した数は、エンジンの改良や新開発によって馬力が向上したという誇らしいものですが、ちょいと地味だと思ってしまいます。

不動車たちの葬列

車検が切れながらも活躍を続けるものあれば、整備工場へのお参りが無くなり修理不能となって不動となるものも出てしまうもので、そんな役目を終えたトラックが集まるところに最後に出くわしました。
列の先頭に居るのは昭和50年登場の3代目エルフと、現役の2台よりも新しいものでしたが、使われ方それぞれでもうだいぶ前に不動車となったようで、サビまみれの壊れた顔でこちらを見ていました。

コメント:管理人

趣味人懇親会の草ヒロ巡りより(11)

プロシード(前進)あるのみ

山あいの集落のわかれ道に『車両通り抜け出来ません』という、親切な案内の看板があります。
先を見れば道が細いのというのも手伝い、探索の大半を四輪車で巡っている身では、探検隊初期には道の終わりを見るまで可能性に賭けていた事もありましたが、最近では転回を考えた安全策を取るようになり、よっぽど気を引くものが無いかぎりは看板の言う通りにスルーさせてもらうところです。
結果は、この看板から上っていった先にある草ヒロに巡り会えない!だけなのですが、その出会えない草ヒロというのがレア車なのがお困りです。

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趣味人懇親会の草ヒロ巡りより(4)

コンパーノトラック
コンパーノトラック

ダイハツ工業
ダイハツ・コンパーノトラック

昭和40年10月登場
長野県にて
2015年1月撮影

お待たせいたしました。
ミニキャブのお隣にいらっしゃいましたコンパーノトラックのお出番です。
コンパーノは、ライトバンから発してワゴン、2ドアセダン、2ドアコンバーチブル、4ドアセダンと着実にラインナップを増やし、最後にこのトラックモデルが追加されました。
管理人にとってちょうど4年ぶりの再訪問で、同じ1月だというのに道中の積雪は倍近くあり難渋しましたが、コンパーノトラックのためなら苦になりません!

コンパーノトラック

見た目が乗用車譲りで優美なだけではなく、運転席わまりもベルリーナのスタンダードに準じたシャレた造りです。

コンパーノトラックとミニキャブ営農のいる風景

森に囲まれたロケーションで、そのあいだの雪原を横切る足跡は小動物が残したものだけという、大変に閑静なところでした。

コンパーノトラック

最後の写真は、どうせなら年式が全く異なるミニキャブとは切り離したオンリーな写真を撮ろうと足掻いた1枚です。
大人の冗談ですが「5人も居ればミニキャブくらいどかせる(方法は過激ですが・・・)」というのを、平和的に行ったものですが、トラックらしさは薄まりイマイチです。

コメント:管理人

雪でもい~な~伊那谷紀行(9)

自動車整備工場のヤードに置かれた日野のレッカー車に、国道沿い作業場脇のいすゞのボントラ。
伊那谷旧車博物館の定番の大型展示物は2台とも健在でした。

日野
日野

日野さん
伊那谷旧車博物館北方エリアにて(笑)
2014年12月撮影

トミカヴィンテージでそのまま製品化されても良さそうな佇まいのボンネットトラック。
草ヒロ探検隊最初期の旅で見つけてから8年以上になり、ヤードの面々にはジープがクラフトの上に高い高いされてしまうなど動きがありましたが、大きなボンネットトラックはデンと構えて動かずに居ました。
野や畑といった細い道が多い所に行きがちで、大型個体に巡りあうことが少ない探検隊にとって、素直に幹線道路を走っていた最初期だからこその懐かしい1台と、粉雪舞う中しばしその威容を眺めていました。

いすゞ

いすゞさん
伊那谷旧車博物館中部エリアにて
2014年12月撮影

国道カーブの守護神?ばりに道路を眺め続けるボントラの頭部分。
初めて見た時にスムーズに流れる車列の中で見つけて即応できずにえらく苦労をして撮影をしましたが、今回は通りすがりに助手席の管理人がカメラを構えて撮影してそのまま走り去り、こちらは要した時間数秒たらずのアッサリ過ぎる見学でした。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(16)

日野レンジャー
日野レンジャー

日野自動車工業
日野・レンジャー

長野県にて
2014年7月撮影

久しぶりに高原シリーズに戻ります。
切り離されてパネルのみが地面にベタ置きされて、トラックの主たる姿であるキャブ部分や足周りは処分されるのが通例のパネル物置にしては珍しく、嬉しい事にトラックだとハッキリとわかる姿で、レンジャーが畑の脇に置かれていました。
しかしながら、キャブやタイヤを持つ姿のため地面との高低差が生まれ、それをフォローする土盛りや階段などは見られません。
草ヒロ的にはOKな姿も実用本位とする物置にあっては、頻繁に荷物を出し入れするには畑との昇り降りが負担になるのは必定で、レンジャーの前方に使い勝手よくベタ置きされたコンテナの姿があるのにプレッシャーを感じます。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(10)

三菱ジュピター

昨日の記事で出しました4台初出しした際に、「道路挟んで反対側の茂みの中に、三菱ジュピターの顔の部分が落ちています!」という情報をブログリスナーの草疲労さんから頂いていました。
これは確認しておかねばと思ったまま時が経っていましたが、今回ようやく機会が巡ってきたので茂みの中を覗きこんでみますと、上の写真のようなジュピターとご対面~♪と相成りました。

三菱ジュピター
三菱ジュピター

新三菱重工業/三菱重工業

三菱・ジュピター(T22)
長野県にて
2014年7月撮影

ジュピターは確かに居ました!
顔の部分と言われて思い描いた姿よりも、よりコンパクトなカタチで「よくもまあこの部分だけ残したものだ」と感心するお面状態で、何に使われているのかと思えばトタン板の囲いの上蓋として被せられていました。
解体屋の一角に戯れのように置かれた訳ではなく、2車線道路沿いに畑の間の緩衝地帯のように広がる林の中に、ポツンと置いてある姿には、「どうしてこうなった!!」と突っ込まずにはいられませんでした。
これだけの姿ながら、ちゃっかりと型式を記載出来たのは、サイドに残っていたD6というバッチのおかげさまで、6気筒ディーゼルエンジン搭載車(ガワだけなのでエンジンはありませんが・・・)であると分かり、丸目2灯から4灯のT30とは区別ができましてT22と導き出せました。
今の小粋なオブジェと化した蓋の姿からは想像できませんが、T22は3299ccのKE36型Dエンジンを搭載した全長6.5メートル、最大積載量3.5トン積で、昭和35年4月に追加をされたモデルでした。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(5)

トヨタ・ダイナ

最寄りのインターから昼食を挟んでほぼ直行のルートで旅の目的地である高原に到着しました。
所用を済ませるには時間が余ったため、車でクルンと周って30分もかからない高原で散策を開始しました。
高原には閑静な別荘地の一角があるものの、中心地は夏山合宿の学生たちで溢れ賑わいでいて、なかなか草ヒロに集中できるような感じではありませんでしたが、喧騒の隙間の静かな場所で車庫に佇むダイナを見つけました。

トヨタ・ダイナ

トヨタ自動車工業
ダイナ(BU10)

長野県にて
2014年7月撮影

3代目ダイナくらいだと(とは言っても昭和44年~52年のモデルですが・・・)現役の個体を目にする機会は多く、路地の奥の車庫に収まっている荒れていない姿を見つけた時には「現役かしら?」と思ったものですが、確認をしてみると古い車検ステッカーが見えるご隠居さんでした。
昭和49年MCの3代目最後のお顔で、フロントグリルには3000DIESELのバッチが付くB型ディーゼルエンジン搭載車でした。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(2)

いすゞのトラック

いすゞ自動車
いすゞのトラック
長野県にて
2014年7月撮影

長野に着いて蕎麦屋へ直行して、欲張って大盛り(その量1kg)を食べて、満足感を通り越して疲労感を感じるに至り、管理人のナビゲートは極めて投げやりなものとなり、十字路でどっちに行くのという鈴木B360の問いかけに、「どこでも・・・あぁ、まっすぐで」と返し、入っていった先にトラックが見えました。
十字路での進路は、どの方向を選ぼうとも目的地には差支えがなかったのですが、気だるそうに放った言葉の先のボンネットトラックは、その態度を良とせず、雑多な物に囲まれた姿でした。
草に覆われているならば冬を待てばどうにかなるものですが、人があっちへこっちへと運ばなければならない物にはアテがありません。
ボンネットが縦グリルなので、長きに渡り造られたスタイルでも新しめのものではないのは確かですが、それ以外はなんともです。
ちなみにボンネットトラックの左側には、三菱ジープもカバーを被って置いてありました。

コメント:管理人

奥の細道を行く(38)

ダットサン・キャブライト

ダットサントラックの皆さん方を堪能していたら、少し離れた果樹園の中にトラックを見つけてしまいました。
保険にと取り敢えず写真撮影をして、それから果樹園へ赴いて作業中の方にお話をしようと動いたのですが、その後20分くらい頑張りましたがアクセスができず、途中でN360の発見もありましたが、タイムアップで断念し、涙を呑んで現場を後にしました。
そんなもので、保険と現車確認のために撮影をした写真の真横アングルオンリーで、奥の細道を行くの連載ラストを飾らせていただきます。

ダットサン・キャブライト

日産自動車
ダットサン・キャブライト(A122)

羽前の国にて
2014年4月撮影

まずは羽前の国の旧車狂さんにお詫びいたします。
現場でダイハツの三輪などと口走っていましたが、キャブライトでした。
カラーリングと三角窓の雰囲気で決めつけていましたが、ドアノブの位置は違うは、よく見れば四輪車と分かるタイヤハウスの形状と来たもんで、当時は数多くの名車に草ヒロ酔いをしていたにしても粗相が過ぎます。
コレと導き出すまでにマツダDシリーズに寄り道をしたくらいでキャブライトでも角いA20と丸っこいA220の間の影の薄いモデルです。
それでも、昭和35年の登場からグリルの意匠変更は毎年施され、38年の最終MCではエンジンを860ccのB1型から1,046ccのD型に換装するなど改良が重ねられました。
そしてこちらの個体は、A122で追加されたドアノブ前方側面のサイドマーカーが脱落したとみられる穴がみられるので、フロントは望めませんでしたが型式を推定できました。

140717.jpg

駅近くのコイン洗車場にて、貫禄の走りで取材をサポートしてくれましたクラウンの塩カル落としを念入りに行い、最後の最後で思わぬお預けをくらいましたが、2日間にわたって繰り広げられた羽前の国取材は無事に終了をしました。
クラウンで草ヒロを巡るのが醍醐味と、旧車が繰り出すには厳しいシーズンにクラウンを出していただいた心意気に感謝をするとともに、連載の最後にあたりあらためまして羽前の国取材をセッティングしていただきました羽前の国の旧車狂さんに御礼申し上げます。

コメント:管理人

奥の細道を行く(36)

サイドビュー

620の並びでもう満足していたところですが、周囲を見回していた管理人は、620の先の草の塊に目を奪われました。
車で流して探索をしていて、なんでもない自動車大の塊を草ヒロと何度も誤認してきましたが、間近で数秒も凝視すればこれがただの草の塊でないことは十二分に察せられました。
どうも、ダットサントラックの集う廃果樹園2台目のご新規さんです。

1トン

このようなシルエットに薪が藁が積まれたものを遠方に見つけて「あった!」と、元気よく粗相をしたこと数知れず。
しかし、これだけ近づいて見れば「おやおや、トラックですねぇ~」という具合にもう疑いの余地がありません。

ダットサン

車体全体を見回してみると、突き出たゴツいドアヒンジと1トン積みを示すエンブレムが見え、

刻印は1959年

フロントには余り見かけない字体でDATSUNというバッチがありまして、

後ろ姿

ガラスに1959年に造られたことを示す「59」の刻印が確認できたところで・・・

ダットサントG221

何枚もの写真で焦らして引っ張りましたものの正体は、要所要所のパーツと年号からダットサン220トラックの1960年式、G221型になります。
蔦が大盛りで覆い隠されていますが、先の520と同じく雪の重みによって屋根は落ちていて、刻印を確認したフロントガラスは空を仰ぐ状態でした。

ダットサントラックの集団

520、620が2台ときたところ、さらに古い221が姿を現し、夕暮れ迫る羽前の空に管理人の雄叫びが響いたとか響かなかったとか・・・。
2台という当初の予定が、トントン拍子にダットサントラックが並んでいるとは、価値ある嬉しい発見でした。
欲張ってさらに先に、120や17T型が居ないかを見回してみるもそこまでは続きません。
それでも、ダットサントラックを221→520→620と乗り継いでいった歴史が見える素晴らしいところでした。

コメント:管理人

奥の細道を行く(35)

ットサントラック1300

ダットサントラック(620)
羽前の国にて
2014年4月撮影

520の先には620が居ました。
520をモデルチェンジ直後の2灯モデルを購入して乗ると、620が登場する頃となると約7年になるので、FMCのニューモデルに乗り継ぎをしたのでしょう・・・とまでは自然に考えられるのですが、埋まっていた620は2台でした。
昨日の記事で2台という前置きのところでしたが、並んでいるような2台ですが、片方は今回の訪問で初めて確認できたものでした。

ットサントラック1300
ダットサントラック1300
ットサントラック1300

2台並んだ写真で手前が羽前の国の旧車狂さん確認済みであった白いデラックスで、

ットサントラック1300
ットサントラック1300

奥がご新規さんのニッサンサービスカーカラーっぽいコマーシャルカラーを纏ったスタンダードです。

2台同型が並びましたが、コマーシャルカラーは繋ぎか増車目的で中古車で購入したものと思われ、520から乗り継いだのは白いデラックスだと考えられます。
歴代が並んで、その中にコマーシャルカラーまで居るとヤード?と思ってしまうところですが、どの個体もトラックだというのに健気に物置の役目を果たしていました。

コメント:管理人

奥の細道を行く(34)

管理人が帰路につく新幹線の時間が近づき、羽前の国を周遊した草ヒロ取材ツアーは最後の追い込みに入ります。

ダットサン1300トラック

羽前の国の旧車狂さんより「ダットサントラックが2台居る場所がある」というお話から現地へと向かうと、耕作放棄地にまず1台の姿を認めるも、見事なまでに枯れ草にまみれていました。

ダットサン1300トラック
ダットサン1300トラック
ダットサン1300トラック

日産自動車
ダットサン1300トラック(520)

羽前の国にて
2014年4月撮影

蔦を剥げば見事な廃車体!という具合にはいかないのが雪国の常で、後ろ姿では分からなかったルーフとフロント周りの崩壊が見られます。
右眼だけ残っているのが不思議なくらい全てを雪に持って行かれていますが、ひしゃげたグリルも含めて何となく2灯の520だというのが分かるところで、元の姿を想像し難い姿になっています。

コメント:管理人

奥の細道を行く(30)

ダットサン1200トラック
ダットサン1200トラック

日産自動車
ダットサン1200トラック(320)

羽前の国にて
2014年4月撮影

昭和38年9月にブルバードが410系へFMCをしても、改良を受けたのみで320のまま残ったダットサントラック。
こちらのさくらんぼ園の奥深くに鎮座するダットサンは、昭和39年9月にMCをされた最終型になります。
荷台に小屋を背負い、さすがはトラックやね!と思うも、何で小屋を背負っているのだろう?とすぐに我に帰るも答えは導き出せません。
左ドアが落ちて立て掛けられているのや、サビが目立つ車体は崩壊前夜と言える姿で、雪と農薬との戦いも佳境に差し掛かっています。
昭和40年5月にダットサントラックもようやくFMCを果たすのですが、420では(シニ)で死を連想させると避けて、ブルーバードが510となる昭和42年8月よりも早く500代入りをして520を名乗ったのは有名な話です。

コメント:管理人

春模様の長野より(11)

ジーノ

ミラジーノとホーマーの奥に埋まっていたボンネットトラック。

いすゞさん
いすゞさん
いすゞさん

いすゞ自動車
いすゞのボンネットダンプトラック
長野県上田地域にて
2014年4月撮影

ボンネットの上部分が辛うじてとセンターにひらがなのいすゞバッチが確認できるくらいで、それ以外は覆い尽くされています。
それに加えてダンプ分にはドラム缶が雑然と積まれ、ボンネットにはプチ年代物の赤いブラウン管テレビが転げていて、ミラジーノの姿さえなければ写真の撮影年を20年前と誤魔化せそうです。

コメント:管理人


新緑の長野より(2)

プリンスマイラー
プリンスマイラー

プリンス自動車工業
プリンス・スーパーマイラー2t積高床型(BRTH-2)

群馬県妙義地域にて
2014年5月撮影

タイトルに「新緑の長野」とありますが群馬です。
一本道の国道に面して置いてあり、旧車界のみならず各方面で有名な存在です。
残っているかおっかなびっくりで前を通ったところ、
タイヤの曲がり具合など、鈴木B360が写真を撮ってきたままに鎮座し、
国道を行き交う多種多様な車たちを、眼光鋭く見守っていました。
今回は、左側に残る定期点検ステッカーに、昭和62年の文字を確認できました。

07090901.jpg

2007年8月の鈴木B360が撮影したマイラーさん。
元記事:鈴木B360単独行(9)

117クーペ

マイラーからそんなに遠くない宿場町の117クーペは、残念ながら居ませんでした。
元記事:探検隊過去の探索Ⅲ(2)

コメント:管理人

春模様の長野よりでのヒトコマ

トヨタ党

ぐるりぐるりと佐久地域を走っていましたら、
世代を越えてなおトヨタ党を堅持するブラボーなガレージに遭遇しました。
今のこの車の並びだけでも面白いところですが、
スタウトが現役バリバリの頃は、家族のどんなトヨタ車が並んでいたのでしょうか。

コメント:管理人

唐突な記事で申し訳ありませんが、
草ヒロの記事を作る時間が無くなりました。
さらに、土日は泊まり仕事から帰り次第、携帯が圏外になるところへと逃亡しますので、
更新をお休みする予定です。

奥の細道を行く(17)

ダットサントラック

コロナカローラを見終わると、
潰れているけれどダットサントラックがあるというお話が少し歯切れ悪くあり、
年式から「それは、見てみたいです。」と軽く言ってしまい、
RSクラウンが元気よく走ること数分で一気に雪景色の中に到着しました。

ダットサントラック
ダットサントラック

日産自動車
ダットサントラックデラックス
520か521か失念
羽前の国にて
2014年4月撮影

雪がほぼ無い平地から沢へと入っていって数分でこの有り様でした。
道路には雪がないので快調に進んでいきましたが、
クラウンから降りてみた風景に「やらかした!」と嘆息したのは言うまでもありません。
そして、歯切れが少し悪かった理由が十二分に理解出来ました。

ダットサンは道路から一段低い所にあり、
傍らにできた水たまりから雪解けは進んでいる様子でしたが、
道路から避けた雪が溜まるためか周りより多い雪に覆われていました。
ルーフが潰れていたり、荷台が左側にひん曲がっているのは、
雪深いだけでなく、雪溜まりになっているところが大きいようです。

ちなみに520系なのですが、2灯の520なのか4灯の521なのかは、
話を聞いたのに、すぽんと抜け落ちていてメモにも無く失念しています。

記事にして見切りで出しましたが、案内人の羽前の国の旧車狂さんのフォロー待ちです。

5月13日追記
羽前の国の旧車狂さんよりフォローを頂き、
この個体は昭和43年式の521のデラックスになります。

コメント:管理人

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奥の細道を行く(6)

ファミリアトラック

こちらのトラック個体の左側は、フェンダーは無いわ、ドアは皮がごっそりと無いやで、
「あんた誰?」と突っ込みたくなるくらいサビと内部構造しか見えません。

ファミリアトラック

そんな崩壊が進んだ左側に健気にマツダマークのホイールキャップが残り、
それを見るまでもなく三角窓が無いところと四角いヘッドライト枠でネタバレしていますが、
こちらのお方は、ファミリアトラックさんです。

ファミリアトラック
ファミリアトラック

東洋工業
マツダ・ファミリア1300トラック標準ボディ(FA2T55)

羽前の国にて
2014年4月撮影

2代目ファミリアのトラックモデルは昭和43年に登場をして、
乗用車モデルが4代目までFMCをした昭和54年まで自動車ガイドブックに掲載がありました。
もちろんその間にMCが行われて、前期・中期(昭和48年~)・後期(昭和49年~)とに分けられ、
エンジンは1000ccから1200ccの追加(昭和44年)を経て最終的には後期型で1300ccとなりました。

こちらの個体は後期型で、農薬によるサビで派手にやられて、
荷台はクタクタですが、頑丈さを売りにしたクラス唯一のフレーム構造で荷台は分離式なので、
モノコック構造のサニトラやパブリカトラックの荷台部分がサビで崩壊してしまうのとは違い、
荷台の箱を持ってきて交換すればいい事なので簡単ではあります。
ライバルと比べて地味なモデルではありますが、
商用車としての強みがファミリアトラックにはあります。

コメント:管理人

奥の細道を行く(2)

クラウンピックアップ
クラウンピックアップ
クラウンピックアップ

トヨタ自動車工業
トヨペット・クラウンシングルピック(RS56)

羽前の国にて
2014年4月撮影

初代と2代目ではマスターラインを名乗ったクラウンの商用車モデルは、
昭和42年9月登場の3代目よりクラウンを名を冠することとなりましたが、
ピックアップはこの代限りとなり、クラウンを名乗った最初で最後のモデルになりました。
それでも、3代目のピックアップには、シングルピックとダブルピックの2車種に、
エンジンは、6気筒M型(MS系)と、4気筒5R型(RS系)のふたつがあり(ともにガソリンエンジン)、
乗車定員と最大積載量は、シングルピックが3人の750kg積、ダブルピックは6人の500kg積でした。

こちらの個体は果樹園のど真ん中にあり、姿は遠くからでも確認できるものの、
羽前の国の旧車狂さんの案内なしに普通に見かけていたならば、
林立する支えの杭に阻まれて望遠レンズでの撮影すら難しいものでした。
また、この個体の調査も、昭和43年式であり昭和50年52年に廃車となったこと、
ボンネットの中に内包されているエンジンが5Rであることなど完璧でした。
この個体のエピソードとしては、オーナーが親から買って貰ったもので、
遊びに使うのだか仕事に使うのだかハッキリとしない車だと、周囲に揶揄されたといいます。
現在も荷台部分をメインに物置として使われていて、
荷台部分の鉄板はチリチリにサビて崩れて底抜けになりつつありますが、
ボディー下のフレームはしっかりとしていて歪みは見られず、しっかりとしています。

クラウンピックアップ

冒頭で最初で最後と書きましたが、ピンク色のクラウンという奇抜な事は限定でやれたとしても、
クラウンのトラックを造ろうなどとは、今の社長をもってしても実現の見込みはないことでしょう。

コメント:管理人

2013霜月の長野より(48)

キャンター
キャンター
キャンター

三菱自動車工業
三菱・キャンターディーゼル2トン高床式ダブルタイヤ(T210C)

長野県上田地域にて
2013年11月撮影

3代目エルフの道を挟んだ向かい側には3代目キャンター(昭和48年~53年)が居ました。
良いアクセントとなっているV字グリルから、Vキャンターという愛称で呼ばれるモデルですが、
2代目キャンターの後期型こそV字グリルを初めて採用したモデルであるのに、
なんで2代目の事をVキャンターと呼ばないのでしょうか?

キャンター

この個体は、前輪と後輪にホイールキャップを履き、
リアには電飾付きの大型アンダーカバーを装着しており、
デコトラとまでは言わないまでもすこし気合の入ったお洒落さんでした。

コメント:管理人

2013霜月の長野より(47)

エルフ
エルフ

いすゞ自動車
いすゞ・エルフ250高床トラック(TLD24A)

長野県上田地域にて
2013年11月撮影

3代目エルフの中期型(昭和53年12月~昭和56年7月)が、
残念なことにキャビンが火災に見舞われた痛々しい姿となって草むらに佇んでいました。

エルフ

草に隠れた部分を見てみれば、フロントライト周りなどは無事であるので、
畑の草ヒロにある野焼きからの延焼ではなく、車内から火が吹き出したためと見え、
不動車が突如として火を吹くことは考えられないので、
ガラスを割るなどといった悪戯がエスカレートした最悪の結果のようです。

コメント:管理人

2013霜月の長野より(46)

レンジャーSD
レンジャーSD

日野自動車工業
日野レンジャーKL-SD

長野県上田地域にて
2013年11月撮影

トラックは頭であるキャブの部分があると嬉しいとは、事あるごとに申してきましたが、
このレンジャーは、背負っているはずのダンプ部分にキャブが載っかってしまい、
どうしてこうなった!と突っ込まずに入られない奇異な姿で置いてありました。
巨大なチューブが空を睨み鋼鉄のガードで守られた姿は、まるで大砲陣地のようです。
真横から見たレンジャーの姿は、双眼鏡を構えた弾着観測員のようで、
レンジャーの名に恥じない働き?をしている姿でした。

コメント:管理人

プロフィール

草ヒロ探検隊

Author:草ヒロ探検隊
  
  鈴木B360(左)
   草ヒロ趣味歴20年以上
   運転担当/草ヒロ鑑定

  管理人(右)
   草ヒロ趣味歴10年以上
   助手席でナビ担当
   写真撮影・ブログ管理人

  本部:神奈川県M半島中部
  探検隊設立:2006年3月
  ブログ開設 :2007年6月1日

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