春の陽気に誘われ山梨(8)

三菱MP

三菱自動車工業
三菱ふそう大型バスMP

山梨県甲府盆地にて
2016年2月撮影

トラックヤードの奥に色あせたバスがチラリと見え停車。
バスが見えた隙間は大型トラックが1台収まるようなところで、ここにトラックが駐車していたら見えなかった事でしょう。
土日で他に多くのトラックが憩う中、空いていたのはタイミング?それとも運が良かったからでしょうか。
デコの方向幕によれば県北の高原地帯で現役時代を過ごしたようで、忙しくお客さんを乗せていたのではなく、前扉ひとつのスクールバスだったようです。

コメント:管理人

週末は甲府盆地にいました~2015(20)

いすゞBU04

立派な社叢林と、桜の木々が境内各所にある神社にやってきました。
お祓いをしてもらったり、お願いごとをしたり、お礼参りではなく、まあ、その・・・草ヒロです。

いすゞBU04

広場の桜の木に寄り添うように置いてあるバスを見にきたのです。

いすゞBU04
いすゞBU04~2007年
いすゞBU04

いすゞ自動車
いすゞBU04

山梨県甲府盆地にて
2015年12月撮影

広場の詰所代わりに大型バスを譲り受けてきて置く。
置いてある場所柄から寄進されたものかもしれません。
建物の代わりに置いてしまうまでは何処でも見られるものですが、それを維持管理していくとなると、大きなものでここまでしっかりと維持されているものは限られます。
自動車としての使命を終えてオマケとも言える第二の活躍は、すでに使い倒した後でスクラップにして惜しくないものなだけに車体のあちこちに傷みが出てきて当然な話で、維持管理できずに荒れ果ててしまい手に負えなくなり姿を消してしまったものもあります。
維持管理の賜物とも言えるシルバー塗装一色のボディは、定期的に塗り直しがされているようで前回訪問時に見られた小さなサビが補修されており、まだまだ安泰なご様子です。

いすゞBU04

今回はフロント周りが物で隠れていましたので、何も無かった2007年3月の写真を付けておきます。
8年の間の変化を探せないくらい、そのままの姿ですねぇ。

コメント:管理人

とある秋の日曜日に(3)

日野RC300

見通しの悪いカーブにさしかかり、ミラーで対向車の有無を確認するなり続いて眼に飛び込んでくる廃バス。
ミラー越しの車よりもインパクト大で、運転者にさらなる減速を促してきたことでしょう。

日野RC300
日野RC300

日野自動車工業
日野RC300

長野県にて
2015年11月撮影

初めて訪れるワイナリーへとナビを入れて導かれるままに道を走ると、イタリアの片田舎みたいな洒落たワイナリーに到着しました。
そのワイナリーの直ぐ下には、コロナマークIIが居て、その場所から少しこのRCに向けて走れば途中の丘には三菱MR510が居て、他にも多くの草ヒロが点在する桃源郷(果樹的には桃ではなくリンゴな場所です)でした。
それも数年前までの事で、前に挙げた2台は近年相次いで過去帳入りしてしまいました。
それらの跡地を訪問しても心をいたずらに抉るだけなのでやめて、それらに隣接する草ヒロもスルーして次の観光地を目指しましたが、姿を見ることができた先に紹介したライトエースワゴンと、そこから直ぐのカーブにあるこのバスには、家族サービスを一時中断して趣味に走りました。
その後、趣味に走り過ぎて盛大な誤認をやらかしたため自重し、夜になってハイビームの先に初代シビリアンの幼児専用車のリアを見たくらいで旅を終えました。

コメント:管理人

會津食べ歩き旅行にて(3)

日野RC
日野RC
日野RC
日野RC

日野自動車工業
日野RC

元所有:会津乗合自動車
ボディメーカー:富士重工業
年式:昭和42年~45年頃?

更新の日があいている間に、日本海CCRや長野草ヒロめぐりをして、すっかり放ったらかしにしていましたが、福島の大トリはバス窓がズラリと並ぶ熟成されたバスです。
旧バス趣味への付け焼き刃感溢れる管理人の知識でも、日野なのに富士重工ボディの架装、ヘッドライトが日野RE・RCの初期に見られるオーバル形のままで未改造であるという珍しいところを見つけられました。
整備工場の裏手の道路と水田の間に鎮座し、大きな車内に荷物が積み込まれた物置として使われている様子です。

日野RC

この場所に置かれるときに最後の力走をした時のままなのでしょうか、後輪にチェーンを巻いたままでした。
エンジンも載せたままのようなので、整備すれば道路に戻るときにチェーンの付いたままのタイヤは再活躍しそうにも見えます。

コメント:管理人

春まだ遠い信濃路より~2013睦月(39)

日野レインボーRJ
日野レインボーRJ

日野自動車工業
日野・レインボーRJ

年式:昭和55年~59年頃
長野県長野地域にて
2013年1月撮影

ハイエースコミューター
の隣に居たバスは、車体側面に「ひまわり」とバスの愛称名、天井にスピーカーを載せ、リアに手書きで最大積載量1250kgの表示。
車内は窓に沿って座席のかわりに棚が並べられていて、正体は移動スーパーだったのだと順当に考えられます。
座席を外したり棚を組んだりする必要がなく、物置にするのにおあつらえ向き過ぎる1台ですが、中型バスであるので置く場所と搬入路を選びます。
この果樹園は、物置にレインボー、休憩用にハイエースコミューター、そして納屋も立派な物が建っていて設備充実さが草ヒロ集落の中でも群を抜いていました。

コメント:管理人

クラウンRS41ツアー2015(6)

日野RL100

日野の左目。

日野RL100

日野RL100でございます。

日野RL100
日野RL100
日野RL100

日野自動車工業
日野RL100

年式:昭和47年
ボディ:帝国自動車工業
羽前の国にて
2015年4月撮影

国道沿いの広大な水田地帯から谷へと上って行き、草ヒロ的に良い雰囲気のする一帯を流していると、川向うに550やこの中型バスの姿を認め、グルリと見回ってきた後に他の個体(550ではありません。)と一緒に撮影をしました。
中型バスながら大型観光バスのような傾斜のあるメトロ窓がデラックスなムードで、車体には温泉地のレンタカー店の名前があったので、デラックスな仕様も納得です。
今は何に使われることなくお過ごしの様子ですが、車内には金網が張り巡らされていて、かつては動物の小屋として使われていたことが伺え、観光バスが扉を増設して路線バスに格下げされるよりも過酷な道を歩んだ感があります。

コメント:管理人

クラウンRS41ツアー2015(5)

日産ディーゼル4R82

日産ディーゼル工業
日産ディーゼル4R82
(推定)
ボディメーカー:富士重工
年式:~昭和44年(推定)
羽前の国にて
2015年4月撮影

資材置き場の隅に置かれていたバス物置。
大型バスの中でも一番小さな9m級のボディに中扉がちょこんと付いた古めかしいスタイル。
窓がアルミサッシではなくバス窓なのも良いですね。
車体中央に自家用とペイント文字は見えますが、方向幕やプレート差しが残る姿から払い下げだと思われます。
自家用の文字の上に塗りつぶされた社紋らしきものはありますが、それが何処のものなのか分からず、それ以外に身元が分かるようなものはなく、赤いカラーが地元の山形交通を思わせるくらいです。
ボディから突き出たタイプのウィンカーのスタイルは昭和44年まで、そしてヘッドライトが2灯から4灯へと変わったのがその少し前になり、おおよその年式を推定しました。

コメント:管理人

春模様の長野より(30)

三菱ふそう中型バス
三菱ふそう中型バス
三菱ふそう中型バス
三菱ふそう中型バス
三菱ふそう中型バス

三菱自動車工業
三菱ふそう中型バス

B620B~B623E(昭和45年~昭和49年)
長野県上田地域にて
2014年4月撮影

道路から一段低い畑の物置になっていた、車体に近所にある温泉の旅館名とスクールバスのマークが一緒に残る三菱の中型バス。
タイヤはないものの、しっかり築かれた土台の上に乗っているようで、車体下のスペースも有効活用されています。
窓の三面をトタン板で完全防備して窓ガラスの破損の憂いは無いものの、厳めしい姿で物置役に徹しているため、パッと見た限りで正体が分からず、どこのメーカーなのか探ってみれば呉羽のバッチが見え三菱と判明しました。
と、ここまでが現地で確定させたことで、ブログ記事作成にあたり撮影してきた写真から日本のバス年代記と自動車ガイドブックで調べ、窓数から全長8.6m、左側面後部にある通気孔の形状からMK系(縦長)ではなくB620系(ほぼ正方形)であると絞り込み、さらにヘッドライトベゼルが丸型であることから昭和49年MCより前のスタイルであることまで分かりましたが、型式までは絞り込めませんでした。

この個体は、105様より情報の提供を受けまして取材しました。

三菱ふそう中型バス
三菱ふそう中型バス

紹介の機会を待っていたもう1台の三菱中型バス。
伊那谷の果樹園で2012年10月に撮影していました。
実りの季節真っ盛りに緑色のなかに鮮やかな青色ボディを見つけ、撮影したまではいいもののどうしたものかと宙ぶらりんでした。

コメント:管理人

日産ディーゼルU30L~銀世界の長野より~2013如月Part2より

日産ディーゼルU30L

冬の夕暮れ時のひと気のない広場。
そこには廃バスがあって、落ちゆく太陽が描いた影はとても長く、1日の終わりを静かに告げていました。
楽しかった長野にサヨナラして、次の朝になれば仕事に出かけていかなきゃならない身に、この景色は堪らなく切ない気分にさせてくれました。

日産ディーゼルU30L

遠くから来た廃車体趣味人を感傷的にするのではなく、ゲートボールの集会所が余生を送るバスのお仕事で、リアガラスに並んだ賞状が誇らしげです。

日産ディーゼルU30L

リアに残された「ワープロ」スクールの広告といい、フロントのオデコに残された行き先表示を見ていると、バスの営業所から料金箱だけ下ろして嫁いできたのかなと思うくらい現役時代のままです。

日産ディーゼルU30L
日産ディーゼルU30L

日産ディーゼル工業
日産ディーゼル・U30L

元所有:千曲バス/ボディメーカー:富士重工(3E)/年式:昭和50年
長野県上田地域にて
2013年2月撮影

こちらのバスは、乗降口を覗きこんでコーションプレートから型式がU30Lと答えを得ていて、後日おっかなびっくりにバスの本と格闘することからは解放されました。
コーションプレートを確認できる機会はなかなか無く、これだけでありがたいことなのですが、さらに居佇まいに惹かれるものある個体で、鈴木B360・管理人ともにお気に入りでございます。
型式から220馬力のPE6Hディーゼルエンジンを搭載した、ホイールベース5.2mという諸元がわかります。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊研修旅行より(36)

バスの集う場所

3台のバスが集う高原の資材置き場。
左から2代目三菱ローザ、いすゞバス、2代目ニッサンエコーという並びで、年式的に建物の造り的にも真ん中のいすゞのバスから発展していったと思われる集合体です。

いすゞBA
いすゞBA

いすゞ自動車
いすゞBA系

ボディメーカー:川崎
元所有:山梨交通
年式:昭和35年?
長野県佐久地域にて
2014年5月撮影

いすゞBA741

比較個体
いすゞBA741
ボディメーカー:川崎
元所有:山梨交通
年式:昭和36年~
長野県佐久地域にて
2010年3月撮影

同じ高原地帯でも、何山か違うところで以前撮影したBA741を比較個体として引っ張り出してきて、今回の個体と比べてみます。
ボディスタイルは、ほぼ一緒であることがわかります。
次にフロントのV字の塗り分けが同一で、山梨交通の車両であったことがわかります。
ここまでは、比較個体のBA741と一緒ですが、サイドの窓割りに違いがみられ、真ん中の非常ドアの窓をのぞいて、BA741がサイズバラバラの7枚に対し、今回の個体はサイズが均一の6枚で、型式は異なると思われます。
さらにヘッドライトに注目すると、わかりづらいとは思いますが設置位置高さが異なり、今回の個体は少し高いように見えるところから、昭和35年にのみ見られたスタイルなのか?と見ました。

ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー

昭和41年~46年(C240系)

エコーだけが道路に面した方にあったので、近くで写真に収めることができましたが、ご覧のように木々に遮られて、エコーだと分かるにとどまりました。
久しぶりのご新規エコーでしたが、この季節にしてこの風貌ではお手上げです。

コメント:管理人

趣味人懇親会の草ヒロ巡りより(2)

三菱ふそうR系
三菱ふそうR系

三菱重工業
三菱ふそうMR480
(エアサス付きはMAR480)
年式:昭和39年頃
長野県にて
2015年1月撮影

こんなロケーションだったか?と記憶が曖昧ながら、こんな感じの個体が他に居る訳も無く、過去の写真と見比べたところ、しっかりと探検隊初期の2007年5月に訪問したことがあった古いバスでした。
正面窓は連続で、写真はありませんが後部窓は分割であったので、昭和39年の自動車ガイドブックにあったスタイルのボディと思われ、側面の窓の数からホイールベース4.53mのMR480と推定しました。

三菱ふそうR系

乾いたサビ色に覆われたボディに残る青紫色のレンズカバー。
他の全てのものが風化しているというのに、レンズだけが色鮮やかに残るのは、とても印象的でした。

コメント:管理人

雪でもい~な~伊那谷紀行(5)

いすゞBU04
いすゞBU04
いすゞBU04

いすゞ自動車
昭和50年~55年頃の北村ボディのいすゞバス

元所有:伊那バス
ボディー:北村製作所
長野県伊那谷にて
2014年12月撮影

用水路沿いの細い道から草ヒロのために脇道にそれてもまた戻って走り続けます。
そして、いすゞBYからものの数分で、またも伊那バスの廃車体を用水路の向こうに見つけました。
途切れることを知らないかのような草ヒロの連鎖にテンションは上がりますが、見えるすぐ傍にいても用水路に阻まれていたりと簡単には行けず、ひと手間ふた手間かけて写真に収めていきました。
庭に置かれたバスの後ろは建物、前には様々な木々が植わり、木々の葉が落ちる今でなければ三枚目の庭木に囲まれたサイドビューしか拝めなかったかもしれません。
フロントのいすゞエンブレムから昭和50年頃からの個体で、以前見かけた伊那バスの個体と同じスタイルに見えます。

14121904.jpg

2台のフロントガラスを見比べると、左側の今回の個体が4分割、右側の昭和56年式の個体が2分割という違いがあり、今回の個体の方が古いというのは確かですが、BUからCL/CJ/CP系へのFMCが昭和55年なため絞り込めませんでした。
日本のバス年代記(グランプリ出版)や昭和と走ったモノコックバス(三推社・講談社)といった書籍を見ましたが、北村ボディについての記述からも分からず、昭和50年~55年頃の北村ボディのいすゞバスという答えが管理人の限界です。

コメント:管理人

元伊那バスファンさまによると、昭和52年に導入されたBU04であるとのことです。

雪でもい~な~伊那谷紀行(4)

いすゞBY30/BY31

用水路沿いでラルゴバン~アルト~R-2を見つけ、近くへと車をまわしていると、交差点を曲がるなり車が止まり鈴木B360がチョイと声を上げたので、「なになに?」と伺ってみると、納屋にスッポリとおさまったバスのお尻が見えました。
管理人は瞬時に「いすゞライトバス!」と声を上げて車を降りて行ったのですが・・・。

いすゞBY30/BY31
いすゞBY30/BY31

いすゞ自動車
いすゞBY31

長野県伊那谷にて
2014年12月撮影

メーカーは間違ってはいませんでしたが、ライトバスではなくバスのBYでした。
リアに羅列された数字は、当初はライトバスに幻惑されていて気にも留めませんでしたが、側面を見て元は伊那バスの所有であったことで、社番から昭和50年に導入された個体であるようです。
BYを覆うために大きすぎる軒先になっていて、そのまま軒下に棚でも置いて物置にしてしまえばと身も蓋もないことを考えてしまうくらい、恵まれた屋根付き保管でした。
以下で、管理人のマイクロバス願望が先走ってミスをした2台のリアの違いを示しますと・・・

いすゞBY30/BY31

いすゞBY

いすゞライトバス

いすゞライトバス

箱の大きさとしてライトバスよりBYの方がひとまわり大きいところから違いますが、レンズ類やフードのパーツで見れば似ていてる部分もあります。
けれども、配置は異なるため、その違いの記憶が曖昧過ぎたのが管理人のミスリードの元となりました。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊研修旅行より(11)

いすゞBA20
いすゞBA20
いすゞBA20

いすゞ自動車
いすゞBA20

長野県安曇野にて
2014年5月撮影

2010年冬に見つけたいすゞのバスに再訪問しました。
初めて見た時から蔦のジャングルで使われている気配が無かったのですが、数年経ちましてもまだ同じ姿で残っていました。
言っては悪いのですが、この時はそこまで古いバスでもないので「あら懐かしい。残っているわ」くらいにサラッと見て先へ進んだのですが、この2週間後に松本市内の書店の郷土書籍コーナーで見た写真集の中に、このいすゞさん姿を再び見ました。
その写真集は、現代信州の何気ない日常のヒトコマを切り取った写真で構成されていて、北アルプスや観光名所といったものはテーマとはなっておらず、ハッピードリンクショップが紹介されているなど、結構ツボな内容だったのですが、夕食に飲みに出かける前に大きな写真集を抱え込むのはイヤイヤよと見送ってしまい、飲んだ拍子にタイトルまでスッポリと忘れてしまい今に至ります。
撮り損ねた草ヒロほどに取り返しがつかない事ではありませんが、買っておけば良かったなぁ~と、いすゞさんの写真を見て思います。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(25)

日産ディーゼルさん

日産ディーゼルさん
群馬県にて
2014年7月撮影

トリを飾りますのは、置いてある所からすぐの国道を現役時代はお客さんを乗せて何度も走っていたであろう地元のバス会社の観光バスになります。

日産ディーゼルさん

マイホーム・バス
2012年8月鈴木B360撮影

家への入り口に置かれたバスは、車内の荷物から物置とばかり思っていましたら、ちょこんと居るイヌから伸びる鎖はバスのフロント下に開いたところへと続いていて、イヌのマイホームでありました。
私の家に寄っていきなさいとばかりに構えているように見えるイヌの様子が印象的な写真です。

日産ディーゼルさん

マイホーム・バスあらため物置バス
2014年7月撮影

それから2年が経った現在では、マイホームの出入口は草に埋もれていてイヌの姿もありませんでした。
遠くからでも突然吠えられてビックリさせられることのあるイヌですが、今回ばかりは居なくて残念と思えました。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(24)

標高1000メートルを越す高原地帯はでは、下界【関東各地)でまだ30℃近い気温があるなか、道路の温度計は早くも19℃を表示していて、涼しいどころかちょいと寒いくらいになっていました。
そこを辞去して暑さの中へと帰らねばならないと思うと悲しくて堪らなくなりましたが、明日があるのでどーにもできず、最後にに鈴木B360イチオシの場所へと立ち寄り、高原散策を終えました。

日野RM100

2012年8月鈴木B360撮影

日野RM100

2014年7月撮影

日野自動車工業
日野RM100

群馬県にて

鈴木B360がほぼ毎年詣でているというバスが集まる家。
ブログではすでに2008年に訪問した時の様子を紹介していますが、今回は2012年版とともにお送りします。
以前と比べると周囲の物がサッパリとしていましたが、前にある木が立派に成長を遂げています。
成長の間に撤去されたものがあって、バスは数を減らしていましたが、今回4台を確認でき、道路に顔を向けているRM100はご健在でした。
RM100は大型車の顔をしていながら車体はそれよりも小さく、日野初めての量産中型バスとして昭和39年から45年にかけて製造されました。
側面にならぶ窓から、こちらは帝国自動車製のボデーになり、他に金産ボデーのものもありました。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(21)

ダットサン・サニー1000バン
ダットサン・サニー1000バン

日産自動車
ダットサン・サニーバン1000デラックス(VB10)

群馬県にて
2009年8月鈴木B360撮影

温泉で1日の疲れを洗い流し、あとはもう帰るだけということになりましたが、まだ陽は沈んでおらず延長戦と相成りました。手始めに鈴木B360が毎年恒例となっている高原への避暑旅の朝ドライブで見つけていたサニーバンへと向かったのですが、紹介しました写真は2009年の夏のもので、2014年はというと、確かにサニーバンが居たのだろうという草が疎らな地面が虚しく姿を見せているだけで、撤去されておりました!!

日野さん
日野さん

日野さん

群馬県にて
2014年7月撮影

サニーバンは撤去確認となりショックでしたが、すぐ近くの白い観光バスは健在でした。
バスの横に大きな納屋が建っていますが、ともに倉庫としてご活躍の様子です。
リアの左テール下のREやRCというふうにある型式を示すプレートがなくなっていましたが、プレートのシルエットがくっきりと残っていて、「日野さんなのね・・・。」とはすぐに分かりました。
フロントのお顔も拝見したかったところですが、畑が大きすぎて反対側から望むのも難しく断念し、撤去とお顔拝めずという不完全燃焼二連発の延長戦幕開けとなりました。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(20)

日産ディーゼルさん

日産ディーゼルさん(推定)

群馬県にて
2014年7月撮影

ロンドンタクシーの居たリゾート跡の裏にある日帰り温泉でひとっ風呂浴びて1日の疲れを癒やしサッパリとして、夕暮れを迎えて涼しくなったなか車を走らせていると、畑の奥の奥の方に草軽交通カラーの観光バスの姿が見えました。
観光バスに向かって農道が通じていたのですが、湯上がりでユルユルになっている身体と精神に火が付かず、50倍ズームの効くコンデジでちょちょいと撮影して走り去りました。

この所業が悪かったのか、その後の諸々でこの周辺に宿題が生じてしまいまして、再訪問のあかつきにはしっかりとフロントを拝んでこなければと感じている草ヒロオフモードの管理人であります。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(12)



車庫に頭から入って尻隠さずのバス。
と言いますか、お顔が全く拝見できない困ったちゃんです。

高原のどこかにあると言われていた1台で、どこにあるのかサッパリと見当が付いていなかったものの、見知っていた後ろ姿を国道から難なく発見することができました。
写真ではフロント部分が全く見えませんが、トヨタのボンネットバスです。

参照:80s 岩手県のバス”その頃” サイト内の保存車の世界より

屋根付きで保管されているようですが、雨が差し込む部分にサビが浮いてきています。
車庫周囲は夏草に覆われていて車庫自体もお疲れの雰囲気が漂います。

14081002.jpg

お尻を向けたもう1台は、農家のハウス前に鎮座する三菱さんです。
都市部のラッシュで一分一秒を争うステージで発揮する3扉車が、余生は長閑な場所で悠々自適なリタイヤ生活を送っています。
自家用送迎車にしてはオーバースペック過ぎるナリなので、カラーリングから元所有が分かりませんが、払い下げを受けたものに違いありません。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(11)

日産ディーゼル中型バス
日産ディーゼル中型バス

日産ディーゼル工業
ニッサンディーゼル中型バス(RM系)

長野県にて
2014年7月撮影

こちらの高原でバスを見て感じたこと。

皆で示し合わせたように、高年式のバスを送迎車とし運行していること。
グラウンドに物置が必要なため、国鉄貨車、コンテナ、バン、バスと色々な箱が置いてある中で、送迎車を引退したものを引き続き活用するのが手っ取り早いため、やたらと見かけました。

そんな環境下で見つけたこちらの個体は、駐車場で整然と並んで止まっていた姿から、現役かと色めき立ちましたが、よく見れば車内の座席は一部が取り払われて物置になり、車検ステッカーは古いタイプなので、現役引退からそれなりの年月が経っています。

三菱中型バス
三菱中型バス

三菱自動車工業
三菱中型バス

長野県にて
2014年7月撮影

こちらは上のUDさんよりも先輩です。
今となっては物置として活用されているのかも怪しい感じでネット裏にあり、森に覆い隠されようとしています。
こちらの高原には大小100を超えるグラウンドがあり、そのほとんどが宿泊施設の専用となっていて、そこに物置が欲しいとなれば交代させた送迎車をあてがえば良いわけで、旺盛な需要に対して供給力も伴った結果、点在するグラウンドのそこかしこでバスを始めとする送迎車の再活用が見られるようになった廃車体パラダイスとなりました。

コメント;管理人

涼をもとめて高原へ(9)

日野といすゞ

2012年に訪れた際は冬眠明けといった風情だった4台を再訪問しました。
土手には青い花が咲いていて、夏の高原らしいという1枚を出しましたが、花の名前を調べてみたらヤマトリカブトで球根に猛毒を持っているやつでした。

日野といすゞ

左が書籍『信州コバス見聞録』にて紹介をされています上田交通のいすゞBA20。
右が宿泊施設の送迎車であった日野の中型バスです。
2台のバスに加えてコンテナひとつという収容力抜群の物置軍団は、作付けの真っ只中だというのに夏の盛りには敵わず背後の森に飲み込まれようとしていました。

ニッサンと三菱
ニッサン・キャラバン

この記事の1枚目の写真から左方向に目を転ずると、奥のサッカーグラウンドの脇には茶色く塗られた三菱の中型バスの物置と、手前側の畑にはキャラバンの物置が変わらぬ姿で現役続行中でした。

コメント:管理人

奥の細道を行く(21)

全景

元は重機ヤードであった解体屋跡に残されたものたち。
その中で事務所として使われていたような雰囲気のあるバスをご案内いただきました。

日野がん検診車
日野がん検診車

日野自動車工業
日野RE

羽前の国にて
2014年4月撮影

昭和62年8月に車検切れとなったがん検診車。
とだけ確実に言える以外、大きく盛り上がった屋根の下にはレントゲン装置でもあったのか、
路線バスのマスクをしているのにリアのテールライトは観光バスのように豪華なのは、
さすがは特装車たる検診車だなと惚れ惚れする一方で、
フロントのウイングマークやリアのREやRCといった大きな型式プレートは外されて無く、
ガラスは割れ放題で車内の荒らされているような感じでした。

重機

他には、重機ヤードの忘れ形見な1台が居て、

でん六山

でん六を頂点とする積み木遊びのように積まれたお山があり、

箱物の壁

かたやセダンとバンがしっかりと分かれて規則立って積まれた壁もありで、
じっくりと見れば飽きないラインナップになっていますが、
解体車のお山はいい感じに潰れた車ばかりで、鈴木B360ならお茶の子さいさいでしょうが、
管理人が1台1台と解きほぐしていくのはご勘弁といった具合です。

コメント:管理人

奥の細道を行く(7)

オバQ
オバQ

羽前の国にて
2014年4月撮影

時刻は午後6時を回り、もうお開きという暗さになりましたが、
あと1台・・・もう1台と意欲的に周りまして大きな1台です。
まさか大型がハマり込んでいるとは思いもしない周辺の道幅と、
民家の民家の間にスッポリと収まっていて「マジですか!」な1台です。
さらに、こちらのバスさんは物置としての当然の配慮から大きなフロントウインドウをすだれで覆い、
どんなお顔をしているのか全く伺うことができない状態になっていました。
藁にもすがる思いでGoogle大先生の助力を得ましたが、
波板バリケードでひさし部分すら伺えない、もっと酷い状態で写されていました。
とは、言っても、案内人の羽前の国の旧車さんより「オバQ 」だという答えを得ていたので、
自前のオバQ写真と比較をしてみて納得はしたものの、
肝心要の部分がヴェールに包まれていますので、今後の変化に期待!と投げて結びます。
ちなみに、一点だけ「オバQバンパー」と呼ばれるカスタムのネタにもされるバンパーが、
ライト穴は開いているのですがプレスラインがさっぱりとしていて、別物なのかしら?と感じました。
穴の中のライトが無いなど、廃車の前後に部品のトレードがあったのかもしれません。

コメント:管理人

14041600.jpg

4月18日追記
廃札主任さんより、山形交通のバスにはペットネームが与えられているとコメントを頂きましたので、
そのプレートがある部分を拡大切り出しした写真を追加いたしました。
「ざおう」という文字が朧気ながら読み取れます。

13GWに迷える子羊たち~補遺

13GWに迷える子羊たち~補遺として、
鈴木B360が2012年8月にドライブ中に撮影してきた3個体の写真が再入荷しましたので、
劇的かもしれないビフォー・アフター・スペシャル的な感じで紹介します。

日野さんたち
日野ず
日野さんたち
日野ず

紹介記事:13GWに迷える子羊たち(10)

ニッサンE690
ニッサンのキャブオーバーバス

紹介記事:13GWに迷える子羊たち(11)

初出しの記事で併せて紹介したかったものですが、
写真がパソコンの迷宮に迷い込んでしまったようで再度データを貰って、
遅ればせながら記事に書かれていたエピソードを補完します。

記事では数年前と書きましたが、去年の夏のことでした。
日野のバスさんは不幸に見舞われる前のナイスフェイス、
日産のキャブオーバーバスは草に覆われていて、
「ボンネットなんじゃない!」と大騒ぎの元になった写真です。

写真撮影(2012年版):鈴木B360
コメント:管理人

ニッサン・キャブスター!ダットサンではありません!!

キャブスター
キャブスター
キャブスター
キャブスター

日産自動車
ニッサン・キャブスター(E690)

長野県伊那谷にて
2012年10月撮影

ニッサン・キャブスターを、
当ブログリスナーの草疲労さんからの情報により夕暮れの伊那谷で撮影しました。
掲載がピタリとストップしている『秋深まる伊那谷~諏訪より2012』からの個体ですが、
このタイミングを逃すといつ出てくるのか管理人でもサッパリなので
流れで出しましょう。出しましょう。

本日の個体はバスのキャブスターですがバン登録されていた個体になるのか、
ダットサンではないニッサン・キャブスターのバンになります。
右リア下部に最大積載量2000瓩と手書きで書かれているのを見た時には震えが来ました。
元はバスとして使っていたものをバンに改造したのか、
座席が元から無いバン仕様があったのかは謎で、
後に初代シビリアンでバン仕様がラインナップしたところを見ると、
そういった需要があったのは確かです。
車体に書かれた農協とひまわりというキーワードで検索をしてみたところ、
JA上伊那のHP内に昭和41年に移動購買車「ひまわり」導入とあり、
昭和55年に「ひまわり」1号更新とあったので、この個体がそれなのではと思われます。
屋根上に張り巡らされた線がアンテナの類にしては妙に仰々しいと思っていたので、
移動購買車の設備の何かの設備なのかな?というところに落着しました。

コメント:管理人

13GWに迷える子羊たち(11)

ニッサンのキャブオーバーバス
ニッサンのキャブオーバーバス
ニッサンのキャブオーバーバス

日産自動車
(キャブスター)ニッサン(E690)

茨城県にて
2013年GW撮影

栃木から茨城にかけて県道や国道を縫うように走って神奈川への帰路についていると、
空は暗転して雷をともなった夕立となり、住民もずぶ濡れになって家路を急いでいました。
地図もろくに見ずに道路標識のみで焼き物の町を目指して走っていると、
鈴木B360がドライブで見つけていた古いバスに偶然にも遭遇しました。
鈴木B360が見つけた時には草に覆われていてフロントがスッポリと埋まり、
大きさとリアの窓からボンネットバスかもしれないと大騒ぎをしましたが、
鮮明な航空写真でボンネットが無いことが判明してすぐに鎮火。

それから何年か経った2013年。
夕立あがりの虹空の下でお姿を拝見できました。

再発見の時には管理人はカメラを両手に出て行き、鈴木B360は車で待機。
夕立上がりの清々しい空気の中、カエルの大合唱の中で写真を存分に撮り、
撮り終えて車に戻るなりふたりそろってキャブスターかな?という結論で現場をあとにしました。

戻ってきて写真を頼りに調べて見るとキャブスターというバスは実に厄介なモデルで、
モデルの途中でトラックとバンのキャブライトに名前を譲り渡してしまう離れ業をやったため、
バスのキャブスターの流れ上にあるニッサンバスであるとしか導き出せませんでした。
この結論を出すのリンク先の80s岩手県のバス“その頃”を参考に致しましたが、
キャブスターは1959年の発売当初から4灯で、
また富士重工では丸みのある11型ボディをかなり遅くまで架装していたので、
年式の判定は困難です
とあり、外見のみで判断はできないとの事で、
キャブライト(E690)かニッサンバスE690かはコーションプレートを拝まないと分かりません!

コメント:管理人
参考サイト:80s岩手県のバス“その頃”
参考ページ:その後の廃車体>自家用バス1(大型車)


ニッサンのキャブオーバーバス

『13GWに迷える子羊たち』の連載はこれで終了です。
明日に関連車両1台を挟みまして、明後日の6月1日からは
『あくまでもドライブ、嫁にいいわけスペシャル!?うなぎと温泉とハイブリットカーを楽しむ日帰り長野強行旅』(原題:鈴木B360~現在、略称を検討中!)をお送りします。

13GWに迷える子羊たち(5)

リンクに、80s岩手県のバス“その頃”を追加しました。
見つけるだけでほぼ完了の探検隊とは違い、バスの奥深い世界へ誘ってくれるHPですので、
是非ともご覧になってみてください。

本日紹介の3台のバスの内、有料道路からも姿が望める日野さんは、
鈴木B360が近くにスキーをしにきた時に吹雪の中で見つけていた個体でした。
GWに訪問してふそうさんといすゞさんを同じ開拓地の無法地帯で見つけました。

日野さん
日野さん
日野さん

日野自動車工業
富士重工業ボディバス

ふそうさん

三菱自動車工業
三菱ふそう中型バスMK系/B6系


日野さんはどっしりと地に構えた倉庫でしたが、
ふそうさんは遠目に見てもタイヤに生々しいドロが付いているのが見え、
空気圧も申し分なしで後輪にはタイヤ止めをしているくらいなので、
移動式の倉庫なのではないか?という恐ろしい推察ができます。
それもこれも周辺を散策中に、栃4のナンバープレート掲げた最近のエルフや、
ナンバープレートすらないトゥデイやアクティが生々しくも道路上に居るのを見かけたためで、
『無法地帯』と表現をするのは伊達ではありません。

いすゞさん
いすゞさん

いすゞ自動車
いすゞBU


民家の庭先にデンと置かれていたのは、
近くにあるゴルフ場の送迎バスだったというのが伺えるいすゞさんです。
緑のカラーリングからすると、日野さんも同じ送迎バスだったのかもしれません。
鈴木B360が写真を見てポツリと「ホイールキャップが付いている。」と言ったように、
路線バスのような身なりですが、ゴルフ場の送迎バスとしての格調づくりはされていたようです。
しかしながら今は、フロントバンパーを取られて締まりのない顔をしています。

3台ともに
埼玉県か栃木県のどっかにて
2013年5月GW撮影

コメント:管理人

秋深まる伊那谷~諏訪より2012(**)

三菱ふそうR系
三菱ふそうR系
三菱ふそうR系

三菱日本重工業
三菱ふそうR系

長野県諏訪地域にて
2012年10月撮影

むか~しの探検隊は、見るからに古いと一発で分かるこのバスもスルーしていました。
理由は極めて単純で、隣接する道路の交通量が多くて探索車をさばけないというものでした。
少しばかり頭を使って収めようという努力をすれば何てことない理由なのですが、
2006年11月の初発見から以後何回ものチャンスを無為にしてきました。
2010年代ともなると、さすがに無視し続けることもできなくなり、
2012年10月に、このバスのためだけに進路を定めて行って来ました。

ボディーの形状から昭和33年頃から39年頃までのR系であろうと思われますが、
古すぎてよくわかりません!

コメント:管理人

春本格到来!シーズンラスト?の草ヒロ探索より(9)

三菱ふそうB系
三菱ふそうB系
三菱ふそうB系
三菱ふそうB系
三菱ふそうB系

三菱自動車工業
三菱ふそうB系

長野県諏訪地域にて
2013年3月撮影

昨日紹介したB系が三菱による東名グリルの精悍なお顔であったのに対し、
本日お出でいただいたB系は呉羽によるタラコと称される柔和なお顔の1台です。
山の中の城塞のような資材置き場の角にデンと置かれ、
南アルプスの山々を眺めていました。
道から見上げられる場所に、はみ出しながら置いてあったため、
ピットにでも潜らないと見えないようなアングルを楽しめました。
ボディーのコンディションはまずまずでしたが、足回りはけっこうキテます。
仰ぎ見た頭上のどこまでも続く青空に溶けこむような青でした。

コメント:管理人

春まだ遠い信濃路より~2013睦月(14)

三菱B系
三菱B系

三菱自動車工業
三菱B系

長野県松本地域にて
2013年1月撮影

日野オバQのちょうど10分前に撮影をしていた三菱さんです。
管理人は勝手にご新規さんと思い込んで撮影をして帰って来ましたが、
鈴木B360の記憶には2007年GWに同地を探索した際に国道から見えた・・・で、スルーした。
という個体であったとのことで、2007年頃の探検隊さんは何って贅沢者だったのだろうと思うと共に、
管理人は写真に収めていない個体に関してはまったく記憶に留めていないと、
管理人にとってはダブルショックな事が判明した三菱さんでした。

ボディーに若干のヤレが見られるも、東名急行バスで一世を風靡した精悍な『東名グリル』は、
栄光の時を今に伝えるかのように輝きを失わずピカピカでした。
探検隊には確たる比較個体がおらず年式まで踏み込めませんが、←ありました。
昭和49年に通気孔の一部が埋められているとのことで、
それ以降から、昭和52年にリアガラスが3分割となるまでの個体であることは言えます。

コメント:管理人

プロフィール

草ヒロ探検隊

Author:草ヒロ探検隊
  
  鈴木B360(左)
   草ヒロ趣味歴20年以上
   運転担当/草ヒロ鑑定

  管理人(右)
   草ヒロ趣味歴10年以上
   助手席でナビ担当
   写真撮影・ブログ管理人

  本部:神奈川県M半島中部
  探検隊設立:2006年3月
  ブログ開設 :2007年6月1日

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