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春の山梨満喫ツアー(13)

シビリアン~2006
シビリアン~2016
シビリアン~2006
シビリアン~2016

日産自動車
ニッサン・シビリアンショートボデー
(GYC340~GYC341)
年式:昭和51年MC~57年FMC
山梨県にて
各アングル上が2006年12月撮影、下が2016年3月撮影

坂道の途中の果樹園に置かれているショートボデーなシビリアンを訪れました。
サイドミラーのアームに草を盛大に絡めてボディサイドに流れるようなラインを纏っているのが10年前のお姿です。
一方の若干草を絡めていて、ラインを真っ黒に塗りつぶされているのが今年のお姿です。
多くの草ヒロが年を経るごとに草に覆われて姿を隠していくのを見てきたので、写真を並べてみて草が取れた姿が最近だというのに若干の違和感を感じたところですが、ボデーの具合を見れば違いは一目瞭然でした。
黒塗りされた部分に注目すると、サビが特段激しいという風にも見えず、坂道の勾配とシビリアンのラインが紛らわしいために処置とも思えましたが、元所有者を示す部分をより念入りに塗りつぶしている部分もありました。

コメント:管理人

春の山梨満喫ツアー(9)

ライトコーチ

日産自動車
ニッサンプリンス・ライトコーチ
(昭和42年~44年頃)
ニッサン・ライトコーチ(昭和45年頃~49年1月販売中止)
山梨県にて
2016年4月撮影

だーいぶ前に草疲労さんより情報を頂いていたライトコーチの現地調査へと赴きました。
周辺にこれといった目的地となるものがないため足が向きませんでしたが、今回のツアーは山梨にコンパクトに3日間というゆとりの日程であったため、ライトコーチのためにホイホイと山中へと分け入っていきました。
大まかな場所を聞いていて、ストリートビューで現地を見た限りではライトコーチが置いてあるような雰囲気は感じませんでしたが、行けば何とかなつべくらいに向かうと、細い道の一段下の広場で物置になっているライトコーチのリアビューを見つけることができました。
年式としては日産と合併してからのモデルになり、ルーフのマーカーランプが廃止されていることから分かります。
あとは後輪がシングルタイヤであるということが分かるくらいです。
物置としての使い勝手を良くするために置くときにタイヤ半分くらい埋めていてステップ台と地面の段差を解消していて、窓を塗りつぶすところなど、手慣れた仕事っぷりを感じました。

コメント:管理人

春の陽気に誘われ山梨(12)

トヨタ・コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースターデラックス

山梨県甲府盆地にて
2016年2月撮影

資材置場の壁と物置の二役をこなすコースターを果樹園地帯と住宅街の境目あたりで見つけました。
ルーフの塗装は退色が進んでほぼ消えかけていて、長い間置かれていることが伺えますが、サビが少ないのはさすが内陸県と言えます。
コンディションがそこそこのため破れた窓ガラスの痛々しさが目立ちます。
塗色は昭和47年から51年の自動車ガイドブックに見られるものでした。

コメント:管理人

春の山梨満喫ツアー(8)

ニッサンエコー

猫顔のニッサン。
縁取られたライト周りと、にゃ~んと鳴くように開いた口。

ニッサンエコー

流麗なECHOとエンジン排気量を示す1900のバッチ。
一昨日紹介をしたトヨペットマイクロバスとほぼ同じ年式になり、排気量も1900というところで同じです。

ニッサンエコー
ニッサンエコー
ニッサンエコー

日産自動車
ニッサン・エコー(GHC141)

年式:昭和38年MC~39年MC
山梨県にて
2016年3月撮影

昭和34年に製造が開始されたキャブオールマイクロバスを原点に、当初は月販10台以下(35年の年間で158台)という小さな市場規模だったものが、36年にはエコーの名を与えられ販売台数を増やしていき、この個体のモデルの頃となると38年で1059台、39年では1902台となり、初期の頃には考えられない規模へと成長しました。
成長したとはいえ概算で3000台という台数の大半は廃車をされて粛々と解体されていったはずで、今日残るものは極めて少ないと思われます。
そのためか、初代エコーともなると探索をしていても数年前に見たきりくらいなもので、エコーと言えば自動的に2代目を指すくらいに縁のない1台となります。
そんなところに「まだありますよ!」という情報を得れば、撮影をしたことがある個体であっても見たい気持ちが膨らみ、遠く足を伸ばして見に行ってきました。
以前と比べるとコンディションの悪化は進んでいて、加えて資材置場に人の手が入らなくなった様子で、置き去りにされていますが、現存する姿しかと拝見して参りました。

コメント:管理人

クラウンツアー前に(6)



コニー360ワイドバンの前に鎮座するのは、年式少々古くなりまして昭和30年代のトヨタのマイクロバスです。

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フロントに転じまして、センターに誇らしげなTOYOPETのマーク。

16042002.jpg
16042004.jpg

トヨタ自動車工業
トヨペットマイクロバス(RK170)

年式:昭和38年頃
宮城県にて
2016年4月撮影

トヨペットマイクロバスでございます。
写真からは木々に囲まれて山の中にポツリという雰囲気を感じるところで、ヴァーチャルで姿を見るまではその通りのところにあるものとばかり思っていましたが、フロント側は道路に面していますし、リアも道路から眺められる意外なロケーションでした。
レア車2台の共演に、勝手にイメージを膨らませに膨らませていたということでした。
ボディには送迎車であったことを伺わせる施設名が残っていましたが、塗色を見ると青系の部分とピンクの部分、それに中央部にはトヨタライトバスを思わせる流れるラインがあり、一緒くたであったとは考えにくいのは確かであり、ルーフ上のスピーカーも相まって車歴がよく分からない姿でした。

コメント:管理人


探検隊2015慰安旅行より(13)

ニッサン・エコー
日産・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー

年式:昭和41年FMC~45年MC
長野県にて
2015年11月撮影

幹線道路を快調に流していると民家が点在する一画にマイクロバスのサイドビューを見つけました。
血眼になるような勢いで風景の中に1日草ヒロを探していると、カーポートの屋根がマイクロバスの窓に見えてしまったりする、『なんでも草ヒロ症候群』的な症状が出るときがありますが、今回はしっかりとマイクロバスでした。
久しぶりのエコーでしたが、民家の敷地内で大きな物置となっていて遠くからのお姿しか拝見できませんでした。
エコーの各個体で錆びやすいボディサイドの継ぎ目にジンワリとサビがある他、経年による塗装の褪色があるくらいで、近年稀に見る良いコンディションでした。

コメント:管理人

とある秋の日曜日に(2)

ジャーニーL

魅惑的な果樹園地帯を遠く見上げて走る道で「マツダB360発見!」と勇んで向かってみれば、絶妙なカタチに積まれ、B360っぽい色合いに色褪せたリンゴ収穫のバケットでした。
大誤爆の後は草ヒロを完全に封印して道中を淡々と走りましたが、健在確認にチラ見したこの光景に、封印のタガが完全に外れました。

ジャーニーL
ジャーニーL

いすゞ自動車
いすゞジャーニーL(BE20D)

年式:昭和48年~52年頃
長野県にて
2015年11月撮影

フロントのISUZUの切り文字が大きく、長い2代目ジャーニーでも古いモデルになります。
ディーゼルモデルを表す「D」というバッチと、Deluxeのバッチが運転席ドアに付いていました。
撮影をしたのは新潟が目前という長野で、住宅や納屋の屋根が急傾斜であったりカマボコ形という豪雪地帯にあって、9年ぶりの再会は感動モノでした。

ジャーニーL~2006年Ver

9年前(2006年11月)のジャーニーL

真っ暗な関越道をひた走り、夜明けの越後湯沢から草ヒロ探索を開始して、県境にある道の駅で小雪が舞う寒さの中できのこ汁を食べてほっこりとし、それから程なくして見つけたのがこちらのジャーニーLでした。
今でも話題に上がるくらいにジャーニーの前に食べたきのこ汁が絶品だったため、きのこ汁にひも付きですが思い出深い草ヒロのひとつです。

コメント:管理人

聖地探索2012(82)+春模様の長野より(29)

ニッサン・エコー

さくらの季節に訪れたい上田地域のマイクロバス。

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー

昭和41年FMC~43年MC~45年MC(GHQC240)
長野県上田地域にて
2012年4月(くもり)と2014年4月(晴れ)撮影

初めて見つけた2012年の時もさくらは咲いていましたが、雨まじりの寒い日であまり印象にありませんでした。
リベンジというわけではありませんが、エコーの居る集落道の交差点を通り、見ていこうとフラリと立ち寄ったのが2回めの2014年。
この時は晴天に恵まれ、さくら色のエコーとさくらのコラボレーションを堪能してきました。

足回りがない状態で乗降口のステップはほぼ地面に付いていて、バランス的に寸足らずになっている上にグリルからバンパーが無くシマリのないような、なんともひょうきんな顔になっています。
リアはガッチリと囲まれていてテールライトの形状で絞れる年式がサッパリで、ピンク色のカラーだと、初期のような勝手なイメージを持っています。
そもそも足回りが無いのでシングルタイヤかダブルタイヤかも分からない始末でして、フロントのバッチの「D-4」からディーゼル車であることくらいしかわかりません。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊研修旅行より(25)

ジャーニーQ

広場など人が集う場所で見る機会がある、休憩室や物置を兼ねた小屋代わりの廃車体。
広場の利用者が乗っていたものや、ツテで引っ張ってきたという車が置かれ、置き場所の広さにより大きい物で大型バスからマイクロバス、バンといった収容力のある箱型が活用されるのが多いです。

ジャーニーQ
ジャーニーQ

いすゞ自動車
いすゞ・ジャーニーQ

昭和52年から54年まで自動車ガイドブックに掲載あり
長野県佐久地域にて
2014年5月撮影

いすゞと、ボディーメーカーの北村製作所のタッグにより送り出された、丸みを極力排してボディーはどの面も直線的で角いという特徴的なフォルムをしたマイクロバス。
フロントライトが丸目4灯なのが画竜点睛を欠きますが、後に角目に改められます。

橋を渡っていて遠目でもジャーニーQとわかる後ろ姿を見つけ向かうと、堤防道路からその姿を見ることができました。
撮れる機会が少ない上からの写真で満足して、河川敷まで降りずに先を急ぐように後にしましたが、考えてみれば発見数が少ないジャーニーQなので、モッタイナイことをしました。
車内は窓にそって座席を並べ直すなど、使い勝手が良いように手が加えられていて、現役当時のカーテンも使われ続けています。
現役時代は付近の自治体の持ち物であったようで、町名を塗りつぶしてはいましたが薄くて普通に見える状態だったので、放出当時は大らかな時代であったでしょうが、今では税金の絡んだものはとかく煩いことでしょうから、ブログ掲載に際して塗りつぶしておきました。

コメント:管理人

趣味人懇親会の草ヒロ巡りより(8)

ニッサン・シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアン
(GHC240)
長野県にて
2015年1月撮影

近所の個体のついでと、あまり見かけないカラーリングのため、ゆる~い1台ながら、管理人のお気に入りのシビリアンを拾ってもらえました。
欲を言えば、これに近い色合いの初代エコーならばツアーパンフレットで売りにもできるとこですが、初代エコーがやたらとすっ転がっているわけがありません。

ニッサン・シビリアン
ニッサン・シビリアン

前回訪問時くらべグリルの隙間から伸びる木が切られることなく成長しているようなので、青い葉が茂った頃にでもまた訪問したいものです。

コメント:管理人

年末のいばらき路にて

ニッサン・シビリアン

昨日は、あんこう鍋を食べたいというリクエストで、鈴木B360ともうひとりを交えて茨城へと日帰り観光旅行に出かけていました。
昼前に茨城へと着き、あんこうに舌鼓をうち、それから内陸部の吊り橋と滝を観光して、アルカリ性温泉に入って、県都で郷土料理を頂いて帰路につきました。
道中で草ヒロは550ccの箱バンを中心に両手くらいは見かけましたが、MMCマークの犬小屋仕様車をスルーしたのが惜しかったくらいで、やりだしたら歯止めが効かない草ヒロに観光のカセをはめて概ねスルーをぶっこいてきました。
そんな中でしたが、管理人が「マイクロバスを見た~い」と不規則発言をしてからチラリと姿を認めたマイクロバスは、「引き返してくれぇ~」と戻り、この1台のみですが茨城の草ヒロを撮影してきました。

ニッサン・シビリアン
ニッサン・シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアンロングボデー標準車(K-GHMC341W)

茨城県にて
2014年12月27日撮影

チラリズムで、コースター、コースターと連呼しましたが、助手席セーフティウインドウの付いたシビリアンでした。
海からだいぶ離れた山に囲まれたところでしたが、湿り気が多いのかサビが多少あり、フロントバンパーのチリチリ具合は見事な物でした。
セーフティウインドウが付き、3300ディーゼルでダブルタイヤでパワーステアリング付きという仕様から、昭和55年以降の初代末期のモデルでした。
全面を見回して、そういえば残っていというナンバーに目を向ければ8ナンバーの特殊車でした。
なんで特殊車なのだろうかと、写真でじっくりと見て気がついたのは助手席シートの形状で、デラックス車のものよりも立派で大きなものが据え付けられていて、その豪華さから連想できたのはキャンピングカーかな?というところでした。

コメント:管理人

鈴木B360の大冒険2012~2013(9)

コースター
コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースターハイルーフクーラー車

宮城県西部にて
2013年1月撮影

鈴木B360が奥方様のご実家にご帰省あそばれた折!に撮影されました、大変大変貴重な草ヒロの写真です。
それを管理人は長きにわたって塩漬けしてきましたが、東北地方で活動されていますどんぐりさんから宮城の草ヒロのお話をされましたので、ハッと思い出しましてご紹介をします。

長く漬けすぎて濃い味になる漬物とは異なり、だ~いぶ前に話と写真の受け取りをしたので記憶は薄くなっていますが、確か高速道路を走っていて見かけたという個体で、撮影箇所も隣県で米沢牛を頂いてから奥方様のご実家に向かう道中なので宮城県の某高速道路沿いだったと思います。
内陸ですが屋根はコンガリ雨樋は水が溜まってグサグサとそれなりに錆びています。
タイヤを脱ぎ捨てドッシリと構えたる物置(車)で、車内のヘッドレストまである大きな椅子は荷物スペースのために大半が外されていますが、休憩に使っていたのか車両左側に何列か残されています。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊研修旅行より(21)

コースター
コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースター

長野県松本地域にて
2014年5月撮影

サニーバンの近所で、数年前に夜の国道からみおろしたマイクロバスの事を思い出し行ってみると、放ったらかしたにも関わらずマイクロバスの姿はしっかりとあり、夜闇の幻ではありませんでした。
しかしながら、遠い記憶ではシビリアンだと決めつけていた正体は、コースターでございました。

資材置き場の一画にガッチリと固められて佇み、車内は定番の物置となっています。
車体には元々の御役目の名残がしっかりと残りフォークリフト屋さんの送迎車であったのが伺え、資材置き場のヌシの自前のものではなく取引の縁あって流れてきたものでしょうか。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊研修旅行より(10)

いすゞのマイクロバス
いすゞのマイクロバス
いすゞのマイクロバス

いすゞ自動車
いすゞBLD11?

長野県佐久地域にて
2014年5月撮影

安曇野の春から、桜が咲き始めたばかりの佐久地域の高原地帯へ、研修旅行の行程でも2日目の終了間際に一気に飛びます。
牧場の表面にハチマルがチラホラと見え、裏手に回れば近づけるかと向かえば、ぜんぜん違うものが居ました。
遠目で見たお顔から、ダイハツライトバスか!!と緊張が走りましたが、よ~く見るとフロントのセンターにはいすゞのマークが・・・。
初のダイハツライトバスとはなりませんでしたが、それでもこの1台クセモノでして、ボディーサイズはマイクロバスで違いなく、そこからいすゞのマイクロバスを思い浮かべてみるも、ピタリとコレだという1台が出てきません。

いすゞBLD11
いすゞBLD11

いすゞ自動車
いすゞBLD11

長野県塩尻峠にて
2006年3月撮影(撤去済み)

上記の固体に一番近いであろうと思われるのが、こちらのBLD11になります。
今はなき懐かしい1台の写真を引っ張り出してきました。

年式としては昭和39年から40年頃のもので、4灯となっているところ(前モデルのBLD10は2灯)、ヘッドライト上にあるマーカーに共通点を見いだせるところです。
しかし違う部分もあり、サイドを見ればプレスラインと側窓の天地のサイズなどは全く異なり、サイドドア横にサイドマーカーが装備されているなど、塩尻峠のBLD11と比べて佐久地域の個体では、各部の仕様がより高級なものになっている印象を受け、BLD11をベースにした注文車なのかな?という推測ができます。

コメント:管理人

2015年12月22日追記

80s岩手県のバス”その頃”管理人様より、この記事の個体について、渡辺自動車製のボディを架装したモデルにシルエットが近いのでは、という考察を頂きました。
渡辺自動車製のいすゞBLライトバスの写真は、ぽると出版の「私の知っているバス達 いすゞ自動車」の25ページにあり、草ヒロ探検隊の図書として本書を所有しているため確認をしました。
自動車ガイドブックでお馴染みの川崎航空機製ボディでは近似点が無かったのに対し、渡辺自動車製の個体は2灯モデルでこの記事の個体とは全く同じではないものの、シルエットは近いものがありました。
「私の知っているバス達 いすゞ自動車」によれば、渡辺自動車製ボディのBLライトバスは、当初からラインアップしたものではなく、モデル途中に追加されたとありました。

涼をもとめて高原へ(23)

ジャーニーL
エコー

広い敷地があって、廃車体に縁があれば取り敢えず物置にするとばかりに、高原のひと集落くらいの狭い場所に多くの草ヒロ物置がありました。
今日はその中からマイクロバスの2台です。

ジャーニーL

いすゞ自動車
いすゞ・ジャーニーL

群馬県にて
2014年7月撮影

農場の敷地に置かれたジャーニーL。
車内の座席は少数を残して取り払われて物置という風情ですが、向かいのコンテナにお株を奪われたのかガランとしています。
置いた当時は廃物の有効利用であったところが、階段を「乗り降り」をしないとならないマイクロバスの箱は、容量が多くても搬入口の狭さがネックになったと思え、ワイドな開口部が使い勝手良く手に入りやすいコンテナの台頭で、姿は留めているものの使われているのか分からないような個体が目立ちました。
2代目の前期型でも昭和55年~57年の自動車ガイドブックにみられるサイドラインのデザインで、それくらいの年式であると思われます。

エコー
エコー

日産自動車
ニッサン・エコー(C240系)

群馬県にて
リアビューは2012年8月に鈴木B360撮影、サイドビューは2014年7月撮影

管理人が特に贔屓にしていますニッサン・エコーに鈴木B360が案内してくれましたが、フロントは残念なことになっていました。
それで損傷したのを鉄板で丁寧に補修したのが見え、オーナーはエコーを直してでも使おうと重宝していたようです。
鈴木B360が撮影した2012年の様子と比べて、草の加減やパレットが雑然と置かれるなどの変化があったので、スッキリとていた古い写真の方でリアはご紹介しました。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(18)

シビリアン
シビリアン

ニッサン・シビリアン(夏)

長野県にて
2014年7月撮影

シビリアン
シビリアン

ニッサン・シビリアン(冬)
長野県にて
2012年4月撮影

ジャングルの中を思わせるような夏の佇まいと、寒々しさしか感じられない冬の佇まい。
どちらも同じシビリアンのお姿です。
先に訪問した冬の佇まいからは想像できない彩りの中に居ました。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(17)

レインボー

日野自動車工業
日野・レインボーBM320ライトバス(BM320T)

長野県にて
2014年7月撮影

またもサッカーグラウンドの傍らにマイクロバスの姿が・・・。
ひとつの高原に100を越える数のグラウンドを擁し、その数の多さからギネスブックに記録申請を行っているということですが、高確率でバスやマイクロバスにバンといった収容力のある箱モノの姿が見られるというのも、草ヒロ趣味の点から特筆したいところです。
その殆どがグラウンドを所有する宿泊施設の送迎車であったもので、そこに地元バス会社払い下げなどが加わったという具合で、探検隊が訪問をする前に多くの個体が消えましたが、果樹園や畑では見られないバス個体の一大集合地が形作られました。

レインボー

トラックのレンジャーをベースに、帝国のT型と金産のK型の2タイプのボディを架装した初代レインボー。
自動車ガイドブックでは2タイプ揃って紹介がされています。
こちらは帝国ボディは、直線美をフルに生かした「カットスタイル」と紹介されているとおりエッジが効いて張り出し感が半端なく、管理人的には顔のインパクトはマツダ・ライトバスに引けをとらないと思っています。
レインボーから一段高い道路より、並木を縫って俯瞰するように姿を捉えたため、全体像はハッキリとしませんでしたが、帝国レインボーの表情は堪能することができました。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(8)

ニッサン・シビリアン

わらを満載した畑の草ヒロの定番のお姿。
合宿で賑わう高原には、スポーツ施設の傍らの物置だけではなく、高原野菜の畑の物置として活躍する草ヒロの姿も見られました。

ニッサン・シビリアン
ニッサン・シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアン(C341系改)

長野県にて
2014年7月撮影

遠くから見つけて、まず助手席下部のセーフティウインドウが目に付き、顔半分見えない状態だったのでコースターかなと近づいていくとシビリアンでした。
写真を撮り眺めながらリアへと回ると、まさかの観音開きドアが姿を現し、園児バス以外で後部ドアを見かけたことが無かったため、ライトバン仕様なのかと一瞬ざわめきたちました。
しかし、全身真っ白に塗り直された中にデラックスのバッチが残っていたため、客席座席にヘッドレストが付いた大型シートが車内に並ぶマイクロバスであると分かりました。
前歴は宿泊施設の送迎車だったであろうことは、高原の合宿地という立地からすぐに思いつきましたが、座席数を減らしてまで大きな後部ドアを持つ特装車を選ぶだろうかと考えてみると、冬になればスキー客で賑わうところなので、ハイルーフも相まって広い開口口は、スキー板を抱えたスキーヤーたちには便利だったことでしょう。
そして広い後部ドアは、現役時代だけではなく物置となった今も重宝している様子でした。

コメント:管理人

涼をもとめて高原へ(7)

シビリアン

シビリアンがパネルを背負っているようにも見える真正面からの1枚。
除草剤が使われているのか、周囲の草は枯れていて真夏らしくない感じにはなっていますが、グリル周りが隠れてしまっているため、以下2012年の春先に管理人が訪問した際の写真にてお送りします。

シビリアン
シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアン(C330系)

長野県にて
2012年4月撮影

道路から仰ぎ見るはサッカーグランドの脇に集結した、簡易トイレ、ペリカン便、そしてシビリアン。
下から見上げると城壁のような威容で、どう攻めても勝ち目がなさそうです。
そんな鉄壁の上のシビリアンは、さながらお殿様のように優雅に高原の風景を眺めつつ御役目を碼頭している様子です。
なお、シビリアンだけでは収納力が足らなかったのか、定番のパネルも並び万全の布陣となっています。

コメント:管理人

奥の細道を行く(31)

ハイエースコミューター
ハイエースコミューター

廃車体街道を行くで紹介されましたハイエースコミューターです。
足元に栗が大量に落ちている木の下に佇んでいました。

ハイエースコミューター
ハイエースコミューター

トヨタ自動車工業
トヨタ・ハイエースコミューター(PH15B)

羽前の国にて
2014年4月撮影

フロントバンパーを弧の字にひん曲げて困り顔なハイエース。
現役時代は建設会社の送迎車で大活躍をした15人乗りのロングボディーは、窓ガラスの支えを失った部分が大きく潰れています。
前期顔でもバックライトと一体のテールと、プレート式のHIACEバッチから年式は昭和45年頃と推定でき、残っている定期点検シールは昭和52年なので10年も乗られること無くリタイヤです。

ハイエースコミューター

運転席の後ろに並んでいた座席は全て取り払われて物置として活用されていたようですが、今では降り積もった落ち葉から草が生えているくらいで、広い後室はガランとしていました。

ハイエースコミューター

ハンドルは外すのが面倒だったのかそのまま残っていましたが、ラジオはゴッソリと抜き取られて小動物でも入り込みそうな空洞になっていて、餌には困らない立地なのでリスくらいだったら住めそうです。

コメント:管理人

春模様の長野より(9)

ニッサンプリンス・ホーミー
ニッサンプリンス・ホーミー
ニッサンプリンス・ホーミー

日産自動車
ニッサンプリンス・ホーミー(B641)

長野県佐久地域にて
2014年4月撮影

1970年前後の自動車ガイドブックで、キャブオールマイクロバスと並び紹介をされていたのが昭和40年8月登場のホーミーでした。
ホーミーは、プリンス自動車工業時代の昭和39年に登場をしたトラックのホーマーがベースとなっていて、トラックとバンをホーマーと、マイクロバスをホーミーと名乗り区別がされていました。
ベースとなったトラックモデルを見ると、キャブオールが1.5~2トン積みのH20型2000ccに対し、ホーマーが1~1.5トン積みG1型1500cc→R型1600ccと車格が異なりますが、マイクロバスでは、エンジン以外はほぼ同じ車格となり、キャブオール14名に対しホーミー15名という定員の逆転や、ベース車に起因する10万円を越える価格差もあってか、キャブオールは鳴かず飛ばずで、ハイエースコミューターの独擅場となっていた15人乗りマイクロバス市場に、辛うじて斬り込めたのがホーミーでした。

こちらの個体は、リアから見つけた時にすぐホーミーとわかり小躍りをしましたが、

ニッサンプリンス・ホーミー

果樹園に頭から入っていって物置に突っ込んだようにして置かれていて特徴的なファニーフェイスが満足に拝めませんでした。

ニッサンプリンス・ホーミー

辛うじて捉えたグリル形状とピラーにあるサイドマーカーから、昭和43年MCのどっぷりニッサンプリンス・ホーミー以降とわかり、

ニッサンプリンス・ホーミー

リア最下段のターンシグナルランプがアンバーではなくクリアだったので、47年MCのニッサン・ホーマーよりも前のモデルだと思われます。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊研修旅行より(3)

キャブオールマイクロバス
キャブオールマイクロバス
キャブオールマイクロバス

日産自動車
ニッサン・キャブオールマイクロバス(KC240)

長野県佐久地域にて
2014年5月撮影

こちらのキャブオール、窓は引き違いで開閉可能、車内には座席シートが並んでいて、車体寸法こそ小型自動車の枠内に収まっていますが、14人乗りのマイクロバスになります。
定員15人前後のマイクロバスは、トヨタ、ダイハツ、いすゞと、日産からはホーミーもありましたが、中でもトヨタのハイエースコミューターが群を抜いており、今日に残る草ヒロでもおなじみです。
キャブオールマイクロバスについては、探検隊で6年ぶり2台目という激レアな様相を呈していますが、トミカがモデル化しているので、ミニカーファンをはじめ、そちらの方が馴染み深いと思います。

こちらの個体、ヘッドライトが少し見えるくらいしかお顔が見えず、グリルがどうなっているのか全く分からない状態ですが、小ぶりなサイドマーカーが確認できるので、昭和46年頃に大型化されるまでのモデルであろうと推測ができます。

コメント:管理人

春模様の長野より(8)~取材

シビリアン幼児車

昨日のキャブオールでは、3000DIESELのエンブレムが脱落していましたが、本日紹介をしますシビリアンでは、片ビスで辛うじてくっついていました。

シビリアン幼児車
シビリアン幼児車
シビリアン幼児車

日産自動車
ニッサン・シビリアン幼児専用車(GHYC240N)

長野県上田地域にて
2014年4月撮影

タイトルに~取材が付いているように、105さんより紹介頂いた個体です。
現地に赴いてみて、フロントを撮影している時には気が付きませんでしたが、リア側に回ってみて木造住宅とシビリアンに立て掛けられた工事看板から、「いい錆夢気分」にて紹介されていたものだと気が付きました。
その様子(平成21年3月)と比べて傍らに石塔が新たに置かれたくらいで、工事終了から15年が経とうとしている看板がそのままなのが妙に嬉しかったです。
幼児専用車は、リアに間口835mmのワイドな肩開きの非常ドアがあるので、物置として余生を送るなら荷物の出入りに持ってこいなのにと思いましたが、考えてみれば外側から閉めることは想定されていないので、看板を立て掛けてあるのは通常営業?の姿ですね。

コメント:管理人
参考資料:シビリアンカタログ(3021T)

春まだ遠い信濃路より~2013睦月(32)

コースター
コースター
コースター

トヨタ自動車工業
コースター標準ルーフデラックス車(K-BB11)

長野県長野地域にて
2013年1月撮影

2007年の訪問時に管理人が堆肥を踏み抜き、
それ以来、探検隊では『◯◯コースター(表記自粛)』という迷惑な名で呼んでいたコースター。
同じ悲劇は許されないので、雪に覆われた地面を注意深く見回して慎重に撮影をしました。
コースターの背後には昨日紹介をしたハイエースが、見逃すのが難しいくらいにハッキリと見え、
その存在を無かったことにしてしまった出来事が思い起こし、
ひどい目にあったおかげで、再訪問がより感慨深いものになりました。

アルト
アルト

近くのコンガリ・アルトも健在でした。

コメント:管理人

2013霜月の長野より(17)

本日は、先日のお知らせで写真だけ先走ったトヨタライトバスと、再撮影個体のもう1台です。

トヨタライトバス

トヨタ自動車工業
トヨタライトバス(RK170B)

長野県上田地域にて
2013年11月撮影

このライトバスを撮影した置き場は探検隊にとって因縁の場所です。
2009年GW長野行きで、産廃の山のてっぺんに佇むミゼットを見たその場所で、
当時は思いっ切り通り過ぎてしまって、
ちょい先のハッピードリンクショップで止まり休憩するも、
「(ミゼットが)可哀想だねぇ。」の一言で片付けて撮りに戻らず、
記録として残せぬまま撤去されてしまった、苦い記憶のある場所でした。
そこを数年ぶりに通りかかって眺めてみると、
見間違えようのない派手なカラーリングでライトバスが居り、
またも見つけたけど止まれな~いと過ぎ去ってしまい、
ハッピードリンクショップで一服して苦い記憶を思い出してから撮影に戻りました。

周囲の物の囲まれ方からして、おそらくミゼットをスルーした時から敷地内にあって、
整理されて見えるようになったのだろうと思われます。
中期型の個体で、見たことのない派手なカラーリングから幼児専用車と思うも、
後部に非常扉が認められなく違いましたが、何の送迎車だったのか気になる派手さです。
バンパーが無くなった姿は、大口を開けたジンベエザメのようでした。

トヨタライトバス

トヨタライトバス(RK171B)
長野県上田地域にて
2013年11月撮影

もう1台は、3度目の訪問となった後期型のライトバスです。
オリジナルのカラーを失う再塗装のかいあってか、
まだまだ元気に物置として活躍しているご様子で安心をしました。

コメント:管理人

2013霜月の長野より(16)~ハイルーフ!ハイルーフ!!

シビリアンハイルーフ
シビリアンハイルーフ

日産自動車
ニッサン・シビリアンハイルーフデラックス仕様車(C340系)

長野県上田地域にて
2013年11月撮影

目的の方向へと国道~県道とメインルートで行くのも何だなと、
住宅街の背後からニョロリと伸びていた山越えルートを見つけ、
ナビを頼りに家と家の間のわかりづらいところを入っていって上って行くと、
色んな物に埋もれたハイルーフなシビリアンが見えてきました。
住宅街を抜けている時に「これは期待薄だな。」とポツリと感じていたのが、
草ヒロの神さまに届いたのでしょうか?
発見個体数がめっきり少ないハイルーフ車でしたが、
お顔は斜面を向いていて周りはゴチャゴチャな不完全燃焼状態でした。
なので、過去探からフロントの写真を蔵出しします。

シビリアンハイルーフ

日産自動車
ニッサン・シビリアンハイルーフデラックス仕様車(C340系)

神奈川県相模川流域にて
2006年7月撮影

シビリアンのハイルーフ登場は昭和54年頃?と正確な日時は分かりませんが、
登場時のリーフレットには、+300mmのゆとりを乗せて待望のハイルーフ、いま新登場!!
とあり、ハイルーフの登場がコースターより出遅れたお待たせ感がにじみ出ていました。

シビリアンハイルーフ2台

紹介した2台を見比べると、ハイルーフ部分最後部のラインの塗りが異なり、
オレンジのラインが平行に伸びきっているのと、太い方が上向きにはねている違いがあり、
カタログから前者が古いモデルであろうと思われます。

コメント:管理人

2013霜月の長野より(15)~いいニッサン再び

ニッサン・シビリアン
ニッサン・シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアン(GHC240)

長野県長野地域にて
2013年11月撮影

ニッサン・シビリアン
ニッサン・シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアン(GHC240)

長野県上田地域にて
2013年11月撮影

11月23日~いいニッサンの日~の記事を出してから数日で、
ノミネートしました2個体の近所を通りかかったので、撤去を恐れずアタックをしました。
結果は写真の通り相変わらずのベストコンディションぷりを堪能してきました。
グリルからニョキリと出揃った木々が緑のヒゲを蓄えている姿を見られたことで、
現存を確認できたのに増して嬉しい収穫でありました。

ご新規さんを開拓しつつも、お気にの近所と気がつけばフラフラ見に行ってしまい、
最近の管理人の草ヒロとのお付き合いは、ご新規3に再撮影7くらいになりつつあります。
本来ならご新規率をもっと上げられるところですが、実際に現地に行くとお気にの個体ほど
ノンビリと眺めてしまい、それを数台回ればそれで1時間くらい平気で経ってしまいます。

コメント:管理人

11月23日~いいニッサンの日~

ニッサン

2013年のいいニッサン・・・。
ダットサン絡みでは、グッとくるものあるも紹介ずみですので、
紹介できていないものでニッサンという冠に絞って見てみると・・・。
セドリックやローレルといった乗用車にちっとも当たりのない1年でした。

ニッサン・シビリアン
ニッサン・シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアン(GHC240)

長野県上田地域にて
2013年2月撮影

再撮影個体ながら、探検隊の知るシビリアンの中でもピカイチの長野コンディション車。
側面中程の白と青の鉄板の継ぎ目に沿ってじんわーりとサビが浮いていて、
最終的には鉄板がベロリ捲れて落ちてしまいかねない、
2代目エコーとシビリアンの致命傷となるサビが気にかかりますが、
現役倉庫車のC240系で欠品がほとんど見られない極上車です。

ニッサン・シビリアン
ニッサン・シビリアン
ニッサン・シビリアン
ニッサン・シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアン(GHC240)

長野県長野地域にて
2013年1月撮影

ところどころ欠品のあるシビリアンですが、
カタログカラーの見慣れたブルーではなくレッドというところがポイント高いです。
Nissanマークが誇らしげなグリルからは木が天に向かって顔を出し、
グリルを押しのけて乱暴に出てくるでもなく、奇妙な共生をしています。
ストリートビューで見ることのできる春の姿は、
緑のフサフサなヒゲ?を湛えたいいお顔をしています。

ちなみに2台共に根強い支持層を持つシングルタイヤ車でした。

コメント:管理人

一部で強烈なパワーアップ

トヨペットの目印~その1

何の変哲もないハイゼット55ワイドです。
とある個体への目印として大変分かりやすい唯一の草ヒロでございまして、
長野に着いてみたら記録を書き込んだ地図の類を全く持っておらず、
現地の風景と目印を頼りに4年ぶりの再訪問を試みてみました。

クマ出没注意

クマの立て看板~2009年ヴァージョン

クマ出没

時を経てパワーアップを果たした看板~2013年ヴァージョン

とある個体への鍵となる決定的な目印の立て看板が、
4年の歳月を経てなお同じ場所でクマへの警戒を呼びかけていました。
看板が『クマ出没注意』から、『クマ出没』との断定にパワーアップしていて度肝を抜かれ。
付近には張り紙に「朝と夕方はクマが活動します!」とありました。
訪問時は昼過でしたが時は冬眠前のデリケートな頃でしたが、
目の前のまだ残っていてくれると推定される個体の誘惑には勝てず、
こんなこともあろうかとシーズンに入る前に買い求めていました鈴を、
ジャラジャラと鳴らしながら看板の奥へと進んでいきました。

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プロフィール

草ヒロ探検隊

Author:草ヒロ探検隊
  
  鈴木B360(左)
   草ヒロ趣味歴20年以上
   運転担当/草ヒロ鑑定

  管理人(右)
   草ヒロ趣味歴10年以上
   助手席でナビ担当
   写真撮影・ブログ管理人

  本部:神奈川県M半島中部
  探検隊設立:2006年3月
  ブログ開設 :2007年6月1日

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