奥の細道を行く(0)

クラウン
クラウン

トヨタ自動車
クラウンセダン2000スーパーデラックス(E-GS130)

2014年4月撮影

このクラウンに、何も知らずに遭遇していたら、いったいどんなオーナー像を想像したことでしょう。

130系クラウンが畑でガッツリと物置になっていることに、まずは度肝を抜かれます。
車体を見回して見つけた、MOONEYES、ノスヒロのステッカーから自動車趣味のある人と想像ができ、

クラウン

グレード違いのスタンダード顔となっているとこに、ひとクセもふたクセもありそうな雰囲気が出て、
極みとばかりにグレードエンブレムの横に1960年代のトヨグライドのエンブレムがあれば、
これはもう、筋金入りの趣味人だということは疑いようがなく、旧車狂なのでは!と思うところです。

と、まあ茶番のような前置きをしましたが、このクラウンのオーナーは、
今回の羽前の国取材を段取りしてくださった、羽前の国の旧車狂さんになります。
1日目の夕暮れ時に数々の草ヒロを巡りつつ、『自前の草ヒロ』を紹介していただきました。

筋金入りの旧車狂をもってしても、自分の畑だからとはいえ簡単に廃車を置けた訳ではなく、
家族から出された条件に従って今のクラウンの草ヒロ姿があります。
条件その1は、物置として使う以外に目的なく置くのはダメということで、
この連載で後に出ます廃車を、飾るため引き込もうと話をしたところ、拒絶をされたとのことです。
もうひとつはこの先の話で、ガラスが破れて物置として使えなくなれば解体屋に託すというもので、
アクシデントに見舞われて破れ、補修などがされているものを目にすることがあるので、
安全運行に努めたとしても何が起こるかはわからず、油断のできないところであります。

そんなシビアな条件のもとで物置生活を送るクラウンは、
平成18年12月に廃車されてから数えて7年と4ヶ月の物置歴であり、

クラウン

フロントガラスにマニアックにならぶ新旧の検査標章ステッカーでは19年2月までのところを、
雪シーズンを迎える前に19万キロ余りの力走にピリオドを打ちました。

クラウン

なお引退後は、使える部品は他の車に提供をしていてエンジンルームには隙間が覗き、
7年を経てタイヤを地面に埋める貫禄のある姿となるに加えて、

クラウン

車内は満載荷物の影でネズミが暴れ回り、座席シートがズタボロになっています。

羽前の国の旧車狂さんの元では、平成11年3月の購入から13万キロあまり走らせたそうで、
登録証明書でオーナーを前へと辿って行くと、最初のオーナーは(宮内庁)車馬科との由で、
新車当時に働いていたときには、羽前の国で物置となり愛用されたり、
よもやネズミが車内を走り回ろうとは思いもしなかったことでしょう。

コメント:管理人

コメント

ゆきりんこさま

 同じ山形の方?

 初めてこの車を購入したのは25歳の時でした。無い金を絞り出して無理して買いました。廃車するまでピカピカにして乗りました。

 廃車記念ドライブの時はボデーコーティングをビシッとして行きましたし、車内も何時も以上念入りに掃除しました。あと少しで廃車とは思えない姿でしたね。

私もこの草ヒロ知ってますよ!自前草ヒロ(笑)オーナーさんの若かれし頃の思い出が詰まっていて、捨てられないそうです。奥さんには怒られるみたいですが(笑)

>魔洲魅丸さん

部品の入手の難しさについては、先日もコメントされていましたが、年式的に製造メーカーには頼りきれないものがあり、そうなると業者をあたるか個人を頼るようになれば、簡単にとは行かなくなるのですね。


>羽前の国の旧車狂さん

記事にまとめきれなかったエピソードまで、オーナー自らでどんどん書き込んでくださってありがとうございます。

>ナトリフミノリさん

愛車の廃車後の余生について火をつけてしまったようですね。

昨年、管理人も免許取得からの付き合いであった愛車を手放し、しばらくディーラーの片隅に置かれていたという話ですが、見ると色々と思い出すこともあるので見に行くこともなくいましたら、いつ間にか輸送されていました。
今は最後の姿を見る機会を逸したのではとも思っています。

 成程、私の感覚で書けば今愛用中の1963年式トヨペットクラウンデラックスと同じ感覚ですね。

 学生時代はあくまでこのブログのイベントにあるクラウンDXに何としても乗るでしたから、全然130系クラウンは興味が有りませんでした。

 逆に山形県で当時中型タクシーで珍しいクラウン採用のタクシー会社が当家の親戚で、そこからYS130の平成元年モデルが放出されると云うからそれを入手しようとしたらお袋と、祖母に怒られ、ライトバンのGS136Ⅴを新車でと考え、注文しようとしたら、3か月待ちとの事で、止む無く写真の車となりました。

 実は長く平成元年式のクラウンを所有としたのはこのタクシーに未練があった上、義弟に「余り兄さんは目立ちたがり屋だから、自制して」と云われ覆面を被って居たのです。

 ナトリさんの今の愛用のカリブの後釜の感覚がこの写真のクラウンです。

 でも付き合っていくうちに良い車となりました。それで8年近く乗りました。

 私のGS130は10万キロ越して少してから白煙は吐きませんでしたが、オイル喰いが目立ち、色々対策しましたが改善はしませんでした(。ヘッドカバーに貼ってある添加剤で多少は寿命が延び、そこから9万キロ走りました)更に追い打ちをかけてATがイカれ、ハンドルがふら付く「クラウン病」になり、廃車となりました。

羽前の国の旧車狂様、レスありがとうございます。私の年齢ですが、すみません一年間違えてました。正式には私は昭和49年8月16日生まれです。幼少の頃のお気に入りの車は230セドリックのタクシーでした。

 一番最初に乗られたB310サニーとの別れ、想像するだけでも寂しさが伝わってきます。
 私のAE95Gカリブも一番最初に乗った車でした。平成5年7月、18歳だった私は免許を取りました。当時学生だった私に親が車を買ってくれるというので私は当時から今まで一番好きな車、(AE95G前期型)「カリブがいい。」と言い、中古でしたが3年落ちの極上のカリブ(118万円)を買ってもらいました。親にはいくら感謝しても足りません。
 買ってもらった時、うれしくてうれしくて、運転するよりも、ドアを開けたり窓を開けたり、ボンネットを開けたり、説明書を読みふけったり、荷台に寝転がったりして遊びました。そして用もないのにカリブと一緒に居ることも多かったです。一緒に居るのがうれしかったんです。エンジンが壊れてうごかなくなってからも一緒に居ることは多かったです。それだけ大好きな車です。「松本58ぬ○○-○○のカリブ」今でも大好きです。ちなみに、今乗っている新しい車はそんなに好きではありません。ただの足にしか思えません。
 さて、このカリブの夢ですが、残念ながら夢にはあまり出てきません。歌にも「夢でもし会えたらー、すてきなこーとねー」という歌があるので夢で会いたいのですが、夢の中ではなぜか会えません。なので私は眠る直前、カリブのことを空想します。
 廃車になったはずの自家用車AE95Gカリブは私の空想の世界にあります。空想の世界で車検も取得してあり、足にも旅行にも使えます。このカリブで西友に買い物に行ったり、山にバスの廃車体を探しに行ったり、フルタイム4WDのパワーを試すべく耕作放棄の畑の中を爆走したり、国道601号バイパスでクジラクラウンのタクシーと競争したり、線路際の道で蒸気機関車と競争したり・・・。そんな空想をしています。
 カリブの思い出を思い出せて良かったです。
羽前の国の旧車狂さま、ありがとうございました。

ナトリフミノリさま

 時間が出来たので必死になってカリブの記事を探しました。漸く発見し、そういえば以前代車で3日乗った記憶有る車だと思い出しました。

 先ずお年がビックリしました。私は昭和48年生まれですが、50年8月と知り、ええ!丁度旧車好きになった頃です。

 それと、私が一番初めに乗ったお袋から譲り受けたサニーB310ですがこれは平成20年3月に朽ちすぎて当時元気だった祖母が業者を手配したので、「堆肥の山から掘り起こせば持って行ってくれる。」と云うので止む無く処分に応じ掘り返して手放しました。無論お袋も処分してほしいと云うので。・・・・・

 でも思いである車の処分は辛いですね。私はサニーの前に親父が新車購入したカローラを親父に畑に置いて良いか聞くとお袋が良いと云うなら。でしたから聞くと絶対嫌だでした。昭和56年11月28日に手放しましたが、平成16年までは何かと夢を見ました。ナトリさんも夢を見ませんか?

 お袋は今63歳ですが、クラウンも物置として使えないなら処分する様煩いです。

現役当時、の話ですが、修理で使う部品は基本中古か社外部品でした。この点は宮内庁時代とは違うでしょうね。

1キロ走る辺り23円で済む計算で走った筈です。一度事故を起こして支柱が立てかけてあるフェンダーをタクシーの中古と交換し、そのままで良いと工場に話すが、板金塗装担当のオヤジさんがサービスで塗り替えてくれました。(その分の塗装代は払えないと云うとサービスと云いました)大きな事故の割に安かったです。

今日ふと思い出しました。まさに、宮内庁の異質な世界、タクシー業者も驚くケチなランニングコスト計算で走らせるこれまた異質な世界、そして想定外の草ヒロですからこのクラウンは大変な車生だったでしょう。

 ナトリフミノリさま

 このクラウンは自分の給与で初めて購入した車なのです。北は札幌、南は三重まで走らせました。一番走ったのは平成13年前後の様に記憶しています。

 廃車が置けないのは理由があり、繁華街になった事と現在土地を他人に一部貸して居ますから、草ヒロに理解を示せる借主さんが居ないので、止む得ません。

 無論当家女子会だって嫌がりますので。まぁ恐らく我がクラウンは窓が閉まった60年代廃車と比べる恐らく格段に私の車の方が良くない気がしますね。

 それと実は私の車ノスヒロの90S特集に頑張って応募していました。無論新車に近い美しさの頃です。然し落選が続き、そのうち車も不調になり廃車となりました。

私も廃車を保管しておきたかったです

廃車体をこうして保管しているとは
羽前の国の旧車狂さんすごいですね。

ただ、
>家族から出された条件に従って今のクラウンの草ヒロ姿があります。
条件その1は、物置として使う以外に目的なく置くのはダメということで、
この連載で後に出ます廃車を、飾るため引き込もうと話をしたところ、拒絶をされたとのことです。
もうひとつはこの先の話で、ガラスが破れて物置として使えなくなれば解体屋に託す

上記の文、とても悲しくなりました。
なぜなら私も「自分が乗っていたエンジン破損の不動車」
(平成2年式AE95Gスプリンターカリブ前期型)を
永久静態保存しておきたかったのですが、
そのカリブを置いてあった場所は月極駐車場。しかもそのカリブとさよならした当時、私は仕事をしていなかったのでお金が無い!
不動車を月極駐車場に置いておくことは、
月極駐車場の持ち主も草も刈ることもできないし、迷惑になる(わたしの母親談)とのこと。
早い話、このカリブの保管場所が無いため、このカリブとさよならすることに決めました。
別れたくなかったのに自分で廃車業者を手配して・・・せつなかったですよ。それでもせめて、このカリブのパーツを他車に移植して有効利用してくれそうな廃車業者を捜しました。(このカリブのパーツは、オーストラリアや中近東で有効利用されているようです)さよならの日、そのカリブが廃車業者さんの車載車に載ってさよならした時の画像が数年前の
叢荘8148号室さんのBBSにありますが、なんとかその画像をとった後、本当に泣きました。18年近くにいてくれた大好きな車ですから、カリブには申し訳ない気持ちです。

羽前の国の旧車狂さん、末永くこのクラウンを
大事にしてあげてください。応援します。

長文失礼しました。

早速のUP有難うございました。

 宮内庁とは証明書にはなくて、初めは「騙された!」と思いましたが公用車マニアより間違いないのハンを頂きました。

 デーラーを経由しどうもヤーさんと思われる名義も有り、ヘンな知らないデーラーの名前が有って、私となりました。

 中々車馬科は見ると思い出しますが3日以内に忘れます。それに知らないデーラーが出たので友人に抗議しようとしたが、その時は既に時遅く中古屋自体無くなって居ました。

行く末

アチキの王冠も型式は「GS131」ですが、年式は平成2年の「平べったい」型のスーパーサルーンでして、手入れして居ても「部品」の入手が困難を痛感しています この王冠さんもラジエーターやファンが無いのを見ると、部品取りされた様ですね
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Author:草ヒロ探検隊
  
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  本部:神奈川県M半島中部
  探検隊設立:2006年3月
  ブログ開設 :2007年6月1日

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