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鉄道ウィーク~草ヒロの合間の「鉄」たち(6)

準急用気動車のキハ55(旧キハ44800)で車体の軽量化と大型化に目処がつき、
キハ10系で増備が続けられていた一般形気動車に開発投入されたのがキハ20系です。
昭和32年から昭和41年にかけて、暖地向け、寒地向け、郵便車など1,126両が製造され、
全国の国鉄ローカル線で活躍をしたのに加え、同型車が中小私鉄各社にも導入されました。
昭和50年代半ばから廃車が本格化して数を急速に減らし、
活躍路線の廃線とともに保存車の道を歩み姿を留めたものなどや、
私鉄に譲渡された一部が今現在も残り走り続けているのと、
2エンジン搭載車の勾配線区向けのキハ52を除いて平成の初頭には姿を消します。
キハ52は21世紀になっても走り続けていましたが、今ではJR線上からは引退をしてしまい、
いすみ鉄道のキハ52 125と、アジアの国々に無償譲渡された以外は保存車を残すのみです。

本日は、キハ20系の保存車7両と、現役時代からおまけ2両の合計9両をお送りします。

キハ202

日本国有鉄道
キハ20 274

昭和34年度本予算車/昭和35年2月東急車輛製造/昭和59年7月廃車・鹿島臨海鉄道へ譲渡
鹿島臨海鉄道
2003
→茨城交通へ譲渡
茨城交通
キハ202
→廃車となるも現存
ひたちなか海浜鉄道那珂湊駅にて
2008年6月2日撮影

キハ203

日本国有鉄道
キハ20 429

昭和36年度本予算車/昭和36年12月日本車輌製造/昭和59年7月廃車・鹿島臨海鉄道へ譲渡
鹿島臨海鉄道
2001
→茨城交通へ譲渡
茨城交通
キハ203
→廃車となるも現存
ひたちなか海浜鉄道那珂湊駅にて
2008年6月2日撮影

国鉄から鹿島臨海鉄道へ譲渡される際にお顔の整形手術を受けて、
オデコからヘッドライトが移設されたためにデコッパチになってしまい、
年増なのに無理をして若者向けなヘッドライトとテールライトを埋め込んで、
異様な感じになってしまったキハ20です。
国鉄から鹿島臨海と渡り歩き茨城交通へやってきた働き者でしたが、
ワンマン化改造を受けずに廃車となり、部品取り車として残されていた風でした。
最近になってキハ203がタラコ色に塗り直されイベントに活用されています。

キハ204

日本国有鉄道
キハ20 243

昭和33年度第2次債務車/昭和34年4月東急車輛製造/昭和59年7月廃車・鹿島臨海鉄道へ譲渡
鹿島臨海鉄道
2004
→茨城交通へ譲渡
茨城交通
キハ204
→廃車となるも現存
ひたちなか海浜鉄道那珂湊駅にて
2008年6月2日撮影

上の2両と同じく、国鉄~鹿島臨海鉄道を渡り歩いてきた1両で、
背後に同年代の現役車両と並ぶ中のサビ浮く廃車体でした。
現役車両の朱色とクリーム色の車両が国鉄~水島臨海鉄道と渡り歩いてやってきたキハ205、
その右隣りの青とクリーム色なのが羽幌炭砿鉄道からやってきたキハ222、
その右の廃車体と同じ色なのが留萌鉄道からやってきたキハ2005と、
バラエティ豊かなメンツの中では、デコッパチなのが玉に瑕です。

キハ20 247

日本国有鉄道→東日本旅客鉄道
キハ20 247

昭和33年度第2次債務車/昭和34年5月東急車輛製造/昭和63年6月廃車
真岡鐵道真岡駅にて
2006年6月25日撮影

SL形のユニークな駅舎の真岡駅の側線に、
倉庫として置かれていた足回り付きのキハ20です。
車号などの表記が消えてホロ枠までタラコ色なので再塗装したのでしょうが、
塗りムラやはみ出しも見られない丁寧な塗装っだったので、
その気合で車号も書いてあげて下さい!と思ってしまいます。
東急車輛のプレートが見えなかったら、誰さんなのか全く分かりませんでした。


キハ20 443

日本国有鉄道
キハ20 443

昭和36年度本予算車/昭和37年1月日本車輌製造/昭和62年2月廃車
天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅にて
2011年6月25日撮影

新製配置から廃車になるまで遠江二俣機関区から動くこと無く、
二俣線の転換ひと月前に廃車となり、天竜二俣駅構内に置かれました。
かつては隣の20系の他にも、キロ80やクハ111の運転台カットモデルも並んでいて、
クハ111は見てみたいなぁと思っていましたが、訪問時にはこの2両のみになっていました。
NPOによって近年に整備がされて維持管理されているため綺麗な姿を取り戻しており、
特に足回りは走行も可能なのでは?と思うほどに現役感が漂います。

キハ22

日本国有鉄道
キハ22 238
(写真手前)
昭和39年度早期債務車/昭和40年3月富士重工業製造/昭和62年2月廃車
キハ22 221(写真奥)
昭和38年度本予算車/昭和38年12月富士重工業製造/昭和62年2月廃車
北海道帯広市旧広尾線旧幸福駅にて
2012年8月25日撮影

「愛国から幸福へ」で空前のブームとなるも、
赤字ローカル線を養っていくのは難しく国鉄最末期に廃止となった広尾線。
幸福駅跡周辺は駅舎も線路も残されて交通公園となり2両のキハ22が残されました。
今まで紹介してきたキハ20が暖地向けな一方で、このキハ22は酷寒地向けとなっており、
車端にデッキを設け、窓は二重に、床には木の板を敷いて保温効果を高めています。
とかち帯広空港から程近いということもあり、この訪問時の観光は幸福駅からスタートしましたが、
キハ22と幸福駅の姿に感動を覚えたのも束の間、駅神の萌えキャラがふたりも居てびっくらこいて、
さらに最近の報道で駅舎を建て直すというのを知ってもう一度びっくらこきました。

キハ52 115

キハ52 115
大糸線南小谷駅にて
2005年1月15日撮影

キハ52 116

キハ52 125
大糸線南小谷駅にて
2005年1月15日撮影

おまけは、ちょいと昔の現役時代を写した2両です。
大糸線に最後まで残った3両のキハ52は幸運にも解体されずに全てが残り、
キハ52 115は津山の扇形機関庫に保存され、
キハ52 125はいすみ鉄道に引き取られて現役で走っています。
キハ52 156のまだ構想段階で陽の目を見ずに保管されています。
キハ52目当てで夜行日帰りの強行軍で出かけたりしましたが、
いすみ鉄道での活躍はまだ体感できていないので、
小湊鉄道のキハ200(キハ20とほぼ同設計。冷房用サブエンジンにトヨタ2Jを搭載(笑))を
乗り継いで乗りに行ってみたいものです。

コメント:管理人

今日の記事が思いのほか大きくなって時間を食ってしまい、
申し訳ありませんがコメントへ返信をする時間と、
明日の記事を作る時間が無くなってしまいました。
15日(水)に挽回しますので、それまでお待ちください。

草ヒロ探検隊 管理人

コメント

>ルージュバレルンガさん

エンジンがまだ生きている保存車とは珍しいです。
動かすには越えるハードルが多すぎ、天竜浜名湖鉄道なり、鉄道会社が動かないと難しいのでしょうが、構内の短距離でも良いから動いてくれないかなと思ってしまいました。

キハ20系の現役がいつまでかはわかりませんが、いちファンとして乗りに行って応援しようと思っています。

キハ20 443

管理人様

天竜二俣駅のキハ20 443は
エンジンのみ稼働状態になっております。
静態保存車としては、唯一の例外とも
言えます。

キハ20系の稼働車両は、
現在ひたちなか海浜鉄道と
岡山県の水島臨海鉄道に残るだけと
なりました。

あと何年稼働しているでしょうか・・・

>ひたちなか海浜鉄道 吉田さん

まさか、社長からコメントを頂くとは思ってもいませんでした。

まだ居るというのは知っていたのですが、それをはっきりと書いておらず失礼しました。


>羽前の国の旧車狂さん

大糸線のキハ52でしか体感したことがありませんが、力強く重みのあるエンジン音は最高でした。
特にトンネルで反響する音は格別です。

アルカディアの事故は、長時間のアイドリングも原因でしたが、対策の取り方はなんとも鉄道会社らしいなと感じます。

こちらともなると懐かしいが自然と口に出ます。20年以上前に乗った記憶有る車両たちです。特にキハ22は懐かしいですね。

 キハ22の晩年頃ですがキハ28の2両体制にそれを連結して運行しますがDMH17のサウンドとキハ28が搭載したコマツディーゼルのエンジンサウンドの違いが良く判りました。私はDMH17が良い音です。

 JR東日本では昭和63年にアルカディア火災事故が発生し古いDMH17エンジンが火災原因とされ、暫く使う予定の車両を小松、新潟鐵工、カミンズディーゼルのどれかのエンジンに載せ替え、平成4年までにはDMH17エンジンを営業路線から一掃しました。

 キハ22に関しては全車平成4年5月1日までに営業路線から全て離脱しています。

まだいます

よろしくお願いします。
(吉田)
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プロフィール

草ヒロ探検隊

Author:草ヒロ探検隊
  
  鈴木B360(左)
   草ヒロ趣味歴20年以上
   運転担当/草ヒロ鑑定

  管理人(右)
   草ヒロ趣味歴10年以上
   助手席でナビ担当
   写真撮影・ブログ管理人

  本部:神奈川県M半島中部
  探検隊設立:2006年3月
  ブログ開設 :2007年6月1日

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