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鉄道ウィーク~草ヒロの合間の「鉄」たち(1)

鈴木B360より「1週間鉄道をやりなさい。」とオーダーをもらったので、
草ヒロ探検隊に突然降って湧いて出てくる恒例の鉄道ネタがスタートです。

2007年の夏に浜松から伊那谷南部まで山中を縦断した時に、
中部天竜駅に隣接して開設されていた佐久間レールパークに到着したのは午前8時。
オープンまで時間を潰して見学をするには、伊那谷への道中を考えてキツイところがあり、
「また来ればいいさ!」と先へ進んだのですが、2009年にリニア・鉄道館に役目を譲るため
佐久間レールパークは閉園してしまったので、今思えば惜しい事をしました。

クハ111

日本国有鉄道
クハ111-1

2007年7月29日撮影

昭和37年から57年にかけて2943両が製造された111・113系列。
ざっくりとトヨタのクラウンで例えると、2代目から6代目まで長い年月を
ほぼ2代目の形のままMCを繰り返しながら製造されたという具合です。

訪問当時、佐久間レールパークに野外展示されていたのは、
昭和36年度第2次債務車で日本車両で落成したトップナンバーであるクハ111-1で、
昭和37年に東海道本線の東京口で運用を開始し、後に静岡へ転じて動かず、
昭和62年にJRに継承されることなく廃車となるも解体を免れ佐久間へとやってきました。
佐久間レールパーク閉館後の現在は、名古屋のリニア・鉄道館で屋内展示されています。

横須賀線の1000番や1500番代に乗って育ったもので、
デカ目でグロベンでオマケに非冷房という姿を眼にする機会は全くありませんでした。
なので写真でしか満足に見たことがなかった姿を拝見したのは、この時が初めてでした。
ちなみに、このデカ目を鈴木B360に見せると気持ち悪いとの感想が出てくるのですが、
シールドビームを見飽きていた管理人的にはグッド!なお顔でした。

コメント:管理人

コメント

>羽前の国の旧車狂さん

この顔の電車が全国の国鉄を走り回っていましたが、気がつけば博物館行きの文化遺産?に・・・。

ボックス席にちんまり収まっていたJNRマークの灰皿に、本当の網の網棚。
遠く遠くなってしまったもので、今では灰皿はもちろんありませんし、網棚は網状にすらなっていません。
今ではタバコは法律やら条例で追いやられていますが、吸うヒトのマナーやモラルに任されている部分が多く、いつの時代でもいろんなヒトが居るものだと感じるエピソードです。

 この顔と云うとどうしても私は急行型のクハ451や455を連想します。

 451は昭和37年に登場し、455は昭和40年に登場します。他にも453や457等もあいこちらは交流電流グループで直流電流グループでは165系があります。

 455系ではクモハ455-1が現さいたまの在鉄道博物館にあります。あの車両に高校時代に何度も乗りましたが、当時は喫煙車両で煙草が嫌いなので今は解体されたモハ454-1に乗ったものです。

 私も高校時代は血気盛んで、モハ454-1の車内でオミズ系の女3人が喫煙しており注意しに行きました。彼女らも「うるせぇ餓鬼」として見て居たのか目つき悪い目でにらみ無視したので私もでかい声で「ここは喫煙車両では有りません、隣の喫煙車両で喫煙してください!」と怒鳴り、車内はシーンとなりそれでも喫煙するので車掌を呼んだら、煙草を床に投げつけ逃げる様に去って行きました。

 若かったナァ、その後追いかけて吸殻を拾わせましたしね。私は文字通り網棚が麻糸の網棚の車両が好きで(昭和40年製造まではそのタイプ)こういう無礼を許せず、追いかけたのです。当時は柔道をしていたので彼氏(まぁチンピラ)が居ても柔道で投げ飛ばす自身があったのです。

 それに私は親父が早く亡くなりまして、国鉄マンであった祖父が育ててくれましたので祖父が在籍中の車両には思い入れがあります。これ等が有ったのでクラウンを維持できたし、今住んでいるウサギ小屋も建てられたので。
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プロフィール

草ヒロ探検隊

Author:草ヒロ探検隊
  
  鈴木B360(左)
   草ヒロ趣味歴20年以上
   運転担当/草ヒロ鑑定

  管理人(右)
   草ヒロ趣味歴10年以上
   助手席でナビ担当
   写真撮影・ブログ管理人

  本部:神奈川県M半島中部
  探検隊設立:2006年3月
  ブログ開設 :2007年6月1日

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