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恒例の塩尻探索プラス2012(27)

パブリカ700バン
パブリカ700バン
パブリカ700バン

トヨタ自動車工業
パブリカバン(UP16V)

長野県松本盆地にて
2012年3月撮影

谷の上の方から探索をしながら段々と平坦地へと下りてきて民家が立ち並びはじめ、
そろそろ打ち止めですかねぇ?と流していたら、赤いサビボデーのお尻が飛び込んできました。
すぐにパブリカバンだという事は分かったのですが、問題はお顔でした。
MC後の800か蜂の巣グリルの700なのかで、嬉しさが100%から120%まで増すので、
テンション高めにお顔を拝見しに行くと、嬉しさ100%超えの700でございました。

昭和30年に打ち出された国民車構想は高い理想ゆえに実現は難しかったものの、
掲げられた理想はパブリカの開発にも十分参考とするところがあり、
昭和36年6月に、パブリカは理想に近い性能をもって発売されました。

パブリカ UP10
■定員4名(4名)
■排気量697cc(350~500cc)
■最高速度110km(100km以上)
■燃費24km(30km以上)
■販売価格38.9万円(25万円以下)
(カッコ内)が国民車構想の値。

乗用モデルの登場から1年後の昭和37年6月、
4人乗車か2人乗車で後部座席を畳めば荷物を300キロ積載できる
貨客両用車としてパブリカバンが発売されます。
車格のゆとりのみで、定員や積載量は軽貨物車と変わるところがなく、
軽貨物車がデラックスモデルを相次いで投入し始めると、
性能は満ち足りていても、所有する歓びからは遠い簡素さは否めなくなり、
昭和38年には乗用モデルにデラックスが追加され、後にバンにも追加され、
昭和41年4月に内外装ともに改められた800ccモデルへとMCされます。

このぶどう棚の下に居たパブリカさんは、
モールもなければサイドマーカーもないスタンダードなモデルであったのですが、
ラジオを追加してフォグランプも付け、
何よりもカラーリングがコンバーチブルを思い起こす赤であったのが、
およそスタンダードとは思えないような派手さを演出していました。

コメント:管理人

コメント

>魔洲魅丸さん

じっと動かずに、こちらを伺っているかのように突き出た両方のお目目が佇むカエルに見えます。


>羽前の国の旧車狂さん

余りにも見事なサビと赤であったので気にも留めませんでしたが、ナンバー跡に元色が。
赤と白がダメだったという話は頭のスミにありましたが、まさにこのパブリカの年代に解禁になって、洒落っ気のあるオーナーが塗りなおしたというのが合点行きました。

 元はアイボリーだったと思いますよ。

 ナンバーの部分が白系の色と云う事は後年塗り替えたとなります。昭和40年までは赤と白は自家用車には塗ってはいけない色でした。消防車や救急車と同じと云う事からでした。それに風穴を開けたのがホンダの本田宗一郎社長でした。

 パブリカのデラックスはSTDに鍍金モール、青ガラス、ホワイトリボン、生地がビニールより豪華な素材程度でラジオ、ヒーター、時計はデラックスでもOPTでした。それでも当時デラックスはかなり売れ販売戦略の見直しを余儀なくされて居ます。

薬局前の

パプリカのマスクを見てると「ケロヨン」とオーバーラップしています この「サビ色レッド」が一番似てます
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