ニューイヤーミーティング2012を見てきました!
鈴木B360も無事仕事を切り上げられたのでお昼すぎに出発し、 お台場の道が旧車で埋め尽くされる時間までゆっくりと見てきました。 会場などで気になった車を何台か並べてみます。 なお、管理人のデータしかないので、結構な偏りがあることご容赦ください。 ![]() ![]() 日産自動車 ダットサン123トラック 当ブログのリスナーである羽前の国の旧車狂さんからのプッシュだけあって、 遠目からでも「アレだ!」と見つけることができるくらい風格が違いました。 昭和30年登場のダットサン120トラックの昭和32年モデルとのことで、 現在はVOL.58まで刊行されている自動車ガイドブックでいうとVOL.4での掲載車になります。 ![]() ![]() ホープ自動車 ホープスターSM ホープスターといえばジムニーの元となった車というイメージがありますが、 源流は三輪車メーカーで、この車はと言うと昭和35年の軽三輪車ホープスターSMです。 昭和33年登場のSYのキャビン部分を改めたモデルがこのSMで、 昭和36年にはエンジンを換装してSTとなるも販売には苦戦し、 四輪のユニカーNT、ホープスターOT、OV、 そしてジムニーの原型ホープスターONを送りだすも、 ホープ自動車は自動車製造から撤退してしまいます。 ![]() ↑2007年山梨県石和温泉付近での草ヒロ状態の様子。 ![]() ↑2012年お台場にて トヨタ自動車工業 ハイエースコミューター(RH16B) 会場でリアに書いてある宿泊施設名を確認できました。 (しかし、写真には収められていません!) 笛吹川の堤防脇でハイゼットと仲良く並んでいたハイエースコミューターが、 『只今レストア中乞うご期待!』という嬉しい状態で参加して居ました。 お懐かしい姿を拝見することができ大変嬉しゅうございます。 以下、参加車両より大きく話はそれまして・・・ 管理人はここ数年、古本屋を何軒も巡り、馴染みの店では親父に頼み込んで探していた 自動車ガイドブックVOL.21の格安極美品を、今回フリーマーケットで購入できました。 これでVOL.4からVOL.29、まで隙間なく網羅することができ、 何でも集まる旧車イベントの最高峰という認識を一層深めました。 鈴木B360はフリーマーケットに並ぶホイールキャップを眺める方でも満足できた様子で、 コロナRT40のものが気になったものの購入までは踏み切れませんでした。 また愛車のE52に、E20のエンブレムを付けたいと探していましたが、 今回は発見できませんでした。 そして、以下は番外 日本最高峰の旧車のイベントとあって来場者の乗り付けてくる車も面白いものがあり、 会場近隣の駐車場巡りも見所のひとつと言えましょう。 時間の都合から16時頃にザッと見てまわるに留まりましたが、 鈴木B360はローレルスピリットなどハチマルの車に興味を示して撮影をしていましたが、 管理人は『愛』を感じられた車として続きを読むでとある車を紹介します。 究極に番外であります!(注意) |
リヤからの写真
有難う御座います。地元の人間ゆえ判る事ですが昭和32年当時山形市の電話局番は「2-○○○○」で始まる局番ではありませんでした。コレが中古購入の決め手です。(因みに我が家は当時電話は有りません) 使用を中止した昭和54年では「2」から「22」に成り久しいですが桁が増えたのは昭和46年辺りですので直さない所から考えても昭和32年に購入とは云えません。 初代オーナーのお宅は当時は電話を引いたばかりだったみたいでしたが「成生局○○」でした。 ランプ類は当初ダットサン320系の昭和39年以降の物でした。コレは2代目オーナーが改造して取り付けました。又あおりのひし形反射板は2代目オーナーの時代で丸い物は現オーナーの代からです。 配線は全て引きなおしましたが安全を考えオレンジランプの配線はあえて生かして点滅する様改造しています。唯でなくとも見にくいテールなので完全オリジナルでは危険きわまりないので良い改良ですね。 既に気付いているでしょうが、フェンダーのランプはサニーB10の初期型用でしてこれも2代目オーナーが取り付けました。それとフロントのライトの下のランプは220や320用ですが元々は得体の知れない先が尖がったレンズでした。220や320用になりすっきりしましたが得体の知れないランプも2代目オーナーが取りつけました。 私が現オーナーに共感したのは足回りの重要性を非常に理解してくださった事。私の後輩は接骨師ですので脚の重要性は良く講義を受けます。自分のクラウンも基本足回りはこのトラック同様殆ど新品部品ですしトコトンレストアしました。 >古厩さん
大学合格おめでとうございます。 関東だと、ツーリングをするステージが長野とは大きく変わるとおもいますが、何かの機会にご一緒できればと想います。 スバル・ナカジマ仕様は見たことがありませんね。キャラクターのネーミングセンスでは車名の掛け合わせ以上の深さがあってグッドです。 ケロロ軍曹のOA時は欠かさず見ていたので、スバル・ナカジマの中の人は良く存じていますし、鈴木B360の妹さんが仕事でお会いしているので羨ましく感じているところです。 放課後のプレアデスは取り上げておきながら、レンタルしに行かなくとも見れるのに、見ていない体たらくです!! >羽前の国の旧車狂さん 今までの歴史がよくわかるコメントの寄せて頂きありがとうございます。 オーナーに伺うと、足元は徹底的に直したから是非見てくれとのことで覗き込みましたら、年式を思わせない見事な仕上がりでした。 せっかくですからリアからの写真も追加します。 >ゴロムラノゴローさん ホープスターの展示はコレが初めてではないとのことで、毎年うなってしまうラインアップが登場して来年も楽しみです。 >サービスカーさん はじめまして。 リアのお宿の名前を見た瞬間に、早くお顔を見たいと回りこんでしまい、細かく観察しませんでしたが、錆びのまわっていたフロントが白くなっていたくらいで、懐かしい個体に出会え嬉しかったです。 路上復帰は、発見当時に極上と称しただけあって嬉しい限りですが、隣にいたハイゼットが今度は気になってしまいました。 >糸目今日子さん 失血日記での写真から、ほぼ同じ時間に会場に居られたようで、是非お会いしたかったです。 糸目フェスへは、とんぼ返りになるのに加え、格安ツアーが使えず遠征費捻出に失敗したため、残念ながら参加できそうにありません。 糸目もニューイヤー初体験でしたが・・・
このイベントの常連さんは、「クルマよりも、人に会いに来たんだ!」って豪語されていました(汗) 田舎娘としては、会場内外のクルマで終始失禁でした~~~。 コミューターはウチで車検整備や書類作成等してもう路上復帰してますよ。今は埼玉県の某有名ショップでレストア中です。
お久しぶりです。 私も、ニューイヤーミーティングいってきました。写真上の123トラックは、確かエンジン始動も行ってたと思います。意外と静かでした。レストア中のハイエースコミュニター、私も見ましたが、まさか山梨の廃車体だったなんて驚きです。やはり一番うれしかった事は、ホープスターを生で見れたことでしょうか。これもミゼットに敗れた三輪なんでしょうね。そういえば2008年の謀雑誌の同イベントの写真には、このホープスター〔たぶん・・・〕と三菱レオが一緒に並んでいるのを見ましたが、そちらは、どうなんでしょうね? 来年もぜひ行って見たいです。
レストア、経歴調べて
ビックリしました。何と30年以上税金が滞納無しでした。此れにはビックリしました。又同時に2オーナーと判り2度ビックリ。 上司がその昔俺の家にはクランクスタートのダットラがあった。と云うしナンバーを云うとアルバムを引っ張り出してくれそれだとなりました。色は水色ではなく初めは別の色でした。 写真ではサイドウインカーやラジオが付いていますが共に2代目オーナーが取り付けました。電機屋産らしい改良ですね。 上司の話ではヒーターだけかも知れないとおっしゃいラジオ等は無かったと断言されました。 平成12年
2代目オーナーが(当時は知らず初代オーナーと思って居た)亡くなりました。 その頃私は歯科医師を廃業し今の職場に就職していましたがクラウンのレストアで無一文状態で確実にレストアが出来ないとなりました。そこでこの車を面倒見てくれる人を探すべく元々関東地区のマニアに当たって引き受ける人を探すがどれも駄目でした。 一人京都在住のマニアが山形に来まして交渉したそうですが、当時2代目オーナーの奥様が主人が亡くなって間もないので手放したくないでした。イヤイヤ私のお袋や祖母は共に未亡人ですが中々天晴れで夫々の夫の遺品は49日までには全て捨て去りました。 そんな中現オーナーが中々熱心で環境も123トラックにとってベストと判断し平成16年辺りから現オーナーを探し出し、何とか引き取ってくれないか交渉しました。 平成19年8月遂に未亡人が手放す決意をしてH市の業者に引き取られより現オーナーに引き取りをプッシュ。20年に夢が実現しました。私36歳のオッサンになって居ました。 私との出会い
昭和57年私9歳。今の姿からは想像がつかない可愛い子供でした。当時は今みたいに旧車には詳しくは無い物、古い車である事は認識していました。 当時その電機店の隣に山形では1,2の高級ホテルがあり叔母がそこに務めて居たのでレストランで食事となりその時このトラックと出会いました。その後も年に何度か行きましたのでその度見ていました。 平成元年私は高校生になりました。山形市内の高校に入学し週に3度はこのトラックを見に行きまして、柔道部に入部していたので稽古が終わり帰る時ワザワザここに来て「押忍!」と挨拶するのが日課でした。 そのうちノスタルジックヒーローやオールドタイマーが発刊されレストアなる方法を知り「何れレストアして乗りたい」と考え、近くの整備工場の廃車置場に113セダンがありそれを部品取りとしてなんて考えました。 然しレストアが実現しないのはトヨペットクラウンデラックスをレストアする為資金が都合付かなくなり一時定期的に見ていたこのトラックを見なくなりました。 ダットサントラック123について
早速のUPに興奮しました。いいでしょ!この車。ナンバーは山形4ナンバーの本物で現在山形では最も古いナンバーです。 ではこの車の経歴から書きます。 昭和32年7月に登録され最初のオーナーは職場の元上司(65)のお宅の車。当時村で一番最初の4輪トラックでした。上司のお父上が運転しまして一昨年99歳の天寿を全うされました。 昭和43年6月にダットラ521が発売されると上司のお父上は代替しそのナンバーのまま山形市の繁華街の電機店に買われまして、荷台にある文字の「神鋼電機」のお店なので神鋼カラーになりました。此れが昭和43年の話です。当時11年落ちの中古を購入事態凄い話で滅多に無い経歴なのです。 昭和54年3月にお店を閉店し以後30年にわたりガレージにしまわれその後私が猛烈にアタックして現オーナーに後見を依頼しました。 今年から関東地方に住むので、来年は参加したいです。
ホープスター、是非とも一度実車を拝んでみたいところです。 個人的には「スバル・ナカジマ」仕様のスバル車を見てみたいところですw 居そうでいて、案外居ないんですよね。 しかし、「放課後のプレアデス」はクルマは一切関係ないアニメでしたね。 どうせなら、無理矢理にでもクルマを絡めてほしかったところです。 普段、散々スバルを扱き下ろしている人間が意見するべきでは無いような気がしますがw |
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