マイクロバス通史(トヨタ1960年代)

マイクロバス黎明期の1960年代。
トヨタのマイクロバスを支えたのは
共に進化を遂げたトヨペットダイナでした。
資料の関係から紹介のメインは1960年からになります。

1957年(昭和32年)
トヨペット整備によるマイクロバスボディーの架装が行われたとある。
(トヨタテクノクラフトHPより)

1958年(昭和33年)
荒川車体がRK60系ダイナに幼児用バスとしてボディーを製作。
(国立科学博物館産業技術の歴史HPより)

(発祥や経過など諸々略)

1960年(昭和35年)7月
RK95型ダイナが登場し、
これをベースにRK95Bという顔はダイナ
車体には観音開きのドアを備えた
定員12~15人乗りの小型バスが登場。
この型式末尾のBたる所以のボディーを作っていたのが荒川車体でした。

1961年(昭和36年)3月
ダイナがRK150型になりこれに伴いRK150Bとなるが、
ボディーはそのままで推移。

1962年(昭和37年)3月
小型車枠の拡大によりエンジンが
従来のR型1500ccから3R-B型1900ccに改められ、
型式もRK160V-Bとなり、ここで顔付きは
丸目4灯となりトラックとは一線を画したものに。

この年には更に20人乗りの本格的なマイクロバスとして、
トヨペット整備がボディーを担当したトヨペットマイクロバス(型式不詳)が登場。

トヨペットマイクロバス

↑ トヨペットマイクロバス(1962~1963)

1963年(昭和38年)3月
ダイナがフルモデルチェンジを遂げRK170型となり、
これに合わせて荒川車体製・トヨタライトバス(RK170B)が登場。
定員は22~25名とトヨペットマイクロバスより多くなる。
この年の自動車ガイドブックにはトヨペットマイクロバスは
トヨペットRK170とまだ姿があるものの、ライトバスの登場により中継ぎの役目を終える。

トヨタライトバス〔前期〕

↑ トヨタライトバス(前期型・1963~1964・荒川車体)

1964年(昭和39年)3月
ダイナにJ型2400ccディーゼルエンジン搭載車が登場すると
ライトバスディーゼル(JK170B)が加わる。

トヨタライトバス

↑ トヨタライトバスディーゼル(JK170B)

トヨタライトバス〔中期〕

↑ トヨタライトバス(中期型・1965~1966)

1967年頃(昭和42年頃)
自動車ガイドブック1967-1968になると、
エンジンが5R型2000ccになりRK171Bとなる。
J型ディーゼル車も併売。

トヨタライトバス〔後期〕

↑ トヨタライトバス(後期型・1967~1968)


1969年(昭和44年)2月
ダイナがフルモデルチェンジを行い、
マイクロバスはコースターとして新たな時代を迎える。


参考資料
日本のトラックバス1917~1975【トヨタ・日野・プリンス・ダイハツ・くろがね】
自動車ガイドブック1961~1969(1964-1965欠)
トヨタテクノクラフトHP
国立科学博物館産業技術の歴史HP

「完」

イセザキモールの古本店(なぎさ書房)で
良い買い物が出来その勢いで書きなぐりました。
事実誤認などがありましたら、ご指摘いただけると幸いです。

管理人

コメント

>くらがえワンマンカーさん

到達するまでの苦労に見合うご褒美が付いた、今どき珍しいエピソードに、探索心をくすぐられました。
見つけたときの感激が伝わってくるようなコメントで、我が身に置き換えると、そんなように心揺れる出会いは久しく無いとギャフンとしてしまいました。

農園の片隅に置かれたマイクロバスがちらりと見えたのを思い出し、昨日行ってきました。「ちらりと見えた」と言ってもず~っと昔の話でして、行ってもムダと思いながらも現地へ。農園は姿を消し、笹とバラが鬱蒼と茂る原野となってました。件の廃車体は見当たらないものの、確かこの奥だと踏み込むと、そこには崩壊寸前のトヨペットマイクロバスが・・・。今まで発表された車体と違い、行灯やスピーカーが付いていない、丸いオデコの車体でした。本当に痛々しい状態ながらトヨペットのエンブレムが残り、嬉しい発見でした。

>ろくりんさん

ブログの左メニューにあるブログ内検索でトヨペットマイクロバスと検索していただくと、
リアの写真を含めた元記事を参照することができます。

現在、探検隊で確認したのが2台。
過去には鈴木B360が群馬県内で撮影したという個体もあります。
また、別の場所でも確認されているようなので、
まだこれ以上の個体が陽の目を見ることがあるやもしれません。

ちょっと写真拝見してびっくりしました。ライトバス以前に少しだけ作られたトヨペットマイクロが残ってたとは!写真や本では見たことあるんですが実物の現存が残ってたとは!当時の写真では二灯ライトに小さいランプの顔でしたがこれは完全四灯ですね。テールランプはフロントとよく似たイメージの丸型のはずです。フロントは注文主のでこうなったのか?ウインカーは当時の写真と同じですね・これはかなりの大発見だと思います。おそらくこの車がこんないい状態で残ってるのは凝れ一台かも。

>羽前の国の旧車狂さん

状態の良いものを選んだのでグリーンの中期型のみ山梨ですが、
他は全て長野になり、まだ他の個体もあることを考えると、とんでもない数になるなと感じます。
長野だけの話では、日産・トヨタ>三菱>マツダ・日野・いすゞ・プリンス>ダイハツのイメージです。
日産・トヨタは満遍なく分布していて、三菱は70年代からの3代目ローザが多数、
他のマツダ~プリンスは数えられるくらい、ダイハツはライトバスが1台安曇野にあるとかいう話くらいです。

 羽前国では多くが日産でトヨタは少数派ですので此れだけ大量のトヨタはビックリします。

 日産の次に多かったのが何故かプリンス。その次がマツダや三菱が似た数字でした。その下がトヨタなのです。

 幼児バスも私たちが幼児の頃は口裏でも合わせたかのごとくどこもシビリアンでした。
非公開コメント

プロフィール

草ヒロ探検隊

Author:草ヒロ探検隊
  
  鈴木B360(左)
   草ヒロ趣味歴20年以上
   運転担当/草ヒロ鑑定

  管理人(右)
   草ヒロ趣味歴10年以上
   助手席でナビ担当
   写真撮影・ブログ管理人

  本部:神奈川県M半島中部
  探検隊設立:2006年3月
  ブログ開設 :2007年6月1日

月別アーカイブ

ブログ内検索

来訪者数