管理人のなぞり旅(9)

アトラス
アトラス

日産自動車
アトラス

年式:昭和57年登場~61年MC
山梨県にて
2018年4月撮影

果樹園奥の住宅街に、配送途中で止まっているように佇んでいたアトラスが居ました。
引きの写真がちょうど見た景色そのままの距離感で、ちょっと待て!とツッコミを入れて自転車を止めました。
時間は午前9時を少し回ったところ、リアル配送車は荷物を載せて仕事に勤しんでいるなかでも、初代アトラスを営業車で使い続けている事業者は、さすがにいらっしゃらないはず。
望遠で見てみると、事業系ごみの回収作業車でした。
嬉しいことに、パネルだけでなく御頭付きの完全体でしたのでネタになりました。
背後の新しい家と比べると場違いな感じのする昭和のトラックですが、復習に航空写真など眺めたら家が建つ前は駐車場で、アトラスはその頃から端に置かれていたものでした。

コメント:管理人

善光寺平から北へ草ヒロ探訪300km(26)

ダットサン1300トラック
ダットサン1300トラック

日産自動車
ダットサン1300トラック
(520S)
年式:昭和42年MC~43年MC
長野県にて
2017年11月撮影

多くの趣味人によって紹介をされているダットサントラック、ようやく姿を見ることができました。
紹介された草ヒロの構成から、漏らした場所の見当が付いてしまうのは、なんとも悲しいさがです。
訪問時の11月は、草は枯れても雪が積もる前で寝ておらず、視界がやややかましくなっています。
直前に撮影したダットサン1300バンと同じりんご園の立地で、近い年式と立地とあってか、熟成の雰囲気が似ています。

コメント:管理人

春から夏日和の長野にて2018(7)

ファミリアバン
ダットサントラック

ファミリアバンを眺めていると、背後のお山に埋もれる1台を見つけて、全身しばし硬直。
古いトラックが突然降って湧くわけもなく、なんでダットラなんて居るんだろう?というのが、辛うじて考えられたこと。
前回訪問時、ファミリアバンのリアを撮影するために、車から降りて眺めていたはずなのに、どうしてこんなことになっているのか、さっぱり分かりません!

ダットサントラック
ダットサントラック
ダットサントラック

日産自動車
ダットサン1000トラック
(G222)
年式:昭和34年10月MC~35年10月MC
長野県にて
2018年3月撮影

山肌にへばりつくように佇むダットサントラックです。
ほど近くを農道が走っていてアクセスを試みるも到達できず、諦めて望遠で姿を捉えました。
崩れつつある荷台からは木が生えていて、木の太さから想像すると、荷箱に盆栽のように植わっているのではなく、大地から荷箱を突き破っているのだろうと思います。

ダットサントラック

積雪で潰れたのか、右フェンダーがボコりと変形していました。
この潰れ方ではバッチが落ちても不思議でないのに、欠けることなくあります。
おかげでG222型とハッキリわかりました。
600ミリまで寄れるカメラのおかげで近くに見ることができましたが、可能なら近くで拝見したかった1台です。
こんな立地ですから、撤去の心配は無さそうというのが慰めでしょう。

コメント:管理人

気のないワンショット

ファミリアトラック

東洋工業
マツダ・ファミリアトラック
(BSA55/BPA55)
長野県S市にて(未確認なるもおそらく撤去済み)
2006年9月撮影

探検隊初期の探索からのワンショット。
被写体は珍しい初代ファミリアトラックなのですが、これ以外の写真が全くなくスナップ1枚で済まされています。
次の機会にと気の長い判断だったのかもしれませんが、間もなくそんな悠長なこと言ってられない時代になりました。

ファミリアトラック
ファミリアトラック
ファミリアトラック

マツダ・ファミリアトラック

長野県南佐久郡南牧村にて(撤去済み)
2006年12月撮影

3カ月で早くもリベンジの機会を得た探検隊。
などと1ミリも感じていなかった当時、今思えば幸運が続いた探検隊活動の1年目でした。
セダンやライトバンでは800と1000のモデルの違いによりフロントマスクが異なるMCを受けていますが、困ったことにトラックは800の顔のまま1000のエンジンを搭載していて顔に違いがありません。

コメント:管理人

羽前の国ツアー2017(33)

ホーマー
ホーマー
ホーマー

日産自動車
ニッサンプリンス/ニッサン・ホーマー

昭和43年MC~47年MC
山形県にて
2017年4月撮影

トヨエースの前にはホーマーが居ました。
こちらは1台とカウントできる完全な姿でありました。
荷台に積もった枯れ草の量もさるとこながら、全身の劣化した塗装のひび割れが、長く放置されていることを物語っています。

コメント:管理人

羽前の国ツアー2017(32)

トヨエース

スカイラインバンの居たところからさらに山深く入っていき山林しか見えるものが無くなるも、道路が快適に整備されているため突き進んでいると、道路わきの一段高くなったところに、木に囲まれた黄色い車を見つけるとともに、その奥にも何やら怪しい影が…

トヨエース

2灯の2代目トヨエースだって?

トヨエース
トヨエース

トヨタ自動車工業
トヨエース

年式:昭和38年MC~42年MC
山形県にて
2017年4月撮影

せっかくの大物も、低い道路から撮影するには奥に深く、手前の木に遮られて良く見えません。
手前に舗装された林道があったので、横から見えればと歩いていけば大当たり。
ただし本当に横からしか見えません。
左真横から見て、荷台があるべきところには枯れ木と枯れ草が小山を造っているだけで、どうやら頭しかない様子。
チルトするキャブだけが外れてシャーシがないため、ドアにあるPのバッチが示すP型エンジンもありません。
シャーシが無いので自動車的には1台としてカウントはできないのでしょうが、探検隊的には荷箱だけでも成立する廃車体鑑賞としては、顔が拝見できたので満足でございます。

コメント:管理人

300万大都市の片隅より(3)

タイタン
タイタン

東洋工業
タイタン2トン積 高床2ウェイシフト付

年式:昭和55年FMC~59年MC
神奈川県にて
2018年1月撮影

ターミナル駅から歩いて10分ほどの住宅街にポツンといる2代目タイタン。
夏ともなると判別できないまでに草に覆われ尽くしていますが、今は冬のベストシーズン、やっと撮影のタイミングがめぐってきました。
ツタがキャビンだけでなくタイヤから荷台の隅まで全身に這っていて、これが夏には葉に覆われるのですが、今見ると何とも生々しいです。

タイタン

今も緑の葉を湛える荷台の木は2階建てアパートの屋根の高さに届くほどに育ちつつあり、近くを走る電車の車窓からはタイタンをはっきりと見るのは難しくとも木が目印になっています。
このトラックのアオリ板に材木店の名前が記されているのは、運命のどんないたずらでしょうか。
ハチマル(80年代の車)な1台ですが、鈴木B360曰く京Q線沿線では意外にも駅近くほど眠っていることが多いです。

タイタン

アパートを絡めての1枚です。
2012年に公開された邦画のロケ地になりました。
劇中で何度かこのアングルで映るのですが、タイタンもこの姿で登場しており、映画を見た時は美術が頑張って廃車を用意して撮影したくらいに思っていました。
しかし偶然このロケ地を発見した時に、有るとは思っても居なかったタイタンまであったので、演出でも何でもなかったという驚愕の事実を知りました。

コメント:管理人

スタウト1500

スタウト
スタウト1500
スタウト1500

トヨタ自動車工業
トヨペット・スタウト1500
(RK45)
年式:昭和40年MC~42年MC
長野県にて撮影

ライトスタウトでもなく、スタウト1900でもなく、スタウト1500でした。

彩の国から甲斐の国へ(3)

いすゞTDJ72
いすゞTDJ72

いすゞ自動車
いすゞTDJ72
(K-TDJ72)
年式:昭和55年~58年(自動車ガイドブック掲載年)
埼玉県にて
2017年8月撮影

ガレージに保管車として収まるいすゞのボンネットトラック。
ボンネットトラックといえば高度経済成長期にイメージが重なるものですが、こちらの個体はそれよりもずっと後の1980年代に製造された末期のモデルです。
運転席前のサイドにTDJというバッチがあり、これから自動車ガイドブックを見ていくと昭和55年~58年に8トン積みのTDJ72というモデルがありました。この記事では型式先頭に『K』と排ガス規制適合を示すアルファベットを記していますが、『K』というのは(昭和)54年ディーゼル車規制適合を示しています。
同クラスには前モデルにいすゞTD62がありましたが、これは排ガス規制に適合しておらず、適合させるためにMCを施されたのがいすゞTDJ72でした。しかし、さらなる規制適合を求められ昭和59年には直接噴射式ディーゼル車の58年規制に適合したいすゞDVR
へとMCされていきます。
もはや時代ではないとばかりに、自動車ガイドブックの中に1台か2台かろうじて掲載があったようなボンネットトラックですが、求めるユーザーのために規制に適合させてモデルが存続していました。
産業を支える車を送り出すという企業の使命を感じさせられました。

コメント:管理人

いすゞTDJ72
いすゞTDJ72

2006年6月の同個体。場所は現在とは異なり、当時の相方の日野さんはいずこへ行ったのでしょうか。

北の台地への旅(13)

ハイエースクイックデリバリーバン

トヨタ自動車
ハイエース クイックデリバリーバン

群馬県にて
2017年3月撮影

長野県諏訪地域の一角を思わせる高原地帯で見つけた紺色の箱。
写真では修整をしてしまいましたが、紳士ブランドのロゴが描かれていてショップの配送車だったようです。
飛脚や黒い猫で使われていたものではありません。
ハイエースベースのクイックデリバリーバンは、昭和57年に2代目のトラックモデルをベースに登場しました。
その直後にワゴンとバンは3代目になり、トラックとクイックデリバリーバンは2代目に置いてけぼりにされます。
そんな2代目の延長戦モデルも、昭和60年には3代目へとフルモデルチェンジを遂げ、こちらの個体もその時からのモデルになります。
中古車市場で引き合いの多そうなモデルですが、割と早く畑に落ち着いてしまったようです。

コメント:管理人

北の台地への旅(7)

いすゞTW
いすゞTW
いすゞTW

いすゞ自動車
いすゞTW系

群馬県にて
2017年3月撮影

道の両側を木に囲まれた林道のような雰囲気の道を流していると、流れ行く木々の間に廃トラックの姿が見え、パラパラ漫画のような別々の絵を脳が繋ぎ合わせてくれたところ「いすゞTWだ!」となりました。
見つけたまでは良かったものの、木が幾重にも重なった先にあるトラックの全体像を写し込むのは難しく、脳によって再構成されたような絵には到底なり得ません。
いすゞTWが居る場所として林業の現場を連想される方が多いと思いますが、この入口に丸太が並んでいた木材加工場となっている場所の奥の方にありました。
今でも横グリルのモデルは林業関係の場所で見る機会があり、中には分類番号が3桁ナンバーの個体も居たりして、旧車趣味ではなく仕事のできる相棒として愛用されています。
こちらの個体は、TWでも縦グリルになり昭和55年MCで横グリルとなる前のモデルになります。
木材を運搬していた荷台には枯れ葉がうず高く積もって草木が茂っていて、動かなくなってからの歳月の長さを感じました。

コメント:管理人

羽前の国ツアー2017(3)

ハイラックス
ハイラックス
ハイラックス

トヨタ自動車工業
トヨタ・ハイラックスロングボデーデラックス
(RN15)
年式:昭和44年車種追加~46年エンジン排気量アップ
山形県にて
2017年4月撮影

河川敷の畑に崩れた車があるのを堤防の上から見つけました。
道沿いにあって真っすぐとこちらを向き、遠くに見えた姿は初代サニーに見えました。
歩いて見に行くと、、サニーに見えた車は渋いブルーのトラックでした。
カラーリングと崩壊し尽くした姿から、サニーから転じて古いトラックを想像したものの、立て掛けられたボンネットの陰に覗く顔は初代ハイラックスで、ギャップにせめてスタウトであれよとツッコミを入れていました。
このハイラックスの写真を鈴木B360に写メしたところ、むしろスタウトよりも珍しいから良いじゃないか位に慰められてしまいました。

ハイラックス

鈴木B360より、写メをした写真にドミンゴが写り込んでいることを指摘されましたが、実は近くにもっとウジャウジャ箱の草ヒロが居ました。
それらは、フロントまで回るのが面倒になって全てスルーしてきました。
そして、今になって見て回らなかったゾーンが気になっています。

コメント:管理人

お台場の天国から長野の天国へ慰安旅行(25)

ダイハツD200
ダイハツD200
ダイハツD200

ダイハツ工業
ダイハツD200
年式:昭和44年MC~45年デルタへ
長野県にて
2016年11月撮影

軽トラの荷台にちょこんと載り、築かれた山の上に佇むダイハツのトラック。
もはやアートとして展示しているのでは?と訝しむような、目的が見えてこないダイナミックな置かれ方をしています。

トヨタとの提携後も残るも、3代目ダイナに吸収され消滅し、直前の最後のMCモデルがこの個体になります。
D200のDはディーゼルエンジン車を表し(ガソリン車はV)、200は積載量2トンを表しています。
1トン積みのV100から3トン積みのD300まで、幅広くラインナップをしていて、ミゼットを始めとする三輪トラックから四輪トラックへの脱却を図ろうとした意欲作でした。

コメント:管理人

鈴木B360より、
D200が載っている軽トラックの荷台は、S38ハイゼット(探検隊で言うところの歌丸ハイゼット)だと熱いメッセージが届きましたので、記します。

12月31日追記

10年目の山梨(3)

サニートラック
サニートラック

日産自動車
ダットサン・サニートラック1200

年式:昭和45年FMC~昭和53年4月MC
山梨県にて
2016年12月撮影

サニーセダンを意気揚々と撮影し戻ると、先ほど降りた探索車の傍らで鈴木B360がセダンとは反対の方向をアッチアッチと指をさしていました。
促されるように目線を転ずると、セダンが居た果樹園と道路挟んだお向かい、果樹園を覆う薄い青いヴェールの奥に、もう1台サニーがこちらを向いていました。
セダンの姿を遠くから見つけた時から視線をひと時も外さず、ドア開けて出て行った時に前に居たというのに気が付きませんでした。
周りが見えていないとは、まさにこの事なんだなという、笑えるご対面でした。
セダンにはなかったフロントマスクはしっかりと残っているものの、プレスの機械に挟んだように潰れ、すぐにはトラックだというのが分からないようになっていました。
もしかすると、セダンがマスクを譲った先で、昭和53年MC後の個体なのかもしれませんが、それを裏付ける年式などを確定するには及びませんでした。
それにしても見事に潰れています。

コメント:管理人

お台場の天国から長野の天国へ慰安旅行(12)

キャンター

道路に停まったままのキャンター。
駅前繁華街の道路であったなら、ドライバーが少しでも離れている間に2人組妖精さんがシールを貼って去っていくのでしょうが、ここではそんな働き者の妖精さんはいらっしゃらないようです。
畑に乗り付けた現役のキャンターくらいに真横を通り過ぎたとき、道路の泥の散らばり具合から動いている気配がなく、引き返して走る車から何枚か撮影したショットの1枚がこれです。

キャンター
キャンター

三菱自動車工業
キャンター

年式:昭和48年FMC~53年FMC(3代目)
長野県にて
2016年11月撮影

近所でもう1台のキャンターを見つけました。
つい最近まで動いていたような雰囲気で、農業ハウス裏の置き場に佇んでいました。
農繁期に稼働しているものが休んでいるのか、退役して置かれているのか判断しかねますが、車体に這い上がってきたつる草から、最近お仕事が無いのが伺えます。
判断できないと言っておきながら、足回りは綺麗そうですし、なによりボディが色褪せているだけでしっかりとしているため、来シーズンへのひと休みなのかもしれません。

コメント:管理人

お台場の天国から長野の天国へ慰安旅行(5)

ホーマー
ホーマー

日産自動車
ニッサン・ホーマー低床トラック1トン積
(F20)
年式:昭和51年FMC~57年FMCされアトラスへ
長野県にて
2016年11月撮影

峠道から見下ろす畑の奥に居る日産の小型トラック。
周りの草がスッキリとしているようなので訪れてみました。
見つけた時からキャブスターとばかり思い込んでいたら、姉妹車のホーマーでした。
なんのこっちゃという話になりますが、数えてみれば数えるほどの機会はなく、今回で2回目の訪問でした。
「居る居る」と通り過ぎるのが常であったようです。

ホーマー2006年

このホーマーと初めてお会いしたのは2006年9月のことでした。
草に埋もれていて、車名のバッチは隠れていて、キャブスターとはデザインが異なるグリル部分は暗くてよく分からず、峠道を下りていくと同型のキャブスターが果樹園地帯に2台ほどいるため、何となく姉妹を取り違えていたようです。
10年前は草に盛大に埋もれていましたが、フロントガラスはしっかりと残っていました。

コメント:管理人

今年も恒例のイイ・ニッサンの日

16112300.jpg

鈴木B360が夏の盛りに見つけた520ダットサントラックでも2灯モデルと思しきトラックを探しなおして見つけてきました。
今回の長野行きのメインとも言える『鈴木B360の夏の宿題』を、冬の景色になろうとする盆地でしてきました。

ダットサン520トラック

近くに農家の直売があっただとか、木々が生い茂る下にあったというロケーションは聞いていましたが、肝心の場所は大らかな気分で流していたということで、広大な果樹園地帯でアッチへ行ってみてコッチヘ戻ってきてという具合に彷徨いました。
昼前に果樹園地帯に入り、520を見つけたら昼食にしようと段取りしていたものの再発見は13時になり、ピークを過ぎガラガラになった蕎麦屋で遅い昼食となりました。
1年に1度のイイ・ニッサンの日にひと押ししておきたい情熱を注いでまいりました。

ダットサン520トラック

日産自動車
ダットサン1300トラック
(520)
年式:昭和40年FMC~41年MC
長野県にて
2016年11月撮影

木々が茂る場所を遠くから見つけ、あそこに違いない!と向かうと、鈴木B360が話していた通りにトラックがその下にいました。
葉が落ちてサッパリと視界が開けた果樹園の中を見通すと、果樹棚を支える支柱が遮る部分はあるものの答え合わせは済みました。
夏に目を凝らしてやっとのことで520と絞り出した鈴木B360の奮闘のままのものが居ました。

ダットサン520トラック

(この写真では数枚を繋ぎ合わせて合成をして、フロントマスクの部分の支柱を除去しています)

ダットサン520と言えば、草ヒロで見かけた数から4灯となった521のモデルがまず思いつき、そういえば2灯もあったねぇくらいの存在感です。
おおげさに言えば、欠番になっている420なんて言ってしまうくらいに520っぽさがないのですが、ライトの数が違うだけでシルエットは同じで、鈴木B360はよく粘って2灯と答えを出してくれたものです。


コメント:管理人

甲信から夏の便り(1)

トヨペットトラック1500

鈴木B360も長野へと出かけていました。
まず出した絵みたいにファジーになった写真の中には、超大物が高い高いされているのですが判別できますでしょうか?

トヨペットトラック1500

写真中央のプレハブの左側に被るようにいるのが超大物個体なのですが、スマホのデジタルズームでファジーさを極めていて、実車を見知った方なら何となく分かるかな?という解像度です。
この2枚だけでは車名を出したところで「なんのこっちゃ!」となるので、高い高いされる前の写真でネタ明かしします。

続きを読む

涼しい朝に

コンドル

日産自動車
コンドル20

年式:昭和56年FMC~61年MC
山梨県にて
2016年6月撮影

石和温泉への道中に見た果樹園はどこもかしこも緑に覆われていて、この季節にご新規さまを求めて草ヒロ探索を行うことの不毛さを強く感じたところです。
1日目のイベントで暑さにぐったりして宿に入りして、飲み食いしたら田舎の農家さんばりに早々と眠ってしまい起床したのが午前5時すぎ。
農家にしては寝坊という時間でしたが、朝食まで1時間半くらい暇するのも勿体ないので、宿の自転車を借りて市街地に残る畑や果樹園を見つけながら550の天然草ヒロを1台でも見つけたら帰ってこようくらいに軽~い気持ちで目覚ましにでかけたら、笑うしかないくらい「天然」が居ません。
朝からへこまされて、もう帰ろうという気分になり、現在位置を確認しようと幹線道路へ出てお帰りコースに乗ったところで、やっとこのコンドルにありつけました。
道路傍の普通のお宅ながらでかいパネルを持っているなと思っていたら、パネルだけではなく頭もしっかりと付いていました。
小型トラックサイズのパネルだけをそれなりと、コンテナ販売店の展示場を見て、物置のニーズが多いことは感じていたものの、それが草ヒロに結びつかず辟易していましたが、諦めたところでお情けがありました。

コメント:管理人

春の陽気に誘われ山梨(7)

2代目エルフ
2代目エルフ
2代目エルフ

いすゞ自動車
いすゞ・エルフ低床式(TLD22)

年式:昭和43年FMC~45年MC
山梨県甲府盆地にて
2016年2月撮影

2代目エルフ前期型が堤防近くに置いてありました。
有刺鉄線で囲われた敷地内にあり、荷台に何かを搭載しているくらいのようなため駐車してあるかのような佇まいでした。
まだら模様な塗装、そしてなによりもこの年式から現役でないのは遠くから見ても明らかでしたが、整備すれば起こせそうなコンディションです。
楕円のマーカーだけでオデコが広い公家のようなアッサリとした顔立ちに、ドアには三角窓が残り古めかしい印象を受けます。
後期型になるとフォルムはそのままでも三角窓は廃止され、アッサリ顔にパーツが盛られて、3代目以降のエルフに通じる顔立ちになります。

コメント:管理人

謹賀新年~2015年師走を彩った草ヒロとともに

ダットサントラック

日産自動車
ダットサン1200トラック(320)

年式:昭和39年MC~40年FMC
山梨県甲府盆地にて
2015年12月撮影

新年明けましておめでとうございます。
本年も、草ヒロ探検隊ブログをよろしくお願いいたします。

前回から2年が空きましたが、元日恒例のダットサントラックです。
恒例と言いつつも、2008年2013年の二回しかでていませんが、甲府盆地で『廃車体街道を行く』をやるなら外せない1台と、探検隊がイチオシするダットサントラックから一年をスタートいたします。

コメント:管理人

探検隊2015慰安旅行より(6)

ミニエース

頭の代わりにパレットが三枚立てかけられたトラックの荷台。
サイドビューやフロントビューから見つけたならスルーを決め込むところですが、なぜ撮っているのかといえば。

ミニエース

鈴木B360がテールライトを見ただけで、この荷台が誰なのかを導き出したためで、頭が無いのが甚だ残念ではありますが、珍しい車だったので、ふたりで舐めるように拝見してきました。

ミニエース

テールライトだけで当てられる、いい意味での変態さまは世に限られますので、答えとなる部分の拡大写真で解説しますと、

最大積載量が500kgは、軽トラック(350kg)ではないという事。
ディーラーシールが、トヨタカローラ南信である事。

以上の2点からざっくりと結論を申せば、
この荷台は、トヨタ自動車工業の初代ミニエース(UP100)のでした。

コメント:管理人

もう1台の荷台オンリーなミニエーストラック

もう1台の荷台オンリーなミニエーストラック
山梨県東部富士五湖地域にて
2010年4月撮影

鈴木B360より、もう1台の荷台だけの個体のリクエストが入りましたので追記です。
完全体なミニエーストラックよりも、荷台だけの姿の方が馴染みあるという何とも悲しい実績のある探検隊です。
この荷台も見つけた時に大注目したのは鈴木B360でした。

元紹介記事:2010春の異常気象にて(7)

日本海CCR2015の帰り道に(7)

ホーマー

見てみたいと思っていたホーマーに案内して頂きました。
以前、おおよその場所を聞いていたところは、何度も通りがかっているはずの場所でしたが、現地で姿を見れば幹線道路沿いというアッサリな立地。
脇道に逸れてばかりで素直さがなかったために見つけられなかった、探検隊らしいと考えさせられる1台です。

ホーマー
ホーマー

日産自動車
ニッサンプリンス/ニッサン・ホーマー

昭和43年MC~47年MC
長野県にて
2015年9月撮影

車体サイドにあしらわれたワンちゃんのステッカーが印象的なサビがやや色濃くなりつつあるホーマー。
プリンス時代の個体ではなく日産との合併後のMC顔です。
一見するとただのパネルバンで車体記された布団を運んでいたようにも見えますが、ただの布団屋の車ではないのを、管理人は職場でお世話になっているのでピンと来ました。
パネルの屋根に控えめに出たものは排気口、側面の小窓の中には操作パネルがあり、この車の正体は「布団乾燥車」になります。
写真はありませんがリアには観音開きのドアがあり、パネル庫内に布団を何枚も収納して温風により短時間で乾燥させるものです。

コメント:管理人

雨ニモマケズ、草ニモマケズ、草ヒロ探検隊旅行記(13)

プロシード

今回の長野行きで元気でいるか確認をお願いされた個体へと平地のファミリア・マツダパラダイスから山あいへ車を走らせること30分、斜面に元気に張り付いている姿を遠目にて確認できました。

プロシード
プロシード
プロシード

東洋工業
マツダ・プロシードデラックス(BUD61)

年式:昭和40年~46年(本個体はその中でも昭和43年~44年モデル)
長野県にて
2015年6月撮影

本年1月に開催された『趣味人懇親会』で巡った珠玉の草ヒロたちの1台。
その姿を遠目だけで済ませる手はありません。ガッチリとお近くで拝見して参りました。

プロシード

雪に覆われた白の世界での対面から半年で・・・

プロシード

樹々には葉が生い茂り、大地も緑に覆われ、その旺盛な生命力でリタイヤしたプロシードを包み隠そうとしています。
窓やドアはしっかりと閉まっていたのですがキャビンの中にまで蔦が入り込み、雪を満載していた荷台は草へと主役が交代しては居ましたが、フロントは隠れそうで隠れず、草ヒロ鑑賞できないのではと覚悟していたところ意外や意外でした。

コメント:管理人

クラウンRS41ツアー2015(24)

ハイライン

昨日紹介をした並びの中から、ダイハツ・ハイラインをピックアップしまして、クラウンRS41ツアー2015の連載を最後とさせていただきます。

ハイライン

こちらの個体は、ドラム缶の向こうに垣間見えたグリルから4灯になった後期型で昭和40年からのモデルになります。

ハイライン
ハイライン

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイライン(F100)

年式:昭和40年MC~44年(初代後期型)
羽前の国にて
2015年4月撮影

前をドラム缶に、上を冷蔵庫やバイクなど賑やかに、後ろをコロナに囲まれてはいますが、ダイハツのハイラインです。
ライバルの多い1トン積みトラックに乗用車ムードを盛り込んで昭和37年2月に登場した初代ハイライン。
エンジンはクラストップのFA型1490ccガソリンエンジンを搭載し、荷台は標準車でゆとりのあったところにロングボディ車(荷台長2.4メートル)を昭和38年にいち早く追加するなど、ダットサントラックの牙城を崩しを狙った意欲作でしたが、それは果たせませんでした。
結果としてハイラインは、ダットサン崩しどころか、トヨタ・ダイハツ・日野の提携によりライバルが身内となり、2代目にフルモデルチェンジを果たしたものの、ハイラックスの影に消え去る運命にありました。
スペックだけを見れば提携後のトヨタ・ブリスカからハイラックスの流れではなく、トヨタ・ハイラインとなっていても良かったくらいとも思うところです。

コメント:管理人

これをもちまして「クラウンRS41ツアー2015」の連載は終了です。
改めましてツアーを設定してくださった羽前の国の旧車狂さんにお礼申し上げます。

クラウンRS41ツアー2015(2)

ダットサン・キャブライトの居た果樹園から程近い耕作放棄地のダットサン軍団は、昨年の様子と並べて紹介をします。
各車とも写真上が2014年版、下が2015年版になります。

ダットサントG221
ダットサントラック221

日産自動車
ダットサントラック(G221)

2014年版紹介記事:奥の細道を行く(36)

ダットサン1300トラック
ダットサントラック520

日産自動車
ダットサン1300トラック(520)

2014年版紹介記事:奥の細道を行く(34)

ットサントラック1300
ダットサントラック620

日産自動車
ダットサントラック1500スタンダード(620)

2014年版紹介記事:奥の細道を行く(35)

ットサントラック1300
ダットサントラック620

日産自動車
ダットサントラック1500デラックス(620)

2014年版紹介記事:奥の細道を行く(35)

訪問が2014年が4月上旬、2015年が4月中旬という少しの遅めだったため、葉が芽吹き始めていて、今年も夏にかけてダットサンを緑で覆い尽くす準備は万端でした。

コメント:管理人

クラウンRS41ツアー~2015(1)

トヨペット・クラウンRS41

トヨペット・クラウンRS41で巡る春の羽前の国旧車散策ツアー。
昨年に引き続きまして今年も、羽前の国の旧車狂さんにご招待いただきまして開催の運びとなりました。
羽前の国の旧車狂さんに改めまして御礼申し上げます。

ダットサン・キャブライト

昨年ツアーにおけるダットサン・キャブライト(上写真)

1日目は昼過ぎに羽前の国入りし、クラウンRS41に迎えられて早速向かったのは、昨年のトリを飾った「タイムアップで到達できなかたキャブライト」でした。

ダットサン・キャブライト

現着後にキャブライト周辺を大きく周り込みながら1キロくらい歩きまわってようやくルートを見つけ、1年越しの大物との対面となりました。
キャブライトの居る果樹園で作業中であったご婦人に撮影許可をお願いすると、「もう潰れているから・・・」と歯切れの悪い答えがありましたが、重ねてお願いをして撮影をさせて頂きました。

ダットサン・キャブライト
ダットサン・キャブライト

雪の重みによって屋根は窪み「潰れている」という状態ではありましたが、キャブライトの年式や周辺の草ヒロたちの崩壊状態を考えれば、「イエイエ、綺麗な状態ですヨ。」と褒め称えてあげたいくらいですが、廃車体趣味人の感度ですから置いておきましょう。

ダットサン・キャブライト
ダットサン・キャブライト
ダットサン・キャブライト
ダットサン・キャブライト

日産自動車
ダットサン・キャブライト(A121)

モデル年式:昭和37年1月MC~38年8月MC/2代目中期型
羽前の国にて
2015年4月撮影

こちらのキャブライトはグリル部分が剪定木などで覆われていましたが、羽前の国の旧車狂さんがフロントガラスの刻印を確認したところによれば1962年式(昭和37年)とわかり、昭和35年10月にFMCで2代目となったキャブライト(A120)の37年1月MCモデルでした。
初代のA20からキープコンセプトな飾り気のない無骨ともいえるスタイルですが、これは三輪ユーザーのシフトを狙い廉価な実用車に徹したがためで、2代目もその戦略にブレがありません。
2代目キャブライ意匠変トは、初代の850kg積み・エンジン860ccのままながら2人乗りから3人乗りに改められ、モデル中は毎年グリルの更が行われました。
昭和38年8月の2度目となるMCで1トン積み・エンジンは1046ccのA122と改良され、39年には3代目A220へとFMCを遂げます。

受粉用ハチ箱

キャブライトは荷台・車内は物置として使われていて、さらに小屋を担ぐという印象的なナリです。
荷台を跨いでガッチリと据えられた小屋は、もとは果樹の受粉用のミツバチの巣箱が収納されていたものと見られます。

ダットサン・キャブライト

三角窓に点火時期調整のステッカーが見られなかったことから、対策実施とステッカー貼り付けの昭和48年の前に廃車となったと考えら、この世に生まれ出てから50年以上、廃車となってから40年以上の時間が流れています。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊研修旅行より(40)

広大な畑ともなると、その場内だけだとしても作業に使える車があると便利なのでしょう。
畑の片隅にナンバーが外れた旧型トラックを1台見つけると、同じ使われ方をしたもう1台と、さらにその役目を終えたトラックたちが並ぶ置き場を見かけました。

フォワード

いすゞ自動車
いすゞ・フォワードダンプトラック

昭和47MC~50年FMCモデル(SBR380BD)
長野県佐久地域にて
2014年5月撮影

ボディーの至る場所の塗装が剥がれてサビが浮かぶも、シャンとした佇まいに安全運行の要となるミラーもしっかりと整っていて、無いのはナンバープレートくらいという、(場内)現役と見てまず違いない2代目フォワード。
ダンプなので土作りの頃ともなれば土や堆肥をあっちへこっちへと運んでと大活躍なんだろうと思います。

ダイナ
ダイナ

トヨタ自動車工業
トヨタ・ダイナダンプトラック

昭和47年MC~昭和49年MC(BU12D)
長野県佐久地域にて
2014年5月撮影

トラクターたちと肩を並べて休息中の3代目ダイナ。
フォワードに続いて同じダンプであるのとともに年式もほぼ一緒でありますが、ボディには目立ったサビが見られず「この差はなんだろう」と思えば、残っていた新しいタイプの車検ステッカーから、平成22年とつい最近までナンバー付けてしっかりと走っていたことが分かりました。
3代目ダイナだとグリルのセンターに排気量を示す3000だとか数字のバッチが付いているのは馴染みがありましたが、昭和47年~49年のモデルのダイナだとその掲げられているバッチの数字はふた桁で、何を表しているかといえばエンジンの馬力数でして、85のシャレたバッチが付いていました。
車名をサイドドアに押しやってまで主張した数は、エンジンの改良や新開発によって馬力が向上したという誇らしいものですが、ちょいと地味だと思ってしまいます。

不動車たちの葬列

車検が切れながらも活躍を続けるものあれば、整備工場へのお参りが無くなり修理不能となって不動となるものも出てしまうもので、そんな役目を終えたトラックが集まるところに最後に出くわしました。
列の先頭に居るのは昭和50年登場の3代目エルフと、現役の2台よりも新しいものでしたが、使われ方それぞれでもうだいぶ前に不動車となったようで、サビまみれの壊れた顔でこちらを見ていました。

コメント:管理人

趣味人懇親会の草ヒロ巡りより(11)

プロシード(前進)あるのみ

山あいの集落のわかれ道に『車両通り抜け出来ません』という、親切な案内の看板があります。
先を見れば道が細いのというのも手伝い、探索の大半を四輪車で巡っている身では、探検隊初期には道の終わりを見るまで可能性に賭けていた事もありましたが、最近では転回を考えた安全策を取るようになり、よっぽど気を引くものが無いかぎりは看板の言う通りにスルーさせてもらうところです。
結果は、この看板から上っていった先にある草ヒロに巡り会えない!だけなのですが、その出会えない草ヒロというのがレア車なのがお困りです。

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プロフィール

草ヒロ探検隊

Author:草ヒロ探検隊
  
  鈴木B360(左)
   草ヒロ趣味歴20年以上
   運転担当/草ヒロ鑑定

  管理人(右)
   草ヒロ趣味歴10年以上
   助手席でナビ担当
   写真撮影・ブログ管理人

  本部:神奈川県M半島中部
  探検隊設立:2006年3月
  ブログ開設 :2007年6月1日

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