羽前の国ツアー2017(5)
ハイエースコミューター

昨年の話ですが、仰ぎ見る山の上に箱の草ヒロを見つけました。
どちらさまかと望遠で眺めてみたら、カモノハシのように突き出たノーズに青と白のツートンのようなものが朧気ながら確認でき、初代ボンゴさまと判断しました。
山の真下まで行ってみたものの、アクセス路を集落内に見失い逃していました。
そして、今年はアクセスを下方からではなく上方の道からと定めてアタックをしてみると・・・

ハイエースコミューター
ハイエースコミューター

トヨタ自動車工業
トヨタ・ハイエースコミューター

山形県にて
2017年4月撮影

アタックの結果、初代ボンゴと思っていたものは初代ハイエースでした。
姿を確認したところで数枚写真に収めて、下りていく道を求め再び走り出したものの、途中でニホンザルにお会いしただけで分かれ道が無いまま山の下まで一気に下りていき、仕切り直すことなく別方面へ進出しました。
1年寝かしたわりに、お粗末な結末です。
来年は下からアクセスしてみましょう。

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【2017/05/05 13:33】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
北の台地への旅(1)
初代エコー

桜の季節を迎え春本番となり、草ヒロ探索のベストシーズンは大づめとなっています。
時を少し遡って昨年の秋ころには、管理人は神奈川県内に引きこもり気味で、出かけたくても出かけられない無聊を慰めるために、ブログ更新の合間にフラフラとストリートビューで探索などしてしまったところ、こちらの写真の初代エコーのマイクロバスを見つけたのをはじめ、見ていたテレビ番組に映りこんだ草ヒロマイクロバスを探したらクラフトライトバスの後期型であったりと、要らぬところで冴え冴えになり「宿題」と称するのも阿呆らしいものを背負い込んでいました。
クラフトライトバスは高知県の山中で笑うしかないようなものでしたが、初代エコーは群馬県だったので阿呆ついでに暇を見つけて見に行くくらいに考えて封印していたら、年度末に鈴木B360から声がかかり訪問と相成りました。

初代エコー
初代エコー
初代エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC142)
年式:昭和40年MC~41年FMC
群馬県にて
2017年3月撮影

あらかじめ場所が分かっている草ヒロ個体へと赴くというのは、知らずに出会って生じるお祭り騒ぎの天井知らずの興奮には及ばず、だいぶだいぶ割り引かれたものになり、つくづく感じるのは「ハンター気質」があるのだなということです。
それでも、モノが初代エコーともなれば、見てみたいという欲を抑えられる訳もなく、撤去されていて徒労に終わることもあるとわかっていても、阿呆なものですから行ってしまうのです。
このエコーについては、この記事に写真があるように、無事にその姿を拝見することができましたが。

17040605.jpg

エコーへと至るゴタゴタニだいぶ字数をさきましたが、現地で姿を見た感動というものは、しっかりとありました。
良いものを見たという実感と、ロケーションと佇まいは、ケチのつけようがありません。
手が届かないところにあるのが常という大物が道路端にあるというのも嬉しいところです。
エコーは、フロントマスクから最後のモデルになり、転じて排気量を表すバッチには見慣れている1900という数字ではなく2000とあり、調べてみると2代目へとFMCする10ヵ月ほど前に、搭載するH型エンジンの改良によるMCモデルでした。

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【2017/04/06 18:13】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
北の台地は雄大でした。(神奈川比)


探検隊は、年度末の『北の台地』の旅を終えました。
探検隊のホームである長野への旅も考えていたのですが、帰路に諏訪周辺の高速道路のチェーン規制を知り、危うく年度を跨いでの旅となるところでした。
慣れない北の台地での旅ゆえに、道中では「(長野県)原村を拡大コピーしたようなところ」だの「(山梨県)上野原から大月あたり」と好き放題に勝手なことを言いまくりながら、1日を楽しく過ごして参りました。
なお、本文中にあります「北」とは関東地方の南端で生活をしている探検隊の二人からしての「北」であります。

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【2017/04/02 18:19】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
春の山梨満喫ツアー(26)
クラフトライトバス
クラフトライトバス
クラフトライトバス
クラフトライトバス

東洋工業
マツダ・クラフトライトバス
(DUC9)
年式:昭和44年~45年MC
山梨県にて
2016年3月撮影

今見ても近未来を思わせる風貌のA型とC型のライトバスに隠れて、前者よりも少ない定員18名モデルにはベースとなったトラックの名を冠し、クラフトライトバスという名のマイクロバスがありました。
デザインはトラック譲りのフロントマスクを多少格調高くしてはいますが、コンパクトなボディにまとめ込まれていて、A型とC型に覚えたような高揚感は無いモデルかもしれません。
クラフトのマイナーチェンジに合わせて丸目4灯から角目の2灯に改められるなど、出しっぱなしというモデルではないのですが、いかんせん見かけた個体の数が抜群に少ないレア車です。
この個体は、資材置き場の隅で物置として置かれていて、周りには窓ガラスをいとも簡単に壊しそうなパイプなどが目立ちますが、左目が痛い痛いしている他はガラス類のすべて健在でした。
ただボディの塗装は経年のヤレがみられひび割れ放題で疲れた部分が見られます。
横幅こそしっかりとして、フロントから見た姿はどっしりとしていますが、横から見た時のホイールベースの短さは異様で、なんとも心もとない姿に見えます。
ついでに申せば、同時期のハイエースコミューター(15人乗り)よりも定員も車重も多く大きいというのに、エンジンの排気量ではハイエースの1587cc/83PS少し負けて1484cc/60PSというスペックで、これまた心もとない数値に思えます。

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【2017/03/15 18:19】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
お台場の天国から長野の天国へ慰安旅行(11)
シビリアン
シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアン
(GHC240)
年式:昭和46年MC~51年MC
長野県にて
2016年11月撮影

河岸段丘の段と段の間の微妙な位置に置かれているシビリアン。
上の段の際の道からは見下ろすことができず、下の段の際の道からは写真のように少し高い位置にあり、どうやって入り込んだのだろうというものです。
シビリアンには、車内に座席は残っていないようで、少数の荷物が入っているのが見えました。
その割に窓ガラスという窓ガラスがが一切なく、割られたのではなく、全てを取り外してしまったようで、雨風が吹き込み放題で、物置としては首を傾げる姿です。
妙な場所に、妙な姿になり残っているシビリアンでした。

コメント:管理人
【2016/12/11 18:30】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
相模湾と日本海のあいだに(16)
日野レインボー
日野レインボー

日野自動車工業
日野レインボーBM320ライトバス
(BM320-K)
長野県にて
2016年9月撮影

日本海CCRの帰り道の最後に、同行人にフロントウインドウに寄り添うサッカーボールが印象的な日野のマイクロバスをご案内頂きました。
フロントグリルに誇らしげな表示灯には元所有の自治体名がハッキリと書かれていますが、修整して消してしまうには惜しいため残しました。
昭和62年2月までの車検ステッカーと、その前の61年の点検整備済ステッカーがともに残っていて、この場所に置かれたであろう時期が推定できるところです。
ざっと30年は廃車体人生を送っているのですが、それを思わせるヤレは一切見られず、ワイパーが両ともに落ちていないあたりに、コンディションの良さを感じさせられます。
レインボーは、金産車体(型番末尾が-K)と帝国車体(-T)の二社で共作されていました。
こちらの個体は金産車体製で、自動車ガイドブックではモデル初めの頃には掲載がありましたが、

レインボー

帝国車体製のレインボー
長野県にて2014年7月撮影

モデル中の昭和41年から50年まで始終掲載があったのは、こちらの帝国車体製でした。

コメント:管理人
【2016/10/22 17:48】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
相模湾と日本海のあいだに(11)
ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー

年式:昭和44年頃~45年MC
長野県にて
2016年9月撮影

屋敷を囲む生垣の間に後姿を見せてくれるマイクロバス。
顔が全く望めませんが、シビリアンの前進である2代目エコーになります。

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

写真上が2016年version、下が2008年versionです。

テールランプが大きな2代目エコーでも後年のモデルになります。
さらに2008年の写真の後輪に注目していただきますとダブルタイヤであることがわかり、昭和44年の自動車ガイドブックに広告の掲載があります(43年の広告ではダブルタイヤの記載なし)。
2枚の写真を見比べると、サビの広がりはないものの色合いが深くなっていて進攻している様子がうかがえるのと、日よけ代わりにかけられていたシーツがお化け屋敷風味に垂れ落ちていて、月日の経過を感じます。

コメント:管理人


【2016/10/09 20:00】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
レトロを巡る日帰り旅(5・終)
伊香保で旧車を見てから、草ヒロの匂いをたどってドライバーを鈴木B360にチェンジして走ってみたものの坊主です。
太陽はまだ高いところにあってジワジワと熱を放っていましたが、「もうやめた!」くらいの勢いで目の前にあった日帰り温泉に入り込みました。
目が染みる塩っ辛い温泉で汗を流し、サッパリしたところで草ヒロが汗を流させるのかねぇ~?なんてボヤキながらも、高速のインターを目指して家路につきました。
しば~らく走って止まった信号で右手の店舗にピンク色のビートルとミニが派手に並んでいるのが目を引き、青信号で進行するとともに「おいくらかしら?」くらいにふたり揃って一瞥くらいに見ると、次の瞬間には鈴木B360が色めき立ち、車をピンク色の2台のところへ戻しました。

だるまローザ
だるまローザ
だるまローザ

三菱重工業
ローザ
(B21D)
年式:昭和39年追加~43年MC
群馬県にて
2016年8月撮影

管理人は角度的に見損ねましたが、鈴木B360はプライスボードのほかに植栽の間にだるまローザの姿を見つけていました。
だるまローザなんて大物まともに見た覚えはなく、山梨の釣り堀に置いてあった顔が望めないグリーンな1台が最後。
1日ほぼ坊主でレトロ巡りのドライブをしただけのところ、帰り際に群馬さん、もといぐんまちゃんはとんでもないお土産を用意していました。
年式相応の朽ち方はしていたものの、サビ止めペイントを7メートルに及ぶ全身に施されて、いまなお現役の物置草ヒロでした。

コメント:管理人
【2016/09/01 22:44】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
春の山梨満喫ツアー(14)
ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

まずは2010年訪問時の写真からニッサン・エコーです。

ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー(GHC240)

年式:昭和41年FMC~(テールライトが小型なため初期モデル)
長野県にて
2016年3月撮影

6年前に見つけた仮設トイレがフロントに寄り掛かったエコーを再訪問しました。
というよりかは、一本道沿いですが広大な畑地すぎてピンポイントに何処に在るのかまで絞り込めていなかったもので、走っていて車窓に姿を認めたときにはホッとしたというところです。
前輪を彩るケンメリのホイールキャップも健在でした。
相変わらずトイレがフロントにもたれ掛かった姿であり、6年前のことを少し思い起こして「寒い日だった」なんて感慨にふけっていたら、30分後くらいに吹雪に遭いました。

コメント:管理人
【2016/06/10 17:27】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
春の山梨満喫ツアー(13)
シビリアン~2006
シビリアン~2016
シビリアン~2006
シビリアン~2016

日産自動車
ニッサン・シビリアンショートボデー
(GYC340~GYC341)
年式:昭和51年MC~57年FMC
山梨県にて
各アングル上が2006年12月撮影、下が2016年3月撮影

坂道の途中の果樹園に置かれているショートボデーなシビリアンを訪れました。
サイドミラーのアームに草を盛大に絡めてボディサイドに流れるようなラインを纏っているのが10年前のお姿です。
一方の若干草を絡めていて、ラインを真っ黒に塗りつぶされているのが今年のお姿です。
多くの草ヒロが年を経るごとに草に覆われて姿を隠していくのを見てきたので、写真を並べてみて草が取れた姿が最近だというのに若干の違和感を感じたところですが、ボデーの具合を見れば違いは一目瞭然でした。
黒塗りされた部分に注目すると、サビが特段激しいという風にも見えず、坂道の勾配とシビリアンのラインが紛らわしいために処置とも思えましたが、元所有者を示す部分をより念入りに塗りつぶしている部分もありました。

コメント:管理人
【2016/05/31 18:43】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
春の山梨満喫ツアー(9)
ライトコーチ

日産自動車
ニッサンプリンス・ライトコーチ
(昭和42年~44年頃)
ニッサン・ライトコーチ(昭和45年頃~49年1月販売中止)
山梨県にて
2016年4月撮影

だーいぶ前に草疲労さんより情報を頂いていたライトコーチの現地調査へと赴きました。
周辺にこれといった目的地となるものがないため足が向きませんでしたが、今回のツアーは山梨にコンパクトに3日間というゆとりの日程であったため、ライトコーチのためにホイホイと山中へと分け入っていきました。
大まかな場所を聞いていて、ストリートビューで現地を見た限りではライトコーチが置いてあるような雰囲気は感じませんでしたが、行けば何とかなつべくらいに向かうと、細い道の一段下の広場で物置になっているライトコーチのリアビューを見つけることができました。
年式としては日産と合併してからのモデルになり、ルーフのマーカーランプが廃止されていることから分かります。
あとは後輪がシングルタイヤであるということが分かるくらいです。
物置としての使い勝手を良くするために置くときにタイヤ半分くらい埋めていてステップ台と地面の段差を解消していて、窓を塗りつぶすところなど、手慣れた仕事っぷりを感じました。

コメント:管理人
【2016/04/30 18:58】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
春の陽気に誘われ山梨(12)
トヨタ・コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースターデラックス

山梨県甲府盆地にて
2016年2月撮影

資材置場の壁と物置の二役をこなすコースターを果樹園地帯と住宅街の境目あたりで見つけました。
ルーフの塗装は退色が進んでほぼ消えかけていて、長い間置かれていることが伺えますが、サビが少ないのはさすが内陸県と言えます。
コンディションがそこそこのため破れた窓ガラスの痛々しさが目立ちます。
塗色は昭和47年から51年の自動車ガイドブックに見られるものでした。

コメント:管理人
【2016/04/27 16:55】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
春の山梨満喫ツアー(8)
ニッサンエコー

猫顔のニッサン。
縁取られたライト周りと、にゃ~んと鳴くように開いた口。

ニッサンエコー

流麗なECHOとエンジン排気量を示す1900のバッチ。
一昨日紹介をしたトヨペットマイクロバスとほぼ同じ年式になり、排気量も1900というところで同じです。

ニッサンエコー
ニッサンエコー
ニッサンエコー

日産自動車
ニッサン・エコー(GHC141)

年式:昭和38年MC~39年MC
山梨県にて
2016年3月撮影

昭和34年に製造が開始されたキャブオールマイクロバスを原点に、当初は月販10台以下(35年の年間で158台)という小さな市場規模だったものが、36年にはエコーの名を与えられ販売台数を増やしていき、この個体のモデルの頃となると38年で1059台、39年では1902台となり、初期の頃には考えられない規模へと成長しました。
成長したとはいえ概算で3000台という台数の大半は廃車をされて粛々と解体されていったはずで、今日残るものは極めて少ないと思われます。
そのためか、初代エコーともなると探索をしていても数年前に見たきりくらいなもので、エコーと言えば自動的に2代目を指すくらいに縁のない1台となります。
そんなところに「まだありますよ!」という情報を得れば、撮影をしたことがある個体であっても見たい気持ちが膨らみ、遠く足を伸ばして見に行ってきました。
以前と比べるとコンディションの悪化は進んでいて、加えて資材置場に人の手が入らなくなった様子で、置き去りにされていますが、現存する姿しかと拝見して参りました。

コメント:管理人
【2016/04/22 18:41】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
クラウンツアー前に(6)


コニー360ワイドバンの前に鎮座するのは、年式少々古くなりまして昭和30年代のトヨタのマイクロバスです。

16042001.jpg

フロントに転じまして、センターに誇らしげなTOYOPETのマーク。

16042002.jpg
16042004.jpg

トヨタ自動車工業
トヨペットマイクロバス(RK170)

年式:昭和38年頃
宮城県にて
2016年4月撮影

トヨペットマイクロバスでございます。
写真からは木々に囲まれて山の中にポツリという雰囲気を感じるところで、ヴァーチャルで姿を見るまではその通りのところにあるものとばかり思っていましたが、フロント側は道路に面していますし、リアも道路から眺められる意外なロケーションでした。
レア車2台の共演に、勝手にイメージを膨らませに膨らませていたということでした。
ボディには送迎車であったことを伺わせる施設名が残っていましたが、塗色を見ると青系の部分とピンクの部分、それに中央部にはトヨタライトバスを思わせる流れるラインがあり、一緒くたであったとは考えにくいのは確かであり、ルーフ上のスピーカーも相まって車歴がよく分からない姿でした。

コメント:管理人


【2016/04/20 21:14】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
探検隊2015慰安旅行より(13)
ニッサン・エコー
日産・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー

年式:昭和41年FMC~45年MC
長野県にて
2015年11月撮影

幹線道路を快調に流していると民家が点在する一画にマイクロバスのサイドビューを見つけました。
血眼になるような勢いで風景の中に1日草ヒロを探していると、カーポートの屋根がマイクロバスの窓に見えてしまったりする、『なんでも草ヒロ症候群』的な症状が出るときがありますが、今回はしっかりとマイクロバスでした。
久しぶりのエコーでしたが、民家の敷地内で大きな物置となっていて遠くからのお姿しか拝見できませんでした。
エコーの各個体で錆びやすいボディサイドの継ぎ目にジンワリとサビがある他、経年による塗装の褪色があるくらいで、近年稀に見る良いコンディションでした。

コメント:管理人
【2015/12/28 19:00】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
とある秋の日曜日に(2)
ジャーニーL

魅惑的な果樹園地帯を遠く見上げて走る道で「マツダB360発見!」と勇んで向かってみれば、絶妙なカタチに積まれ、B360っぽい色合いに色褪せたリンゴ収穫のバケットでした。
大誤爆の後は草ヒロを完全に封印して道中を淡々と走りましたが、健在確認にチラ見したこの光景に、封印のタガが完全に外れました。

ジャーニーL
ジャーニーL

いすゞ自動車
いすゞジャーニーL(BE20D)

年式:昭和48年~52年頃
長野県にて
2015年11月撮影

フロントのISUZUの切り文字が大きく、長い2代目ジャーニーでも古いモデルになります。
ディーゼルモデルを表す「D」というバッチと、Deluxeのバッチが運転席ドアに付いていました。
撮影をしたのは新潟が目前という長野で、住宅や納屋の屋根が急傾斜であったりカマボコ形という豪雪地帯にあって、9年ぶりの再会は感動モノでした。

ジャーニーL~2006年Ver

9年前(2006年11月)のジャーニーL

真っ暗な関越道をひた走り、夜明けの越後湯沢から草ヒロ探索を開始して、県境にある道の駅で小雪が舞う寒さの中できのこ汁を食べてほっこりとし、それから程なくして見つけたのがこちらのジャーニーLでした。
今でも話題に上がるくらいにジャーニーの前に食べたきのこ汁が絶品だったため、きのこ汁にひも付きですが思い出深い草ヒロのひとつです。

コメント:管理人
【2015/11/12 23:13】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
聖地探索2012(82)+春模様の長野より(29)
ニッサン・エコー

さくらの季節に訪れたい上田地域のマイクロバス。

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー

昭和41年FMC~43年MC~45年MC(GHQC240)
長野県上田地域にて
2012年4月(くもり)と2014年4月(晴れ)撮影

初めて見つけた2012年の時もさくらは咲いていましたが、雨まじりの寒い日であまり印象にありませんでした。
リベンジというわけではありませんが、エコーの居る集落道の交差点を通り、見ていこうとフラリと立ち寄ったのが2回めの2014年。
この時は晴天に恵まれ、さくら色のエコーとさくらのコラボレーションを堪能してきました。

足回りがない状態で乗降口のステップはほぼ地面に付いていて、バランス的に寸足らずになっている上にグリルからバンパーが無くシマリのないような、なんともひょうきんな顔になっています。
リアはガッチリと囲まれていてテールライトの形状で絞れる年式がサッパリで、ピンク色のカラーだと、初期のような勝手なイメージを持っています。
そもそも足回りが無いのでシングルタイヤかダブルタイヤかも分からない始末でして、フロントのバッチの「D-4」からディーゼル車であることくらいしかわかりません。

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【2015/03/26 18:57】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
草ヒロ探検隊研修旅行より(25)
ジャーニーQ

広場など人が集う場所で見る機会がある、休憩室や物置を兼ねた小屋代わりの廃車体。
広場の利用者が乗っていたものや、ツテで引っ張ってきたという車が置かれ、置き場所の広さにより大きい物で大型バスからマイクロバス、バンといった収容力のある箱型が活用されるのが多いです。

ジャーニーQ
ジャーニーQ

いすゞ自動車
いすゞ・ジャーニーQ

昭和52年から54年まで自動車ガイドブックに掲載あり
長野県佐久地域にて
2014年5月撮影

いすゞと、ボディーメーカーの北村製作所のタッグにより送り出された、丸みを極力排してボディーはどの面も直線的で角いという特徴的なフォルムをしたマイクロバス。
フロントライトが丸目4灯なのが画竜点睛を欠きますが、後に角目に改められます。

橋を渡っていて遠目でもジャーニーQとわかる後ろ姿を見つけ向かうと、堤防道路からその姿を見ることができました。
撮れる機会が少ない上からの写真で満足して、河川敷まで降りずに先を急ぐように後にしましたが、考えてみれば発見数が少ないジャーニーQなので、モッタイナイことをしました。
車内は窓にそって座席を並べ直すなど、使い勝手が良いように手が加えられていて、現役当時のカーテンも使われ続けています。
現役時代は付近の自治体の持ち物であったようで、町名を塗りつぶしてはいましたが薄くて普通に見える状態だったので、放出当時は大らかな時代であったでしょうが、今では税金の絡んだものはとかく煩いことでしょうから、ブログ掲載に際して塗りつぶしておきました。

コメント:管理人
【2015/02/13 19:07】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
趣味人懇親会の草ヒロ巡りより(8)
ニッサン・シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアン
(GHC240)
長野県にて
2015年1月撮影

近所の個体のついでと、あまり見かけないカラーリングのため、ゆる~い1台ながら、管理人のお気に入りのシビリアンを拾ってもらえました。
欲を言えば、これに近い色合いの初代エコーならばツアーパンフレットで売りにもできるとこですが、初代エコーがやたらとすっ転がっているわけがありません。

ニッサン・シビリアン
ニッサン・シビリアン

前回訪問時くらべグリルの隙間から伸びる木が切られることなく成長しているようなので、青い葉が茂った頃にでもまた訪問したいものです。

コメント:管理人
【2015/01/30 18:18】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
年末のいばらき路にて
ニッサン・シビリアン

昨日は、あんこう鍋を食べたいというリクエストで、鈴木B360ともうひとりを交えて茨城へと日帰り観光旅行に出かけていました。
昼前に茨城へと着き、あんこうに舌鼓をうち、それから内陸部の吊り橋と滝を観光して、アルカリ性温泉に入って、県都で郷土料理を頂いて帰路につきました。
道中で草ヒロは550ccの箱バンを中心に両手くらいは見かけましたが、MMCマークの犬小屋仕様車をスルーしたのが惜しかったくらいで、やりだしたら歯止めが効かない草ヒロに観光のカセをはめて概ねスルーをぶっこいてきました。
そんな中でしたが、管理人が「マイクロバスを見た~い」と不規則発言をしてからチラリと姿を認めたマイクロバスは、「引き返してくれぇ~」と戻り、この1台のみですが茨城の草ヒロを撮影してきました。

ニッサン・シビリアン
ニッサン・シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアンロングボデー標準車(K-GHMC341W)

茨城県にて
2014年12月27日撮影

チラリズムで、コースター、コースターと連呼しましたが、助手席セーフティウインドウの付いたシビリアンでした。
海からだいぶ離れた山に囲まれたところでしたが、湿り気が多いのかサビが多少あり、フロントバンパーのチリチリ具合は見事な物でした。
セーフティウインドウが付き、3300ディーゼルでダブルタイヤでパワーステアリング付きという仕様から、昭和55年以降の初代末期のモデルでした。
全面を見回して、そういえば残っていというナンバーに目を向ければ8ナンバーの特殊車でした。
なんで特殊車なのだろうかと、写真でじっくりと見て気がついたのは助手席シートの形状で、デラックス車のものよりも立派で大きなものが据え付けられていて、その豪華さから連想できたのはキャンピングカーかな?というところでした。

コメント:管理人
【2014/12/28 17:48】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
鈴木B360の大冒険2012~2013(9)
コースター
コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースターハイルーフクーラー車

宮城県西部にて
2013年1月撮影

鈴木B360が奥方様のご実家にご帰省あそばれた折!に撮影されました、大変大変貴重な草ヒロの写真です。
それを管理人は長きにわたって塩漬けしてきましたが、東北地方で活動されていますどんぐりさんから宮城の草ヒロのお話をされましたので、ハッと思い出しましてご紹介をします。

長く漬けすぎて濃い味になる漬物とは異なり、だ~いぶ前に話と写真の受け取りをしたので記憶は薄くなっていますが、確か高速道路を走っていて見かけたという個体で、撮影箇所も隣県で米沢牛を頂いてから奥方様のご実家に向かう道中なので宮城県の某高速道路沿いだったと思います。
内陸ですが屋根はコンガリ雨樋は水が溜まってグサグサとそれなりに錆びています。
タイヤを脱ぎ捨てドッシリと構えたる物置(車)で、車内のヘッドレストまである大きな椅子は荷物スペースのために大半が外されていますが、休憩に使っていたのか車両左側に何列か残されています。

コメント:管理人
【2014/11/05 21:00】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
草ヒロ探検隊研修旅行より(21)
コースター
コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースター

長野県松本地域にて
2014年5月撮影

サニーバンの近所で、数年前に夜の国道からみおろしたマイクロバスの事を思い出し行ってみると、放ったらかしたにも関わらずマイクロバスの姿はしっかりとあり、夜闇の幻ではありませんでした。
しかしながら、遠い記憶ではシビリアンだと決めつけていた正体は、コースターでございました。

資材置き場の一画にガッチリと固められて佇み、車内は定番の物置となっています。
車体には元々の御役目の名残がしっかりと残りフォークリフト屋さんの送迎車であったのが伺え、資材置き場のヌシの自前のものではなく取引の縁あって流れてきたものでしょうか。

コメント:管理人
【2014/10/31 21:15】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
草ヒロ探検隊研修旅行より(10)
いすゞのマイクロバス
いすゞのマイクロバス
いすゞのマイクロバス

いすゞ自動車
いすゞBLD11?

長野県佐久地域にて
2014年5月撮影

安曇野の春から、桜が咲き始めたばかりの佐久地域の高原地帯へ、研修旅行の行程でも2日目の終了間際に一気に飛びます。
牧場の表面にハチマルがチラホラと見え、裏手に回れば近づけるかと向かえば、ぜんぜん違うものが居ました。
遠目で見たお顔から、ダイハツライトバスか!!と緊張が走りましたが、よ~く見るとフロントのセンターにはいすゞのマークが・・・。
初のダイハツライトバスとはなりませんでしたが、それでもこの1台クセモノでして、ボディーサイズはマイクロバスで違いなく、そこからいすゞのマイクロバスを思い浮かべてみるも、ピタリとコレだという1台が出てきません。

いすゞBLD11
いすゞBLD11

いすゞ自動車
いすゞBLD11

長野県塩尻峠にて
2006年3月撮影(撤去済み)

上記の固体に一番近いであろうと思われるのが、こちらのBLD11になります。
今はなき懐かしい1台の写真を引っ張り出してきました。

年式としては昭和39年から40年頃のもので、4灯となっているところ(前モデルのBLD10は2灯)、ヘッドライト上にあるマーカーに共通点を見いだせるところです。
しかし違う部分もあり、サイドを見ればプレスラインと側窓の天地のサイズなどは全く異なり、サイドドア横にサイドマーカーが装備されているなど、塩尻峠のBLD11と比べて佐久地域の個体では、各部の仕様がより高級なものになっている印象を受け、BLD11をベースにした注文車なのかな?という推測ができます。

コメント:管理人

2015年12月22日追記

80s岩手県のバス”その頃”管理人様より、この記事の個体について、渡辺自動車製のボディを架装したモデルにシルエットが近いのでは、という考察を頂きました。
渡辺自動車製のいすゞBLライトバスの写真は、ぽると出版の「私の知っているバス達 いすゞ自動車」の25ページにあり、草ヒロ探検隊の図書として本書を所有しているため確認をしました。
自動車ガイドブックでお馴染みの川崎航空機製ボディでは近似点が無かったのに対し、渡辺自動車製の個体は2灯モデルでこの記事の個体とは全く同じではないものの、シルエットは近いものがありました。
「私の知っているバス達 いすゞ自動車」によれば、渡辺自動車製ボディのBLライトバスは、当初からラインアップしたものではなく、モデル途中に追加されたとありました。
【2014/09/25 21:59】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
涼をもとめて高原へ(23)
ジャーニーL
エコー

広い敷地があって、廃車体に縁があれば取り敢えず物置にするとばかりに、高原のひと集落くらいの狭い場所に多くの草ヒロ物置がありました。
今日はその中からマイクロバスの2台です。

ジャーニーL

いすゞ自動車
いすゞ・ジャーニーL

群馬県にて
2014年7月撮影

農場の敷地に置かれたジャーニーL。
車内の座席は少数を残して取り払われて物置という風情ですが、向かいのコンテナにお株を奪われたのかガランとしています。
置いた当時は廃物の有効利用であったところが、階段を「乗り降り」をしないとならないマイクロバスの箱は、容量が多くても搬入口の狭さがネックになったと思え、ワイドな開口部が使い勝手良く手に入りやすいコンテナの台頭で、姿は留めているものの使われているのか分からないような個体が目立ちました。
2代目の前期型でも昭和55年~57年の自動車ガイドブックにみられるサイドラインのデザインで、それくらいの年式であると思われます。

エコー
エコー

日産自動車
ニッサン・エコー(C240系)

群馬県にて
リアビューは2012年8月に鈴木B360撮影、サイドビューは2014年7月撮影

管理人が特に贔屓にしていますニッサン・エコーに鈴木B360が案内してくれましたが、フロントは残念なことになっていました。
それで損傷したのを鉄板で丁寧に補修したのが見え、オーナーはエコーを直してでも使おうと重宝していたようです。
鈴木B360が撮影した2012年の様子と比べて、草の加減やパレットが雑然と置かれるなどの変化があったので、スッキリとていた古い写真の方でリアはご紹介しました。

コメント:管理人
【2014/09/07 22:28】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
涼をもとめて高原へ(18)
シビリアン
シビリアン

ニッサン・シビリアン(夏)

長野県にて
2014年7月撮影

シビリアン
シビリアン

ニッサン・シビリアン(冬)
長野県にて
2012年4月撮影

ジャングルの中を思わせるような夏の佇まいと、寒々しさしか感じられない冬の佇まい。
どちらも同じシビリアンのお姿です。
先に訪問した冬の佇まいからは想像できない彩りの中に居ました。

コメント:管理人
【2014/08/31 07:00】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
涼をもとめて高原へ(17)
レインボー

日野自動車工業
日野・レインボーBM320ライトバス(BM320T)

長野県にて
2014年7月撮影

またもサッカーグラウンドの傍らにマイクロバスの姿が・・・。
ひとつの高原に100を越える数のグラウンドを擁し、その数の多さからギネスブックに記録申請を行っているということですが、高確率でバスやマイクロバスにバンといった収容力のある箱モノの姿が見られるというのも、草ヒロ趣味の点から特筆したいところです。
その殆どがグラウンドを所有する宿泊施設の送迎車であったもので、そこに地元バス会社払い下げなどが加わったという具合で、探検隊が訪問をする前に多くの個体が消えましたが、果樹園や畑では見られないバス個体の一大集合地が形作られました。

レインボー

トラックのレンジャーをベースに、帝国のT型と金産のK型の2タイプのボディを架装した初代レインボー。
自動車ガイドブックでは2タイプ揃って紹介がされています。
こちらは帝国ボディは、直線美をフルに生かした「カットスタイル」と紹介されているとおりエッジが効いて張り出し感が半端なく、管理人的には顔のインパクトはマツダ・ライトバスに引けをとらないと思っています。
レインボーから一段高い道路より、並木を縫って俯瞰するように姿を捉えたため、全体像はハッキリとしませんでしたが、帝国レインボーの表情は堪能することができました。

コメント:管理人
【2014/08/30 20:18】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
涼をもとめて高原へ(8)
ニッサン・シビリアン

わらを満載した畑の草ヒロの定番のお姿。
合宿で賑わう高原には、スポーツ施設の傍らの物置だけではなく、高原野菜の畑の物置として活躍する草ヒロの姿も見られました。

ニッサン・シビリアン
ニッサン・シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアン(C341系改)

長野県にて
2014年7月撮影

遠くから見つけて、まず助手席下部のセーフティウインドウが目に付き、顔半分見えない状態だったのでコースターかなと近づいていくとシビリアンでした。
写真を撮り眺めながらリアへと回ると、まさかの観音開きドアが姿を現し、園児バス以外で後部ドアを見かけたことが無かったため、ライトバン仕様なのかと一瞬ざわめきたちました。
しかし、全身真っ白に塗り直された中にデラックスのバッチが残っていたため、客席座席にヘッドレストが付いた大型シートが車内に並ぶマイクロバスであると分かりました。
前歴は宿泊施設の送迎車だったであろうことは、高原の合宿地という立地からすぐに思いつきましたが、座席数を減らしてまで大きな後部ドアを持つ特装車を選ぶだろうかと考えてみると、冬になればスキー客で賑わうところなので、ハイルーフも相まって広い開口口は、スキー板を抱えたスキーヤーたちには便利だったことでしょう。
そして広い後部ドアは、現役時代だけではなく物置となった今も重宝している様子でした。

コメント:管理人
【2014/08/06 23:37】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
涼をもとめて高原へ(7)
シビリアン

シビリアンがパネルを背負っているようにも見える真正面からの1枚。
除草剤が使われているのか、周囲の草は枯れていて真夏らしくない感じにはなっていますが、グリル周りが隠れてしまっているため、以下2012年の春先に管理人が訪問した際の写真にてお送りします。

シビリアン
シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアン(C330系)

長野県にて
2012年4月撮影

道路から仰ぎ見るはサッカーグランドの脇に集結した、簡易トイレ、ペリカン便、そしてシビリアン。
下から見上げると城壁のような威容で、どう攻めても勝ち目がなさそうです。
そんな鉄壁の上のシビリアンは、さながらお殿様のように優雅に高原の風景を眺めつつ御役目を碼頭している様子です。
なお、シビリアンだけでは収納力が足らなかったのか、定番のパネルも並び万全の布陣となっています。

コメント:管理人
【2014/08/05 07:00】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
これは大自然だな。素晴らしい!by鈴木B360


高原に着きまして満喫をしています。
日差しは強いですが、風がさわやかで涼しいです。
【2014/07/28 14:29】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
奥の細道を行く(31)
ハイエースコミューター
ハイエースコミューター

廃車体街道を行くで紹介されましたハイエースコミューターです。
足元に栗が大量に落ちている木の下に佇んでいました。

ハイエースコミューター
ハイエースコミューター

トヨタ自動車工業
トヨタ・ハイエースコミューター(PH15B)

羽前の国にて
2014年4月撮影

フロントバンパーを弧の字にひん曲げて困り顔なハイエース。
現役時代は建設会社の送迎車で大活躍をした15人乗りのロングボディーは、窓ガラスの支えを失った部分が大きく潰れています。
前期顔でもバックライトと一体のテールと、プレート式のHIACEバッチから年式は昭和45年頃と推定でき、残っている定期点検シールは昭和52年なので10年も乗られること無くリタイヤです。

ハイエースコミューター

運転席の後ろに並んでいた座席は全て取り払われて物置として活用されていたようですが、今では降り積もった落ち葉から草が生えているくらいで、広い後室はガランとしていました。

ハイエースコミューター

ハンドルは外すのが面倒だったのかそのまま残っていましたが、ラジオはゴッソリと抜き取られて小動物でも入り込みそうな空洞になっていて、餌には困らない立地なのでリスくらいだったら住めそうです。

コメント:管理人
【2014/07/03 07:00】 | マイクロバス | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
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