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2019年6月29日~管理人の令和初物

エコー
エコー
エコー

日産自動車
ニッサン・エコー

年式:昭和45年MC~46年シビリアンへ
2019年6月29日撮影

北へと向かう新幹線の車窓から、今年の春に再発見していた日産のマイクロバス。
最初に見つけたのは5年以上も前の話だったので、もう無いものとばかり思っていましたが、まだありました。
それから3カ月が過ぎようとするタイミングで寄り道しての訪問となり、その間に撤去されず無事対面できました。
しっかりと捉えたフロントマスクからシビリアンとなる一歩手前の2代目エコーの最終型とわかりました。
池の畔に置かれ、車内すっきりとしているので、休憩用なのか雨宿り用の小屋として使われているorいたのでしょうか。
エコーやシビリアンによくみられるサビ方をしていて、原因は明らかに防水不備ですが、廃車後の長期にわたる耐久を求めるのは酷!で、サビが深いところなどはべろりと剥けてしまいそうです。

エコー

逆さ富士ならぬ逆さエコー。
ポンプが動いていて水流が常にあるため、綺麗な像とはなりませんが、趣があります。
エコーの右手奥には、ワンボックスが草に埋もれていました。

コメント:管理人

春から夏日和の長野にて2018(45)

日野レインボー
日野レインボー
日野レインボー

日野自動車工業
日野レインボーライトバス
(BM320T)
年式:昭和45年頃~昭和48年MC
長野県にて
2018年3月撮影

お昼をはさんで2台の初代レインボーを見つけましたが、どちらも頭を隠していました。
昨日紹介した路線バスの屋根の高い1台に対し、こちらはノーマルな1台。
元はホテルの送迎車で、昭和63年の整備点検のステッカーが残っていました。

日野レインボー

ノーマルな屋根のはずが、クローズアップして見ると何とも頼りない厚み。
小さなマーカーライトと同じ厚みしかありません。
残っている点検整備のステッカーとほとんど同じです。

日野レインボー

丸みが少しでもあると目立つくらいのエッジの効いているボディ。

日野レインボー

最後列の窓は五角形。
座席シートの角度に合わせてあるようですが、鉄板に覆われた部分の骨格が気になります。

日野レインボー

後部窓はボートの舳先のように張り出していて、バンパーの位置くらいまで飛び出しています。
最後列のシートが近いため、こうでもしないと頭の位置が窮屈だったのでしょう。
丸みを持たせての「逃げ」がないだけに、直線だけでよく形作っていると感心です。

コメント:管理人

春から夏日和の長野にて2018(44)

レインボー
レインボー

日野自動車工業
日野レインボーライトバス
(BM320T)
年式:昭和48年MC~51年FMC
長野県にて
2018年3月撮影

丸っこい金産自動車工業と、角ばった帝国自動車工業の、フォルムの違う2タイプから選べる初代レインボー。
その中から角ばったタイプでも、屋根が妙に高い個体を幹線道路を走っているときに見つけました。
以前、同型の別個体を紹介した際に、元は路線バスだった個体と教示いただいていたので、今回はその知識をもとに観察をしてみると、50208といった社番や、ドア横のプレート受けなど、路線バスをうかがわせる部分を確認することができました。
車内にはパレットが整然と積まれて置かれており、通常よりも高い背を十二分に生かした物置生活を送っているようです。
車体中央にワイヤーで吊った跡があり、よく見るとタイヤは外されて置いてあるようです。

コメント:管理人

レインボー

日野レインボー
長野県にて
2008年5月撮影
社番は50209と推定

春の箱祭り探索in長野(12)

レインボーAM

広大な開拓地を横断中、寄る辺ないところには草ヒロの気配は全くなく大地が続きます。
などと、さも北海道にでも行ってきたかのような物言いですが、神奈川比で雄大な長野の話です。
とにもかくにも、ポツンと1台のように置かれているものが無いため、探すのに見るべきところが限られやや単調となってきたところに、脇道にエンコしたように止まっているマイクロバスを見つけました。

レインボーAM
レインボーAM
レインボーAM

日野自動車工業
日野レインボー
(K-AM101)
年式:昭和55年MC~58年MC
長野県にて
2019年3月撮影

草ヒロではなかなか見かけないハチマルのマイクロバス。
もとは昭和51年に登場したレインボーAM100で1970年代からのモデルですが、こちらは膨らんだ前方屋根から、昭和55年MC登場の冷房を搭載したデラックス観光仕様モデルとわかりました。
屋根の膨らんだ部分の前方は明かり取りの窓になっていて、管理人が小学生の頃にお世話になった観光バスなどでよくみたスタイルなので懐かしくなりました。
このレインボーは、道のわきの崖の際に置いてあるもので、地盤がよろしくないようで崖に向かって傾いていて、エンコしているように見えた元です。
点検整備の丸ステッカーは平成9年と判読できるものが残っていました。

コメント:管理人

春の箱祭り探索in長野(5)

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草ヒロを見つける法則として、1台見たら周囲を探せば次が続いてくるということがあります。
廃車体を物置として置く風習には、偉大な先駆者が居て、それをマネて大集団を形成することさえあります。
この初代エコーのきっかけは藪の中のキャラバンかホーミーでしたが、芋づるの掘り出す先に大物がいたため戻らず未撮影です。
続いてニッサンなセダン1台があって、この写真の2代目ハイエースと660な軽トラです。

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー
ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC141)
年式:昭和40年MC~41年FMC
長野県にて
2019年3月撮影

まだ冬の装いの雑木林のなかに、抱かれていたのは初代エコーでした。
特徴的なライトグリーンのカラーで、姿を遠望するなりすぐに初代エコー!と分かりました。
木々に葉が付くころには、エコーは姿を隠してしまい、見つけることはできなかったことでしょう。
海から遠く離れ潮風が届かず、廃車体のコンディションが良く聖地と言われる長野にあっても、ここまで完璧な1960年代の個体はやたらとあるものではありません。
特に構造的には弱点も多いマイクロバスにあっては、サビやすいポイントがいくつもある中で、磨けば綺麗になると言えるくらいのコンディションを保っている本個体はパーフェクトと言っても過言ではありません。

ニッサン・エコー

Echoのエンブレムの下にある1900はH型ガソリンエンジンの排気量を示しています。

ニッサン・エコー

フロントは北側を向いているためステッカーの保存状態が良好です。
ここまではっきりと判読できる昭和48年のステッカーには驚きです。

ニッサン・エコー

リアに転ずると、こちらは日当たりが良くステッカーの劣化が進んでいますが、まだ判読できます。
丸ステッカーのNISSAN MICRO BUSというシールは初見です。
色褪せる前の物を見る機会に、これから恵まれるでしょうか。

ニッサン・エコー

強度を持たせるための加工である波状のコルゲートは、初代エコーのチャームポイントのひとつと言えるでしょう。
もっとも、初代エコーでも初期のモデルでは、このコルゲートが無かったのですが。

ニッサン・エコー

リアウインドウの中央上には、NHKの受信章が貼られていました。
フロントの屋根上にはラジオアンテナがあり、ラジオ受信の契約をしていたようです。
ちなみにこの個体、公共団体が元所有のようですから、きっちりとしていたのでしょう。

コメント:管理人


草ヒロ探検隊~平成をしめくくる長野旅行から(1)

ニッサン・エコー

「もう少しで左折です。」の管理人の掛け声に、すぐ反応し車を脇道に入れた鈴木B360。
一本手前で曲がってしまうも、先で何とでもなると、さほど広くもない道を流していくと、鈴木が叫びます。
「初代エコーだ!」
事故して何かにぶつかったくらいに、瞬間最大風速的な大音声でした。
事故でなくてホッとしたはずが、心臓が若干ドキドキしていたのは、鈴木B360の叫びだけではなく、確かに初代エコーが居たからです。

ニッサン・エコー

妙な話ですが、探検隊の活動初期の2000年代に比べて、草ヒロの撤去が進んだ2010年代の方が初代エコーとの遭遇率がダントツに多いです。
これからブログでも紹介をしていきますが、2019年はこの1台を以て2カ月連続初代エコー祭りとなりました。
普段の探索をしてエコーと言えばGC240系の2代目エコーのことであり、「2代目」などと呼ばないのですが、ここ最近はエコーを区別するまでに出会えています。

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GQC141)
年式:昭和40年MC~41年FMC
長野県にて
2019年4月撮影

こちらの初代エコー、法面に向かって顔を突っ込んでいて、周りに木が生い茂っています。
今のベストシーズンだからこそ発見できたもので、ストリートビューでは全面緑に覆われてしまって隠れています。
横にあるプレハブも荒れ気味で、ドア周りもすっきりしていないので、今は使われていない様子です。

コメント:管理人

春の箱祭り探索in長野(3)

ローザ
ローザ
ローザ
ローザ

三菱重工業
ローザ
(B22D)
年式:昭和39年モデル追加~43年MC
長野県にて
2019年3月撮影

鎮座という表現がピタリな1台。
道路へと再び戻るようにクィっと少し切られたタイヤは、そのほとんどを土の中に埋めていて、長く留め置かれているのが伺えます。
今までは、だるまローザこと初代ローザに縁があるようで無かった探検隊でした。
山梨で見つけた個体は、右半身を緑に塗られて養魚場にいたもので、これはリアしか望むことができませんでしたが、今回完璧と言える状態で姿を拝見することができました。
フロントから見て、下膨れしたずんぐりとしたナリは、「だるま」の愛称を得たのが納得のフォルムで、赤な色合いもそのイメージを強くしています。
全体的にかわいい形をしていて、ルーフが蓋のように開け閉めできるおしゃれな小物入れみたいにも見えます。
いつまで現役だったのか、空になったフロント上の方向幕など、現役時代を伺うものは見つけられませんでしたが、車内に残されているカーテンが当時の良い雰囲気を残しています。

ローザ

雨どい、窓、一体感のあるバンパーなど、見れば見るほどに洗練されたデザインを感じます。

コメント:管理人

春から夏日和の長野にて2018(26)

トヨペットマイクロバス
トヨペットマイクロバス
トヨペットマイクロバス

トヨタ自動車工業
トヨペットマイクロバス

長野県にて
2018年3月撮影

南の方でご新規のライトバスを見つけている一方で、北のほうで再々・・訪問の1台。
探索が思いのほか捗って、夕暮れに間に合うかビミョーでしたが、なんとか到着。
夕日をいっぱいに浴びて、サビを際立たせているサイドビューを眺められたので、大満足のタイミングでした。

コメント:管理人

春から夏日和の長野にて2018(25)

トヨタライトバス

トヨタ自動車工業
トヨタライトバス

年式:昭和42年MC~44年FMC
長野県にて
2018年3月撮影

幹線道路を走っていて助手席側に見つけた、きれいなきれいなトヨタライトバス。
ちょいとサビは乗っていますが、長野の草ヒロを最大限に褒め称える「長野コンディション」という言葉が似合う1台です。
庭先で物置となっているようで、風通しのため窓が一部開いているのが見えて、まだまだ現役でご活躍のようす。
文頭でふれた助手席側というのは、10年以上前に通った時に、管理人が目を光らせていた側だということの白状なのですが、大きな切り株がライトバスの前にあったり、時期が9月だったから、当時はすっかり隠れていたのでしょうと言い逃れしてみます。

コメント:管理人

いすゞライトバス

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いすゞプラザで1/43のジャーニーのミニカーを拝見して、草ヒロでは久しくお会いしていないと気づいてしまいました。
ちょいと前までは、いすゞプラザからほど近いところにもいらっしゃったのですが・・・。
ミニカーのほうは、お目目がちょっと小さいような気が・・・。

コメント:管理人

ライトバスジャーニー~2006年8月撮影

国鉄の廃線跡が道路になった場所を走っているときに相次いで見かけたライトバスジャーニー。
撮影はいずれも2006年8月と、10年以上も昔になります。
昭和40年代に役目を終えた鉄路は、かつてはSLがけん引する貨物列車や、ディーゼルカーの旅客列車が行き交っていました。
その終点までの大部分が道路に転用されています。


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こちらは国道に面した整備工場の裏手にへばりついていた1台目のライトバス。
顔を突き出している先が崖で、下には川が流れているという崖っぷちにあり、廃線跡の橋から撮影しました。
だいぶ足元がえぐられていますが、ゴロンとしていなければ撤去も難しい場所なので、もしかすると現存するかもしれません。

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もう1台は木の下で苔だらけの姿で物置になっていた教習所の送迎車だった個体。
昼間だというのにオバケが出てきそうな鬱蒼とした雰囲気がしていました。
開いたままのドアから見える暗い車内が正直怖い。
同じ日の数分のあいだに相次いで見た2台でした。

コメント:管理人

梅雨明けの甲信地方にて(7)

エコー
エコー
エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC240)
年式:昭和41年FMC~43年MC
2018年7月撮影

昨日紹介をしたエコーから走ること数分、道路下に見知らぬ青白のマイクロバスがちらりと見え、にエコーと即断した管理人です。
しかしながら、小一時間後にまた戻ってくると走り過ぎて、答え合わせを後回しにすると、ご新規さんに舞い上がって「本当にエコーだったのか?」と気がかりになるものです。
結局のところ2時間後に戻ってきて行ってみると、ちゃんとエコーでした。
外装は一部のモールが落ちていたものの、サビは薄っすらとしていて、モールのところを境にベロリと剥がれ落ちることが多いサイドのパネルもしっかりとしていました。
ただ車内は屋根の断熱材にネズミが住んでいるようで天井が大荒れでした。

エコー

青空と白い雲色のエコーの窓が、青空に浮かぶ白い雲を映しこんでいました。
夏ならではのノスタルジックな雰囲気がとても良いですね。

コメント:管理人

梅雨明けの甲信地方にて(6)

エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC240)
年式:昭和41年FMC~43年MC
2018年7月撮影

広い畑の奥に置かれた物置エコーを夏に初めて訪問しました。
青々としたレタスが畑一面を覆い、カラマツの木々も緑を湛えていて爽やかな風景です。

エコー
エコー

エコーに寄りかかり倒れていたトイレが離れてキチンと建っていました。
トイレがゴッチンコしていたフロントガラスのところは何やら派手に壊れているようで、左右分割ガラスの片方が無いような感じになっています。

コメント:管理人

羽前の国クラウンツアー旅行2018(12)

シビリアン
シビリアン
シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアンショートボデー

年式:昭和46年~51年
山形県にて
2018年4月撮影

コマーシャルカラーをまとった崩壊しかけのマイクロバスを山道の下りで見つけ、しばらく下った先で引き返してきてアクセスしました。
近くまで行ってみると、道路から見えた左後方からのビューとはまるで別物くらいに、右側は割と原形を保っていて、これは意外でした。
テールライトからフロントマスクを確認してシビリアンだったので、コンディションから期待していたエコーではなく少々残念。

シビリアン

車体の上下を赤と黒で塗り分けされていて、これは車体に表記のあるYSP(ヤマハスポーツプラザ)のシンボルカラーのようです。
車内は運転席シートがあるだけで床面がフラットになっています。
物置になったさいに座席シートを撤去したのかは定かではありませんが、元所有がバイクショップだったことと、車体後方の観音開きのドアと合わせて考えると、もとから座席シートは無く、バイクの運搬などに使われていたのかもしれません。

コメント:管理人

午前5時の定期便


ライトコーチ
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A型ライトバス
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トヨペットマイクロバス
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トヨタライトバス

善光寺平から北へ草ヒロ探訪300km(28)順変

マツダライトバスC型
マツダライトバスC型
マツダライトバスC型

東洋工業
マツダライトバスC型

年式:昭和41年登場~47年パークウェイへ
長野県にて
2017年11月撮影

A型を出しましたので、対になるC型にお出でいただきました。
こちらのC型、とある山にありまして、趣味人の方に「もっと上にC型がいるんだけれど・・・」という話を伺って4年、やっとこさ訪問の機会を得ました。
拝見していた写真では草も無い乾いた土地にあったのですが、訪問をしてみると枯れ草の海にぷかりと浮いていました。
枯れ草が水けを含んでジトジトしていて、車体には薄っすらと苔がむしていてサビに悪そうです。
リアに観音開きの大きなドアを持ち、幼児仕様車D型を思わせるスタイルですが、残念ながらD型ではありません。

マツダライトバスC型

黒く塗りつぶされたところには赤十字のマークが見えたからです。
もとは献血車だったのでしょうか。

コメント:管理人


春から夏日和の長野にて2018(9)



窓のさんに苔が溢れんばかりに生えています。

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視界良好なコックピット。
助手席は特等席です。

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前面の展望とくらべて、そのほかのシート群は至ってフツーです。
車内から見た感じでは、サイドガラスの天地寸法がもう少し大きければ、こちらも開放感に抜群だったことでしょう。

マツダライトバス
マツダライトバス
マツダライトバス
マツダライトバス

東洋工業
マツダライトバスA型

年式:昭和40年登場~47年パークウェイへ
長野県にて
2018年3月撮影

奇抜な外観から、宇宙船と呼ばれることもあるマツダのA型ライトバス。
その呼び名を借りれば、「宇宙船の不時着現場」を発見しました。

マツダライトバス
マツダライトバス

こちらのマツダライトバス、山間集落の広場に置かれていて、車体には集落の持ち物であったことを伺わせる名前が記されていました。
人口減少のためか広場は荒れ気味で、防災無線が設置されているため人の通り道は確保されていました。
小屋が代わりのライトバスのほかに、仮設トイレも置かれていましたが、そちらも使われなくなって久しい様子でした。

コメント:管理人

羽前の国クラウンツアー旅行2018(1)

ニッサンプリンスライトコーチ

ツアー前日の管理人おひとり下見編より。Eが落ちたプリンス。
アクセス道路は2代目クラウンで行くのに問題なし!
しかし、ツアーで立ち寄るには長距離移動が必要だったため泣く泣く次回開催へ。

ニッサンプリンスライトコーチ
ニッサンプリンスライトコーチ
ニッサンプリンスライトコーチ

日産自動車
ニッサンプリンス・ライトコーチ
(B657B-2改)
年式:昭和43年MC~
山形県にて
2018年4月撮影

フロントからの写真だけでも頭の上にスピーカーを載せていて普通じゃないと分かるところ。
サイドやリアビューで、型式の(改)の字がダテではないことがよくよく分かります。

ニッサンプリンスライトコーチ

乗降口が引き違いの小窓1枚分前に移動していて、屋根はそこからハイルーフなっています。
乗降口から後は、車内に仕切りがあって、そのスペースの分だけ窓が少しずれて配置されています。
移動スーパーやイベント車などを想像させ、注目したのは車体右側後部の屋根ある換気口と、車内をふたつに完全に分ける仕切りです。
これらの装備からキッチンカーだったのでは?という推測ができます。(換気と仕切りはキッチンカーの仕様として定められています。)

ニッサンプリンスライトコーチ

乗降口ドアが外れて落ちていたので、ステップにあるプレートを確認できました。
流麗なプリンスの文字はあっても、プリンス時代のエンジンからニッサンのH20エンジンに載せ替えられいて、一番下には日産自動車とあり、プリンスと日産の合併後のモデルです。
(大きくトリミングし車台番号部分一部修整)

ニッサンプリンスライトコーチ
ニッサンプリンスライトコーチ

春から夏日和の長野にて2018(5)

コースター
コースター
コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースターディーゼルデラックス

年式:昭和52年MC~57年FMC
長野県にて
2018年3月撮影

山のミゼットの荷箱よりちょいと上った先には、農業倉庫のかたわらに佇む初代コースターが居ました。
アクセス路は狭い農道だったので、慎重を期して歩いて見に行きましたが、考えてみるとこのコースターが走っているので憶することはないはずで、冷静に判断したようでいて大前提が忘れ去られています。

コースター
コースター
コースター

点検整備ステッカーには平成5年4月とありました。
朝日に照らされて白飛びするように見えたボディも、よく見ると結構お疲れでペンキで補修してあります。
後日ストリートビューで復習すると、山の下にこの幼児バスを持っていた保育園を見つけることができ、コースターの後は3代目ローザが後を引き継ぎ、さらに最近はコースターに更新されたのが確認できました。

コメント:管理人

北の台地への旅(23)

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GC141)
年式:昭和38年MC~39年MC
群馬県にて
2017年3月撮影

今日でマイクロバスばかりの日々に区切りです。
今年の春に群馬を1日ぷらぷらして、ニッサンエコーを2代目と初代で2台ずつ、締めて4台見てきました。
その中でも希少さ、ロケーション、保存状態、すべてにおいて文句なしの1台がこちらです。
風雪に何十年もさらされてきて深そうなサビは各所にありますが、ボディ上から下へと配された白・赤・青のトリコロールの色合いは50年経ったものとは思えません。
日産車体の社史によれば、販売台数は昭和38年が1,059台、39年で1,902台、合わせても3,000台という数で、よくぞ残ったとしか言いようがありません。
当時のエコーには、すでにディーゼルエンジン(SD22型2164cc)がありますが、こちらの個体は、左ヘッドライトの上にECHOのエンブレムとともに1900というバッチから、1883ccのH型ガソリンエンジン搭載車と分かります。

コメント:管理人

北の台地への旅(22)

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GC240N)
年式:昭和41年FMC~43年MC
群馬県にて
2017年3月撮影

落書きされた2代目エコーから段々を上っていくともう1台。
車で移動すること3分くらいでエコーをハシゴしてしまう幸せ。
乗降口までのスライド窓1枚分が抜けた短尺車で、後輪はシングルタイヤ、テールライトは小ぶりでMCで大型化される前のモデルになります。
おでこのプレートには誇らしげに群馬県とあり残っています。
取り外しが効くパーツのようで、個体によってはサッパリ無くなっているものも居たり、書いてある名称によっては修整することもあり、なかなか魅力を紹介しにくい部分ですが、群馬県は特に隠す必要がないでしょう。

コメント:管理人

北の台地への旅(21)

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日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC240)
年式:昭和41年FMC~45年MC
群馬県にて
2017年3月撮影

鈴木B360がだーいぶ前に高速道路走行中に見たというマイクロバス。
どこのインターの間で見たのか曖昧でしたが、走っていた区間の距離感や段々畑になっている場所という記憶と合致したのがこちら。
マイクロバスが確かに有って、それが2代目エコーだったまでは良かったのですが、写真ご覧の通りの有り様でした。
車窓から見える場所にある看板のよう、目線が及ぶ場所にデカデカと描かれてしまっています。
繁華街でもなく界隈に他の落書き一切無いような場所なのですが、高速道路から見える目立つ場所のため餌食になったようです。

コメント:管理人

秋のノーカウントな山梨(2)



日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC240)
年式:昭和45年MC~46年シビリアンに改名MC
神奈川県の山間部にて
2017年11月撮影

甲府盆地へ出かけようと朝7時過ぎに出発したのに、10時半の時点でまだ神奈川県内。
道中各所で大渋滞につかまり、やけっぱちになっての県内で寄り道ではないのですが、付近の所用ついでに2代目エコーを眺めていました。
この後は順調に進み12時ちょうどに甲府盆地に到着しました。


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左にハンドルを切りながらもう少し前に行けそうなものですが、家の間をすり抜けてリアが抜けきった時のままに止まっています。
バックして出すことを考えていたかのような場所で、物置として落ち着くには中途半端です感じました。

コメント:管理人

彩の国から甲斐の国へ(7)&秋のノーカウントな山梨(1)

コースター
コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースターデラックス

年式:昭和47年MC~昭和52年MC
山梨県にて
2017年8月撮影

コースター
コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースターデラックス

年式:昭和47年MC~昭和52年MC
山梨県にて
2017年11月撮影

夏と冬から1台ずつ初代コースター。
出かける度に初代コースターに出会い、2017年はコースターにも恵まれた1年でありました。
本日紹介をする2台は、ともに山梨、石垣の上に鎮座、グレードはデラックスです。
そして2台そろってフロントを欠いています。
夏のコースターは温泉旅館の送迎車で、旅館からほど近い駐車場の奥で隠居し物置になっています。
写真では修整をした旅館名からホームページを拝見し、自動車整備工場を目印にいらっしゃいとの案内に、ストリートビューで訪れると近くにミゼットが草ヒロしていました。
冬のコースターは新しい道ができたおかげでお会いした1台で、資材置き場で物置になっている定番の姿でした。
お顔は破れたブルーシートを被り怖かったので写真を撮り損ねました。

コメント:管理人

北の台地への旅(20)

コースター
コースター
コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースター

年式:昭和47年MC~昭和52年MC
群馬県にて
2017年3月撮影

りんご園の物置として佇む初代コースター。
ルーフをすっぽりと覆うレザートップ風なテント生地が目を引きます。
ガラスから下のボディはサビ止めペイントされていますが、塗ってから年月が経っていて落ちかかっています。
見えた範囲でサビが酷そうなのは出入り口ステップ周りくらいでして、サビ止めで化粧直ししたのは覆われたルーフのサビが目立ったためかと思われます。それを表すかのようにピラーにはサビが垂れた跡が見られます。
この個体で感心したのは、ルーフを覆うテント生地がブルーシートで覆うよりも確実かつ効果あるもので、破れて荒れ果てることなく良く屋根を守っています。
レザートップのように張り方を洗練すればカスタムとしてあって良さそうなものです。

コメント:管理人

羽前の国ツアー2017(16)

パークウェイ26
パークウェイ26
パークウェイ26

東洋工業
パークウェイ26ハイルーフ
(K-WVLSF)
年式:昭和57年FMC~59年MC
山形県にて
2017年3月撮影

日野の観光バス、トヨタのかわいいバンときて、3台目はマツダのマイクロバスです。
パークウェイの正面には農業用の大きな溜め池があり、困ったことに柵が一切なく撮影に夢中になるとドボンと落ちる仕様になっていました。
3台の中で年式的にはミニエースが先陣を切って置かれ、それにならいバス、パークウェイと続いたのかなと想像できます。
今はもうOEMモデルも無く完全にマイクロバスから撤退をしてしまったマツダですが、昭和35年にD1500をベースにしてマイクロバス離れした風貌のモデルを投入したのにはじまり、昭和40年代にはA型やC型ライトバスで花開き、パークウェイの名を授かった後にはロータリーエンジン搭載した異色の1台など、各時代に話題に事欠きません。
2代目パークウェイとなると、トラックのタイタンそのまま顔の風貌に落ち着くも、車体全体のフォルムは他社と一線を画し一目でわかるものでしたが、最後のモデルとなり撤退をしてしまいました。

コメント:管理人

近いのに縁遠い神奈川の草ヒロ(1)

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC240)
年式:昭和45年MC~46年シビリアンに改名MC
神奈川県の山間部にて
2017年9月撮影

車体中央のドアに向かって草が「乗ります!乗ります!乗せて!」と押し寄せ、車内も大変なことになってしまった2代目エコーの物置です。
家と家の間の「L字」の行き止まりの土地に前進していって留め置かれていて、前輪はこの場所に落ち着いたとき切られていたままに固まっています。L字の先端は一段高い道路なので、このように見下ろすことができます。
オデコに誇らしげに掲げられた横浜輸送とは、日産の子会社だったバンテックのかつての社名で、日産の一大拠点であった座間の地名も見られるなど、エコーが働いていた場所をうかがうことができます。

このエコーの写真を撮影してきたのは鈴木B360です。
昨年に観光バスの車中から姿を見つけて以来、何回か写真を撮影してきてくれていて、昨日あ歩いて行ってきてくれました。
機会があれば探検隊の旅行で寄り道しようと考えていたものの、山梨、長野、群馬へと出かけていこうという前に、神奈川で1時間を取られるのは痛く、便利になった高速道路でスルーし続けて、近いのに縁遠い存在でした。
神奈川にも草ヒロが相当数あるのは知っていても、一日休みができると外へ外へと出ていくもので、神奈川を一日満喫しようとすることはもったいなくてできない探検隊です。

写真撮影:鈴木B360
コメント:管理人

北の台地への旅(14)

ライトバスジャーニー

いすゞ自動車
いすゞ・ライトバス/いすゞ・ライトバスジャーニーM

年式:昭和41年登場~47年MC
群馬県にて
2017年3月撮影

先日のジャーニーSに対して、こちらはジャーニーMです。
サブネームのアルファベットに「L」「K」「Q」とファミリーを増やしていき、Lこそマイクロバスですが、KとQは中型バスになります。
他にもファミリーが居りますが、草ヒロでのなじみが薄いので割愛します!
マイクロバスで、Sが15人乗り、Mが25人乗り、Lは29人乗りと、これだけに限ればサイズ感が分かりやすく名付けられていました。
こちらのジャーニーを見つけたのは台地の上をめぐっていたときで、杉林の中にひっそりと佇んでいました。
傍らには伐採された木々が並び、右前には新しい切り株があるため、隠れていたのが出てきたという感じです。
ボディー全身がみどり色に塗られ、さらに屋根やガラス部分を覆うシートまでみどり色で、まさに保護色という装いです。
グリルがなくてイマイチ締まりのない顔をしていて、近くに行けないかと道を探してみましたが杉林の裏手に出たのみで、遠くから眺めたのみなのも残念でしたが、無駄足には終わらずにちゃっかりお駄賃をいただいていたりします。

コメント:管理人

羽前の国ツアー2017(13)

ジャーニーS
ジャーニーS
ジャーニーS

いすゞ自動車
いすゞ・ライトバス ジャーニーS
(KA50B/KA51B)
年式:昭和45年登場~51FMC
山形県にて
2017年4月撮影

国道をおとなしく走っていたら、うっとりとする後姿の箱を見つけてわき道にそれました。
ファーストインプレッション的な写真はありませんので、3枚目の後姿の写真から80メートルくらい引きにしたイメージでお考え下さい。
遠目でも分かるひかえめなテールライトなどがそれなりの年式を約束してくれていて、ルートバンかな?マイクロバスかな?、どんな顔をしているのかな?と期待を大きく大きく膨らませる間もなく、あっという間にアクセス完了です。
国道から丸見えなのに加え道路に面した好立地、まだこんな一等地に草ヒロが居るものです。
お顔拝見して2代目エルフがベースのモデルと、見まわしてルートバンではなく15人乗りのマイクロバスであること分かりました。
エルフには初代と2代目にTL系をベースにマイクロバスモデルが存在し、こちらは2代目でも昭和45年モデルチェンジ以降のエルフ150のガソリン車をベースにしています。
もう一歩踏み込んでライトエルフにおいでいただきたいところでしたが、マイクロバスでは少数派の15人乗りクラスを間近で拝見することができたのですから、欲深くなってはいけません。

ジャーニーS

左側面は立地の関係から写真はありません。
(自動車ガイドブックの1970から1975までで左側写真で紹介されています。)
代わりに車内のドア部分の写真があります。
ドアの幅が小さいと感じるのとともに、分かり易いドアノブが付いています。
ボタンを押すとドアが開閉する今のワゴン車とは隔世の感がある実に直感的な部品です。
ルートバンはスライドドアでしたが、マイクロバスは片開きドアになっていて、同時期の15人乗りモデルはハイエースもホーミーもダイハツも片開ドアです。

コメント:管理人

プロフィール

草ヒロ探検隊

Author:草ヒロ探検隊
  
  鈴木B360(左)
   草ヒロ趣味歴20年以上
   運転担当/草ヒロ鑑定

  管理人(右)
   草ヒロ趣味歴10年以上
   助手席でナビ担当
   写真撮影・ブログ管理人

  本部:神奈川県M半島中部
  探検隊設立:2006年3月
  ブログ開設 :2007年6月1日

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