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いすゞライトバス

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いすゞプラザで1/43のジャーニーのミニカーを拝見して、草ヒロでは久しくお会いしていないと気づいてしまいました。
ちょいと前までは、いすゞプラザからほど近いところにもいらっしゃったのですが・・・。
ミニカーのほうは、お目目がちょっと小さいような気が・・・。

コメント:管理人

ライトバスジャーニー~2006年8月撮影

国鉄の廃線跡が道路になった場所を走っているときに相次いで見かけたライトバスジャーニー。
撮影はいずれも2006年8月と、10年以上も昔になります。
昭和40年代に役目を終えた鉄路は、かつてはSLがけん引する貨物列車や、ディーゼルカーの旅客列車が行き交っていました。
その終点までの大部分が道路に転用されています。


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こちらは国道に面した整備工場の裏手にへばりついていた1台目のライトバス。
顔を突き出している先が崖で、下には川が流れているという崖っぷちにあり、廃線跡の橋から撮影しました。
だいぶ足元がえぐられていますが、ゴロンとしていなければ撤去も難しい場所なので、もしかすると現存するかもしれません。

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もう1台は木の下で苔だらけの姿で物置になっていた教習所の送迎車だった個体。
昼間だというのにオバケが出てきそうな鬱蒼とした雰囲気がしていました。
開いたままのドアから見える暗い車内が正直怖い。
同じ日の数分のあいだに相次いで見た2台でした。

コメント:管理人

梅雨明けの甲信地方にて(7)

エコー
エコー
エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC240)
年式:昭和41年FMC~43年MC
2018年7月撮影

昨日紹介をしたエコーから走ること数分、道路下に見知らぬ青白のマイクロバスがちらりと見え、にエコーと即断した管理人です。
しかしながら、小一時間後にまた戻ってくると走り過ぎて、答え合わせを後回しにすると、ご新規さんに舞い上がって「本当にエコーだったのか?」と気がかりになるものです。
結局のところ2時間後に戻ってきて行ってみると、ちゃんとエコーでした。
外装は一部のモールが落ちていたものの、サビは薄っすらとしていて、モールのところを境にベロリと剥がれ落ちることが多いサイドのパネルもしっかりとしていました。
ただ車内は屋根の断熱材にネズミが住んでいるようで天井が大荒れでした。

エコー

青空と白い雲色のエコーの窓が、青空に浮かぶ白い雲を映しこんでいました。
夏ならではのノスタルジックな雰囲気がとても良いですね。

コメント:管理人

梅雨明けの甲信地方にて(6)

エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC240)
年式:昭和41年FMC~43年MC
2018年7月撮影

広い畑の奥に置かれた物置エコーを夏に初めて訪問しました。
青々としたレタスが畑一面を覆い、カラマツの木々も緑を湛えていて爽やかな風景です。

エコー
エコー

エコーに寄りかかり倒れていたトイレが離れてキチンと建っていました。
トイレがゴッチンコしていたフロントガラスのところは何やら派手に壊れているようで、左右分割ガラスの片方が無いような感じになっています。

コメント:管理人

羽前の国クラウンツアー旅行2018(12)

シビリアン
シビリアン
シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアンショートボデー

年式:昭和46年~51年
山形県にて
2018年4月撮影

コマーシャルカラーをまとった崩壊しかけのマイクロバスを山道の下りで見つけ、しばらく下った先で引き返してきてアクセスしました。
近くまで行ってみると、道路から見えた左後方からのビューとはまるで別物くらいに、右側は割と原形を保っていて、これは意外でした。
テールライトからフロントマスクを確認してシビリアンだったので、コンディションから期待していたエコーではなく少々残念。

シビリアン

車体の上下を赤と黒で塗り分けされていて、これは車体に表記のあるYSP(ヤマハスポーツプラザ)のシンボルカラーのようです。
車内は運転席シートがあるだけで床面がフラットになっています。
物置になったさいに座席シートを撤去したのかは定かではありませんが、元所有がバイクショップだったことと、車体後方の観音開きのドアと合わせて考えると、もとから座席シートは無く、バイクの運搬などに使われていたのかもしれません。

コメント:管理人

午前5時の定期便


ライトコーチ
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A型ライトバス
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トヨペットマイクロバス
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トヨタライトバス

善光寺平から北へ草ヒロ探訪300km(28)順変

マツダライトバスC型
マツダライトバスC型
マツダライトバスC型

東洋工業
マツダライトバスC型

年式:昭和41年登場~47年パークウェイへ
長野県にて
2017年11月撮影

A型を出しましたので、対になるC型にお出でいただきました。
こちらのC型、とある山にありまして、趣味人の方に「もっと上にC型がいるんだけれど・・・」という話を伺って4年、やっとこさ訪問の機会を得ました。
拝見していた写真では草も無い乾いた土地にあったのですが、訪問をしてみると枯れ草の海にぷかりと浮いていました。
枯れ草が水けを含んでジトジトしていて、車体には薄っすらと苔がむしていてサビに悪そうです。
リアに観音開きの大きなドアを持ち、幼児仕様車D型を思わせるスタイルですが、残念ながらD型ではありません。

マツダライトバスC型

黒く塗りつぶされたところには赤十字のマークが見えたからです。
もとは献血車だったのでしょうか。

コメント:管理人


春から夏日和の長野にて2018(9)



窓のさんに苔が溢れんばかりに生えています。

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視界良好なコックピット。
助手席は特等席です。

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前面の展望とくらべて、そのほかのシート群は至ってフツーです。
車内から見た感じでは、サイドガラスの天地寸法がもう少し大きければ、こちらも開放感に抜群だったことでしょう。

マツダライトバス
マツダライトバス
マツダライトバス
マツダライトバス

東洋工業
マツダライトバスA型

年式:昭和40年登場~47年パークウェイへ
長野県にて
2018年3月撮影

奇抜な外観から、宇宙船と呼ばれることもあるマツダのA型ライトバス。
その呼び名を借りれば、「宇宙船の不時着現場」を発見しました。

マツダライトバス
マツダライトバス

こちらのマツダライトバス、山間集落の広場に置かれていて、車体には集落の持ち物であったことを伺わせる名前が記されていました。
人口減少のためか広場は荒れ気味で、防災無線が設置されているため人の通り道は確保されていました。
小屋が代わりのライトバスのほかに、仮設トイレも置かれていましたが、そちらも使われなくなって久しい様子でした。

コメント:管理人

羽前の国クラウンツアー旅行2018(1)

ニッサンプリンスライトコーチ

ツアー前日の管理人おひとり下見編より。Eが落ちたプリンス。
アクセス道路は2代目クラウンで行くのに問題なし!
しかし、ツアーで立ち寄るには長距離移動が必要だったため泣く泣く次回開催へ。

ニッサンプリンスライトコーチ
ニッサンプリンスライトコーチ
ニッサンプリンスライトコーチ

日産自動車
ニッサンプリンス・ライトコーチ
(B657B-2改)
年式:昭和43年MC~
山形県にて
2018年4月撮影

フロントからの写真だけでも頭の上にスピーカーを載せていて普通じゃないと分かるところ。
サイドやリアビューで、型式の(改)の字がダテではないことがよくよく分かります。

ニッサンプリンスライトコーチ

乗降口が引き違いの小窓1枚分前に移動していて、屋根はそこからハイルーフなっています。
乗降口から後は、車内に仕切りがあって、そのスペースの分だけ窓が少しずれて配置されています。
移動スーパーやイベント車などを想像させ、注目したのは車体右側後部の屋根ある換気口と、車内をふたつに完全に分ける仕切りです。
これらの装備からキッチンカーだったのでは?という推測ができます。(換気と仕切りはキッチンカーの仕様として定められています。)

ニッサンプリンスライトコーチ

乗降口ドアが外れて落ちていたので、ステップにあるプレートを確認できました。
流麗なプリンスの文字はあっても、プリンス時代のエンジンからニッサンのH20エンジンに載せ替えられいて、一番下には日産自動車とあり、プリンスと日産の合併後のモデルです。
(大きくトリミングし車台番号部分一部修整)

ニッサンプリンスライトコーチ
ニッサンプリンスライトコーチ

春から夏日和の長野にて2018(5)

コースター
コースター
コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースターディーゼルデラックス

年式:昭和52年MC~57年FMC
長野県にて
2018年3月撮影

山のミゼットの荷箱よりちょいと上った先には、農業倉庫のかたわらに佇む初代コースターが居ました。
アクセス路は狭い農道だったので、慎重を期して歩いて見に行きましたが、考えてみるとこのコースターが走っているので憶することはないはずで、冷静に判断したようでいて大前提が忘れ去られています。

コースター
コースター
コースター

点検整備ステッカーには平成5年4月とありました。
朝日に照らされて白飛びするように見えたボディも、よく見ると結構お疲れでペンキで補修してあります。
後日ストリートビューで復習すると、山の下にこの幼児バスを持っていた保育園を見つけることができ、コースターの後は3代目ローザが後を引き継ぎ、さらに最近はコースターに更新されたのが確認できました。

コメント:管理人

北の台地への旅(23)

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GC141)
年式:昭和38年MC~39年MC
群馬県にて
2017年3月撮影

今日でマイクロバスばかりの日々に区切りです。
今年の春に群馬を1日ぷらぷらして、ニッサンエコーを2代目と初代で2台ずつ、締めて4台見てきました。
その中でも希少さ、ロケーション、保存状態、すべてにおいて文句なしの1台がこちらです。
風雪に何十年もさらされてきて深そうなサビは各所にありますが、ボディ上から下へと配された白・赤・青のトリコロールの色合いは50年経ったものとは思えません。
日産車体の社史によれば、販売台数は昭和38年が1,059台、39年で1,902台、合わせても3,000台という数で、よくぞ残ったとしか言いようがありません。
当時のエコーには、すでにディーゼルエンジン(SD22型2164cc)がありますが、こちらの個体は、左ヘッドライトの上にECHOのエンブレムとともに1900というバッチから、1883ccのH型ガソリンエンジン搭載車と分かります。

コメント:管理人

北の台地への旅(22)

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GC240N)
年式:昭和41年FMC~43年MC
群馬県にて
2017年3月撮影

落書きされた2代目エコーから段々を上っていくともう1台。
車で移動すること3分くらいでエコーをハシゴしてしまう幸せ。
乗降口までのスライド窓1枚分が抜けた短尺車で、後輪はシングルタイヤ、テールライトは小ぶりでMCで大型化される前のモデルになります。
おでこのプレートには誇らしげに群馬県とあり残っています。
取り外しが効くパーツのようで、個体によってはサッパリ無くなっているものも居たり、書いてある名称によっては修整することもあり、なかなか魅力を紹介しにくい部分ですが、群馬県は特に隠す必要がないでしょう。

コメント:管理人

北の台地への旅(21)

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日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC240)
年式:昭和41年FMC~45年MC
群馬県にて
2017年3月撮影

鈴木B360がだーいぶ前に高速道路走行中に見たというマイクロバス。
どこのインターの間で見たのか曖昧でしたが、走っていた区間の距離感や段々畑になっている場所という記憶と合致したのがこちら。
マイクロバスが確かに有って、それが2代目エコーだったまでは良かったのですが、写真ご覧の通りの有り様でした。
車窓から見える場所にある看板のよう、目線が及ぶ場所にデカデカと描かれてしまっています。
繁華街でもなく界隈に他の落書き一切無いような場所なのですが、高速道路から見える目立つ場所のため餌食になったようです。

コメント:管理人

秋のノーカウントな山梨(2)



日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC240)
年式:昭和45年MC~46年シビリアンに改名MC
神奈川県の山間部にて
2017年11月撮影

甲府盆地へ出かけようと朝7時過ぎに出発したのに、10時半の時点でまだ神奈川県内。
道中各所で大渋滞につかまり、やけっぱちになっての県内で寄り道ではないのですが、付近の所用ついでに2代目エコーを眺めていました。
この後は順調に進み12時ちょうどに甲府盆地に到着しました。


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左にハンドルを切りながらもう少し前に行けそうなものですが、家の間をすり抜けてリアが抜けきった時のままに止まっています。
バックして出すことを考えていたかのような場所で、物置として落ち着くには中途半端です感じました。

コメント:管理人

彩の国から甲斐の国へ(7)&秋のノーカウントな山梨(1)

コースター
コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースターデラックス

年式:昭和47年MC~昭和52年MC
山梨県にて
2017年8月撮影

コースター
コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースターデラックス

年式:昭和47年MC~昭和52年MC
山梨県にて
2017年11月撮影

夏と冬から1台ずつ初代コースター。
出かける度に初代コースターに出会い、2017年はコースターにも恵まれた1年でありました。
本日紹介をする2台は、ともに山梨、石垣の上に鎮座、グレードはデラックスです。
そして2台そろってフロントを欠いています。
夏のコースターは温泉旅館の送迎車で、旅館からほど近い駐車場の奥で隠居し物置になっています。
写真では修整をした旅館名からホームページを拝見し、自動車整備工場を目印にいらっしゃいとの案内に、ストリートビューで訪れると近くにミゼットが草ヒロしていました。
冬のコースターは新しい道ができたおかげでお会いした1台で、資材置き場で物置になっている定番の姿でした。
お顔は破れたブルーシートを被り怖かったので写真を撮り損ねました。

コメント:管理人

北の台地への旅(20)

コースター
コースター
コースター

トヨタ自動車工業
トヨタ・コースター

年式:昭和47年MC~昭和52年MC
群馬県にて
2017年3月撮影

りんご園の物置として佇む初代コースター。
ルーフをすっぽりと覆うレザートップ風なテント生地が目を引きます。
ガラスから下のボディはサビ止めペイントされていますが、塗ってから年月が経っていて落ちかかっています。
見えた範囲でサビが酷そうなのは出入り口ステップ周りくらいでして、サビ止めで化粧直ししたのは覆われたルーフのサビが目立ったためかと思われます。それを表すかのようにピラーにはサビが垂れた跡が見られます。
この個体で感心したのは、ルーフを覆うテント生地がブルーシートで覆うよりも確実かつ効果あるもので、破れて荒れ果てることなく良く屋根を守っています。
レザートップのように張り方を洗練すればカスタムとしてあって良さそうなものです。

コメント:管理人

羽前の国ツアー2017(16)

パークウェイ26
パークウェイ26
パークウェイ26

東洋工業
パークウェイ26ハイルーフ
(K-WVLSF)
年式:昭和57年FMC~59年MC
山形県にて
2017年3月撮影

日野の観光バス、トヨタのかわいいバンときて、3台目はマツダのマイクロバスです。
パークウェイの正面には農業用の大きな溜め池があり、困ったことに柵が一切なく撮影に夢中になるとドボンと落ちる仕様になっていました。
3台の中で年式的にはミニエースが先陣を切って置かれ、それにならいバス、パークウェイと続いたのかなと想像できます。
今はもうOEMモデルも無く完全にマイクロバスから撤退をしてしまったマツダですが、昭和35年にD1500をベースにしてマイクロバス離れした風貌のモデルを投入したのにはじまり、昭和40年代にはA型やC型ライトバスで花開き、パークウェイの名を授かった後にはロータリーエンジン搭載した異色の1台など、各時代に話題に事欠きません。
2代目パークウェイとなると、トラックのタイタンそのまま顔の風貌に落ち着くも、車体全体のフォルムは他社と一線を画し一目でわかるものでしたが、最後のモデルとなり撤退をしてしまいました。

コメント:管理人

近いのに縁遠い神奈川の草ヒロ(1)

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC240)
年式:昭和45年MC~46年シビリアンに改名MC
神奈川県の山間部にて
2017年9月撮影

車体中央のドアに向かって草が「乗ります!乗ります!乗せて!」と押し寄せ、車内も大変なことになってしまった2代目エコーの物置です。
家と家の間の「L字」の行き止まりの土地に前進していって留め置かれていて、前輪はこの場所に落ち着いたとき切られていたままに固まっています。L字の先端は一段高い道路なので、このように見下ろすことができます。
オデコに誇らしげに掲げられた横浜輸送とは、日産の子会社だったバンテックのかつての社名で、日産の一大拠点であった座間の地名も見られるなど、エコーが働いていた場所をうかがうことができます。

このエコーの写真を撮影してきたのは鈴木B360です。
昨年に観光バスの車中から姿を見つけて以来、何回か写真を撮影してきてくれていて、昨日あ歩いて行ってきてくれました。
機会があれば探検隊の旅行で寄り道しようと考えていたものの、山梨、長野、群馬へと出かけていこうという前に、神奈川で1時間を取られるのは痛く、便利になった高速道路でスルーし続けて、近いのに縁遠い存在でした。
神奈川にも草ヒロが相当数あるのは知っていても、一日休みができると外へ外へと出ていくもので、神奈川を一日満喫しようとすることはもったいなくてできない探検隊です。

写真撮影:鈴木B360
コメント:管理人

北の台地への旅(14)

ライトバスジャーニー

いすゞ自動車
いすゞ・ライトバス/いすゞ・ライトバスジャーニーM

年式:昭和41年登場~47年MC
群馬県にて
2017年3月撮影

先日のジャーニーSに対して、こちらはジャーニーMです。
サブネームのアルファベットに「L」「K」「Q」とファミリーを増やしていき、Lこそマイクロバスですが、KとQは中型バスになります。
他にもファミリーが居りますが、草ヒロでのなじみが薄いので割愛します!
マイクロバスで、Sが15人乗り、Mが25人乗り、Lは29人乗りと、これだけに限ればサイズ感が分かりやすく名付けられていました。
こちらのジャーニーを見つけたのは台地の上をめぐっていたときで、杉林の中にひっそりと佇んでいました。
傍らには伐採された木々が並び、右前には新しい切り株があるため、隠れていたのが出てきたという感じです。
ボディー全身がみどり色に塗られ、さらに屋根やガラス部分を覆うシートまでみどり色で、まさに保護色という装いです。
グリルがなくてイマイチ締まりのない顔をしていて、近くに行けないかと道を探してみましたが杉林の裏手に出たのみで、遠くから眺めたのみなのも残念でしたが、無駄足には終わらずにちゃっかりお駄賃をいただいていたりします。

コメント:管理人

羽前の国ツアー2017(13)

ジャーニーS
ジャーニーS
ジャーニーS

いすゞ自動車
いすゞ・ライトバス ジャーニーS
(KA50B/KA51B)
年式:昭和45年登場~51FMC
山形県にて
2017年4月撮影

国道をおとなしく走っていたら、うっとりとする後姿の箱を見つけてわき道にそれました。
ファーストインプレッション的な写真はありませんので、3枚目の後姿の写真から80メートルくらい引きにしたイメージでお考え下さい。
遠目でも分かるひかえめなテールライトなどがそれなりの年式を約束してくれていて、ルートバンかな?マイクロバスかな?、どんな顔をしているのかな?と期待を大きく大きく膨らませる間もなく、あっという間にアクセス完了です。
国道から丸見えなのに加え道路に面した好立地、まだこんな一等地に草ヒロが居るものです。
お顔拝見して2代目エルフがベースのモデルと、見まわしてルートバンではなく15人乗りのマイクロバスであること分かりました。
エルフには初代と2代目にTL系をベースにマイクロバスモデルが存在し、こちらは2代目でも昭和45年モデルチェンジ以降のエルフ150のガソリン車をベースにしています。
もう一歩踏み込んでライトエルフにおいでいただきたいところでしたが、マイクロバスでは少数派の15人乗りクラスを間近で拝見することができたのですから、欲深くなってはいけません。

ジャーニーS

左側面は立地の関係から写真はありません。
(自動車ガイドブックの1970から1975までで左側写真で紹介されています。)
代わりに車内のドア部分の写真があります。
ドアの幅が小さいと感じるのとともに、分かり易いドアノブが付いています。
ボタンを押すとドアが開閉する今のワゴン車とは隔世の感がある実に直感的な部品です。
ルートバンはスライドドアでしたが、マイクロバスは片開きドアになっていて、同時期の15人乗りモデルはハイエースもホーミーもダイハツも片開ドアです。

コメント:管理人

羽前の国ツアー2017(5)

ハイエースコミューター

昨年の話ですが、仰ぎ見る山の上に箱の草ヒロを見つけました。
どちらさまかと望遠で眺めてみたら、カモノハシのように突き出たノーズに青と白のツートンのようなものが朧気ながら確認でき、初代ボンゴさまと判断しました。
山の真下まで行ってみたものの、アクセス路を集落内に見失い逃していました。
そして、今年はアクセスを下方からではなく上方の道からと定めてアタックをしてみると・・・

ハイエースコミューター
ハイエースコミューター

トヨタ自動車工業
トヨタ・ハイエースコミューター

山形県にて
2017年4月撮影

アタックの結果、初代ボンゴと思っていたものは初代ハイエースでした。
姿を確認したところで数枚写真に収めて、下りていく道を求め再び走り出したものの、途中でニホンザルにお会いしただけで分かれ道が無いまま山の下まで一気に下りていき、仕切り直すことなく別方面へ進出しました。
1年寝かしたわりに、お粗末な結末です。
来年は下からアクセスしてみましょう。

コメント:管理人

北の台地への旅(1)

初代エコー

桜の季節を迎え春本番となり、草ヒロ探索のベストシーズンは大づめとなっています。
時を少し遡って昨年の秋ころには、管理人は神奈川県内に引きこもり気味で、出かけたくても出かけられない無聊を慰めるために、ブログ更新の合間にフラフラとストリートビューで探索などしてしまったところ、こちらの写真の初代エコーのマイクロバスを見つけたのをはじめ、見ていたテレビ番組に映りこんだ草ヒロマイクロバスを探したらクラフトライトバスの後期型であったりと、要らぬところで冴え冴えになり「宿題」と称するのも阿呆らしいものを背負い込んでいました。
クラフトライトバスは高知県の山中で笑うしかないようなものでしたが、初代エコーは群馬県だったので阿呆ついでに暇を見つけて見に行くくらいに考えて封印していたら、年度末に鈴木B360から声がかかり訪問と相成りました。

初代エコー
初代エコー
初代エコー

日産自動車
ニッサン・エコー
(GHC142)
年式:昭和40年MC~41年FMC
群馬県にて
2017年3月撮影

あらかじめ場所が分かっている草ヒロ個体へと赴くというのは、知らずに出会って生じるお祭り騒ぎの天井知らずの興奮には及ばず、だいぶだいぶ割り引かれたものになり、つくづく感じるのは「ハンター気質」があるのだなということです。
それでも、モノが初代エコーともなれば、見てみたいという欲を抑えられる訳もなく、撤去されていて徒労に終わることもあるとわかっていても、阿呆なものですから行ってしまうのです。
このエコーについては、この記事に写真があるように、無事にその姿を拝見することができましたが。

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エコーへと至るゴタゴタニだいぶ字数をさきましたが、現地で姿を見た感動というものは、しっかりとありました。
良いものを見たという実感と、ロケーションと佇まいは、ケチのつけようがありません。
手が届かないところにあるのが常という大物が道路端にあるというのも嬉しいところです。
エコーは、フロントマスクから最後のモデルになり、転じて排気量を表すバッチには見慣れている1900という数字ではなく2000とあり、調べてみると2代目へとFMCする10ヵ月ほど前に、搭載するH型エンジンの改良によるMCモデルでした。

コメント:管理人

北の台地は雄大でした。(神奈川比)



探検隊は、年度末の『北の台地』の旅を終えました。
探検隊のホームである長野への旅も考えていたのですが、帰路に諏訪周辺の高速道路のチェーン規制を知り、危うく年度を跨いでの旅となるところでした。
慣れない北の台地での旅ゆえに、道中では「(長野県)原村を拡大コピーしたようなところ」だの「(山梨県)上野原から大月あたり」と好き放題に勝手なことを言いまくりながら、1日を楽しく過ごして参りました。
なお、本文中にあります「北」とは関東地方の南端で生活をしている探検隊の二人からしての「北」であります。

コメント:管理人

春の山梨満喫ツアー(26)

クラフトライトバス
クラフトライトバス
クラフトライトバス
クラフトライトバス

東洋工業
マツダ・クラフトライトバス
(DUC9)
年式:昭和44年~45年MC
山梨県にて
2016年3月撮影

今見ても近未来を思わせる風貌のA型とC型のライトバスに隠れて、前者よりも少ない定員18名モデルにはベースとなったトラックの名を冠し、クラフトライトバスという名のマイクロバスがありました。
デザインはトラック譲りのフロントマスクを多少格調高くしてはいますが、コンパクトなボディにまとめ込まれていて、A型とC型に覚えたような高揚感は無いモデルかもしれません。
クラフトのマイナーチェンジに合わせて丸目4灯から角目の2灯に改められるなど、出しっぱなしというモデルではないのですが、いかんせん見かけた個体の数が抜群に少ないレア車です。
この個体は、資材置き場の隅で物置として置かれていて、周りには窓ガラスをいとも簡単に壊しそうなパイプなどが目立ちますが、左目が痛い痛いしている他はガラス類のすべて健在でした。
ただボディの塗装は経年のヤレがみられひび割れ放題で疲れた部分が見られます。
横幅こそしっかりとして、フロントから見た姿はどっしりとしていますが、横から見た時のホイールベースの短さは異様で、なんとも心もとない姿に見えます。
ついでに申せば、同時期のハイエースコミューター(15人乗り)よりも定員も車重も多く大きいというのに、エンジンの排気量ではハイエースの1587cc/83PS少し負けて1484cc/60PSというスペックで、これまた心もとない数値に思えます。

コメント:管理人

お台場の天国から長野の天国へ慰安旅行(11)

シビリアン
シビリアン

日産自動車
ニッサン・シビリアン
(GHC240)
年式:昭和46年MC~51年MC
長野県にて
2016年11月撮影

河岸段丘の段と段の間の微妙な位置に置かれているシビリアン。
上の段の際の道からは見下ろすことができず、下の段の際の道からは写真のように少し高い位置にあり、どうやって入り込んだのだろうというものです。
シビリアンには、車内に座席は残っていないようで、少数の荷物が入っているのが見えました。
その割に窓ガラスという窓ガラスがが一切なく、割られたのではなく、全てを取り外してしまったようで、雨風が吹き込み放題で、物置としては首を傾げる姿です。
妙な場所に、妙な姿になり残っているシビリアンでした。

コメント:管理人

相模湾と日本海のあいだに(16)

日野レインボー
日野レインボー

日野自動車工業
日野レインボーBM320ライトバス
(BM320-K)
長野県にて
2016年9月撮影

日本海CCRの帰り道の最後に、同行人にフロントウインドウに寄り添うサッカーボールが印象的な日野のマイクロバスをご案内頂きました。
フロントグリルに誇らしげな表示灯には元所有の自治体名がハッキリと書かれていますが、修整して消してしまうには惜しいため残しました。
昭和62年2月までの車検ステッカーと、その前の61年の点検整備済ステッカーがともに残っていて、この場所に置かれたであろう時期が推定できるところです。
ざっと30年は廃車体人生を送っているのですが、それを思わせるヤレは一切見られず、ワイパーが両ともに落ちていないあたりに、コンディションの良さを感じさせられます。
レインボーは、金産車体(型番末尾が-K)と帝国車体(-T)の二社で共作されていました。
こちらの個体は金産車体製で、自動車ガイドブックではモデル初めの頃には掲載がありましたが、

レインボー

帝国車体製のレインボー
長野県にて2014年7月撮影

モデル中の昭和41年から50年まで始終掲載があったのは、こちらの帝国車体製でした。

コメント:管理人

相模湾と日本海のあいだに(11)

ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー

年式:昭和44年頃~45年MC
長野県にて
2016年9月撮影

屋敷を囲む生垣の間に後姿を見せてくれるマイクロバス。
顔が全く望めませんが、シビリアンの前進である2代目エコーになります。

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

写真上が2016年version、下が2008年versionです。

テールランプが大きな2代目エコーでも後年のモデルになります。
さらに2008年の写真の後輪に注目していただきますとダブルタイヤであることがわかり、昭和44年の自動車ガイドブックに広告の掲載があります(43年の広告ではダブルタイヤの記載なし)。
2枚の写真を見比べると、サビの広がりはないものの色合いが深くなっていて進攻している様子がうかがえるのと、日よけ代わりにかけられていたシーツがお化け屋敷風味に垂れ落ちていて、月日の経過を感じます。

コメント:管理人


レトロを巡る日帰り旅(5・終)

伊香保で旧車を見てから、草ヒロの匂いをたどってドライバーを鈴木B360にチェンジして走ってみたものの坊主です。
太陽はまだ高いところにあってジワジワと熱を放っていましたが、「もうやめた!」くらいの勢いで目の前にあった日帰り温泉に入り込みました。
目が染みる塩っ辛い温泉で汗を流し、サッパリしたところで草ヒロが汗を流させるのかねぇ~?なんてボヤキながらも、高速のインターを目指して家路につきました。
しば~らく走って止まった信号で右手の店舗にピンク色のビートルとミニが派手に並んでいるのが目を引き、青信号で進行するとともに「おいくらかしら?」くらいにふたり揃って一瞥くらいに見ると、次の瞬間には鈴木B360が色めき立ち、車をピンク色の2台のところへ戻しました。

だるまローザ
だるまローザ
だるまローザ

三菱重工業
ローザ
(B21D)
年式:昭和39年追加~43年MC
群馬県にて
2016年8月撮影

管理人は角度的に見損ねましたが、鈴木B360はプライスボードのほかに植栽の間にだるまローザの姿を見つけていました。
だるまローザなんて大物まともに見た覚えはなく、山梨の釣り堀に置いてあった顔が望めないグリーンな1台が最後。
1日ほぼ坊主でレトロ巡りのドライブをしただけのところ、帰り際に群馬さん、もといぐんまちゃんはとんでもないお土産を用意していました。
年式相応の朽ち方はしていたものの、サビ止めペイントを7メートルに及ぶ全身に施されて、いまなお現役の物置草ヒロでした。

コメント:管理人

春の山梨満喫ツアー(14)

ニッサン・エコー
ニッサン・エコー

まずは2010年訪問時の写真からニッサン・エコーです。

ニッサン・エコー

日産自動車
ニッサン・エコー(GHC240)

年式:昭和41年FMC~(テールライトが小型なため初期モデル)
長野県にて
2016年3月撮影

6年前に見つけた仮設トイレがフロントに寄り掛かったエコーを再訪問しました。
というよりかは、一本道沿いですが広大な畑地すぎてピンポイントに何処に在るのかまで絞り込めていなかったもので、走っていて車窓に姿を認めたときにはホッとしたというところです。
前輪を彩るケンメリのホイールキャップも健在でした。
相変わらずトイレがフロントにもたれ掛かった姿であり、6年前のことを少し思い起こして「寒い日だった」なんて感慨にふけっていたら、30分後くらいに吹雪に遭いました。

コメント:管理人

プロフィール

草ヒロ探検隊

Author:草ヒロ探検隊
  
  鈴木B360(左)
   草ヒロ趣味歴20年以上
   運転担当/草ヒロ鑑定

  管理人(右)
   草ヒロ趣味歴10年以上
   助手席でナビ担当
   写真撮影・ブログ管理人

  本部:神奈川県M半島中部
  探検隊設立:2006年3月
  ブログ開設 :2007年6月1日

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