FC2ブログ

令和元年の年末慰安旅行より(6)

117クーペ
117クーペ

いすゞ自動車
いすゞ・117クーペ

年式:昭和48年MC~52年MC
長野県にて
2019年12月撮影

日にちの語呂など最近はスルーをしてきた拙ブログですが、117は最新の記憶にも記録にもこの1台がありました。
旧道の森にポツンとあった整備工場跡に、1台残されていた117クーペを鈴木B360は見逃しませんでした。
平成の車が痛々しい感じに放置されたものは基本スルーを決めていますが、117クーペがそのシチュエーションに置かれるのはちょいと想定外。
1台だけこんな風に取り残されて置かれているなんて、空っぽの空き物件ばかり見てきたので都合が良すぎる話ですが、なんで置いて行かれてしまったのだろうと感じた、どう見ても寂しい後姿をしていました。

コメント:管理人

令和元年の年末慰安旅行より(5)

ミニカF4
ミニカF4

三菱自動車工業
ミニカF4
(A103)
年式:昭和47年MC~51年MC
長野県にて
2019年12月撮影

ここから谷を挟んで向こう側の段々を流しているとき、鈴木B360が果樹園地帯に何かを見つけます。
すぐさま管理人がカメラの望遠で確認すると、平成のライフが視認できたのでそれかと尋ねると、「その左の草まみれの」というふうに返し、望遠の中で目を凝らしてようやく見つけました。
じっと眺めるよりも、なんとなく目に飛び込んできた瞬間のインパクトが強く、初代サニーとあたりを付けて現地へと急行してみたところ・・・
平成のライフを目印に見つけていたのとは逆方向にまず再訪問となる草ヒロを見て、「これじゃない!」となり、数十メートル離れたところ果樹園の奥のほうにミニカF4の横姿を発見しました。
再訪問となる方は2~3回のお馴染みさんで、こちらは今回初めまして?の1台。
アングル等で撮影できなかった草ヒロは記憶からポロリしたら忘却の彼方ですが、『これ』を見つけたら『それ』は落とさないというものを落とす探検隊ですから、多分後者なんだろうと思います。
よくぞ見つけた!と今回は言えるので良しとします。

で、ミニカF4のほうは、一番よく見える季節でこの様で、サビ具合が周囲の枯れ草によく馴染んでいます。
ご自慢のリアのガラスハッチは草の中に姿を消していて、あったとしてもこのサビ加減では可動するか怪しいものです。

コメント:管理人

春から夏日和の長野にて2018(49)

ハイゼット

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイゼット平床3方開きスーパーデラックス
(S38TD)
年式:昭和46年FMC~49年MC
長野県にて
2018年3月撮影

ハイゼット

ダイハツ・ハイゼットスライドバンスーパーデラックス(S38VSU)
年式:昭和47年FMC~49年MC
長野県にて
2018年3月撮影

同じ日の朝と夕方に撮影した、広ーい長野でざっくり言うならご近所の2台のハイゼット。
丸っこいフォルムと、前期型のガーニッシュのデザインから、鈴木B360は巨泉があるのだから歌丸じゃないとばかりに呼び、以後拙ブログにてそのネーミングを時折使用しています。
「歌さん。」と探索中に見つけた折には呼んでおりますが、最近なかなか呼べずにいます。
草ヒロではサビ果てていて原形をまず見ることが無いヘッドライトのガーニッシュ、特にこの記事のバンはボディともどもサビまみれです。
本来ガーニッシュは黒色をしていて、当時軽トラで流行したものを取り入れたとのこと(三樹書房・日本の軽自動車―カタログで楽しむ360ccの時代 より)、ミニキャブ、キャリイ、サンバーとも確かにブラックマスクになっています。

コメント:管理人

令和元年の年末慰安旅行より(4)

ハイゼット

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイゼット低床一方開き
(S37P)
年式:昭和43年FMC~44年MC
長野県にて
2019年12月撮影

鈴木B360が見つけたサニーバンの撮影アングルを捻りだそうと、反対側へと回った管理人の視界に飛び込んできたのは、裏に隠れていたハイゼットでした。
少し隠れていなければ残らぬご時世となりましたが、周囲はのり面とコンクリート壁、フラットな部分も畑へアクセスする人が通れるだけの道(階段付き)で、搬入路はコンクリート壁で囲ってしまったあたりと推定できる、今となっては移動もままならない立地となっています。
スーサイドドアの前期型で、このハイゼットでも元気よくオタマが振り上げられていました。

コメント:管理人

オートサロンに行く前にちょいと寄り道

スプリンター

帰宅中の鈴木B360から昨年末に送られてきた写真には、真っ暗闇にライトで照らされた廃車体の姿がありました。
オートサロンへと向かう道中に寄り道をして現物を見せてもらってきたのですが、横浜市内の細く不規則な街路が張り巡らされた一角にポツンといらっしゃいました。

スプリンター
スプリンター
スプリンター
200112_05.jpg

トヨタ自動車工業
トヨタ・スプリンターデラックス
(KE25)
年式:昭和45年FMC~46年MC
神奈川県横浜市にて
2020年1月12日撮影

初代カローラのクーペモデルとして派生したカローラスプリンターは、2代目でスプリンターとして独立を果たし、昭和46年MCで4ドアセダンが追加されるまでは2ドアクーペモデルでした。
こちらのスプリンターは、その2ドアク―ぺオンリーだった時代、2代目の前期モデルになります。
雨戸を固く閉ざした民家の庭先にあるスプリンターは、荒れるに任せて放っておかれて久しく、民家に見られる不動車では見られないまでに荒廃が進んでいます。
その姿は、ストリートビューで2009年まで遡ることができ、当時ですでに民家の雨戸は閉ざされていて、スプリンターはトランクフードが失われていなかったものの、ガラス類は今と変わらずです。
海無し区にありますが、丘をいくつも越えて流れてくる潮っ気のある風にあてられて、年々ボディーのサビを酷くしていきました。
テールライトに下には、カローラではない証?として、カローラ店ではなくトヨタオート店の販売店ステッカーが残っていました。

コメント:管理人

追伸
オートサロンの方は、ピカピカの日野ルノーが目を引きましたが、カメラの放列がすさまじく撮影を断念。
ルパン三世カリオストロの城で登場のチンクエチェントを忠実に再現したものや、最新のジムニーに初代LJ10の雰囲気を再現したカスタムカーなど拾いつつも、観客数が多く隅々までは拾いきれませんでした。

2018年末慰安旅行より(29)

ハイゼット
20011202.jpg

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイゼット平床1方開きデラックス
(S37TBD)
年式:昭和44年MC~45年FMC
長野県にて
2018年12月撮影

山あいにて吹雪の中白くけぶる景色の中に、サビ色ボディを際立たせて佇むハイゼットトラック。
発見するも遠くて吹雪いていたのと、遠目で550の軽トラという判定を下したため、とりあえずスルーをしてヨソを探索しに行きました。
探索での「後で」は、ルート的な確約が無ければ、先のノリによっては戻ってこない事の方が多く、この時も雪で位置がよく分からないままテキトーにぐるぐるしていたのに、ジャスト!戻ってこられちゃいました。
もう一度見てみると550にあらず!で、吹雪いていましたが覚悟を決めて行きました。
雪に突き刺さったオタマ・・、もとい助手席側ミラーがスラリと立っているのが印象的で、写真で見返したとき見事にサビたボディよりも、まずミラーに目がいってしまいます。
現地では、とにもかくにも寒かったしか記憶がありません。

コメント:管理人

2018年末慰安旅行より(28)

ハイゼットバンとカムリ2010

2010年3月撮影

ハイゼットバン2014

2013年11月撮影

ハイゼットバン2018
ハイゼットバン2018

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイゼットバンスーパーデラックス
(S37VSU)
年式:昭和43年FMC~44年MC
長野県にて
2018年12月撮影

隣の初代カムリは姿を消し、取り残されてしまったハイゼットバン。
カムリが在りし日の写真は2010年の撮影なのですが、今の荒れように辻褄を合わせるなら、その倍は月日が経ったように感じられます。
ハイゼットの車内には耕運機が仕舞われているのは変わりなく、耕地の様子からも現役と見えます。
途中経過の2013年にはカムリはすでに無く、ハイゼットの顔周りは枯れ草を被り荒れ模様。
カムリが居なくなって雰囲気が変わり過ぎで、コメントの冒頭の『取り残された』と感じたのはこの変化ゆえです。

コメント:管理人

2018年末慰安旅行より(27)

ハイゼット2006

2006年9月撮影

ハイゼット2014

2013年2月撮影

ハイゼット2018

2018年12月撮影

ハイゼット2006

2006年9月撮影

ハイゼット2018

2018年12月撮影

ハイゼット2018

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイゼットバンスーパーデラックス
(S37VSU)
年式:昭和45年MC~47年FMC
長野県にて
2018年12月撮影

最初と直近の訪問が同じ戌年。
同じ年に2度訪問したのではなく、12年経っているというのだから、飽きもせずよくやっているということ。
フレッシュではないヤングマンだった探検隊のふたりも、今やすっかりミドルエイジです。
旧車趣味の大先輩が名付けた「巨泉ハイゼット」も、モチーフの大橋巨泉さんは鬼籍に入られ、時代が流れ続けているのを実感します。
こちらの巨泉ハイゼットにあっても、最初のモチモチ極上ボディは薄汚れて、後部ドアはヒンジが壊れて閉まらないままに。
稲架掛けされた稲が並び、人の手が入っていた土地も、害獣除けの電気柵が張り巡らされ、人の手に負えないところに。
電気柵の近くや先に、草ヒロが取り残されている光景を目にする機会が多くなり、大半は耕作放棄と同時に放棄されていった様子。
このハイゼットもそのような1台かもしれないのですが、近くの小屋のかたわらにあった、セットとも言えるファミリアバンは無くなっていました。

コメント:管理人

2018年末慰安旅行より(26)

ハイゼットキャブライトバン
ハイゼットキャブライトバン

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイゼットキャブライトバン

年式:昭和40年ライトバン発売(S35V)~42年MC(S36V)~43年FMC
長野県にて
2018年12月撮影

目を皿にして畑に果樹園に草ヒロを探すのではなく、ご飯を食べてちょいとばかりボーっとしたときに、畑が広がっている方向を全く無視して、広がりの無い樹々が続く方向の、しかも先ではなく流れ去る後方をボンヤリと眺めていた管理人が、一瞬のガードレールの切れ目にハイゼットキャブの姿を発見。
フツーなら畑の方を見て広がっていく奥へと目線を転じていくのが、全く無視してしていたら、サブリミナルに等しいひとコマを捉えていました。
このハイゼットキャブ、ハイゼットの歴史では2代目にあたり、以後のハイゼットの本流となるスタイルが確立されたモデルです。
エンジンが空冷の前期型と水冷の後期型で異なり、これによりS35、S36と型式が異なりますが、外見に関しては本個体で捉える姿では区別ができませんが、サイドミラーが三角窓下に無いと思われるので、後期型と推定できます。

ハイゼットキャブ(空冷)

ハイゼットキャブ前期型(S35)


ハイゼットキャブ(水冷)

ハイゼットキャブ後期型(S36)

前期・後期の外観の差は、サイドミラーの生えている位置。
そして前面ベンチレーターに付いたダイハツのエンブレムです。
写真の個体では、ベンチレーターのエンブレムは脱落していてありませんが、長方形に塗装の濃い部分があるのが確認できます。

ハイゼットキャブ

ハイゼットキャブ後期型(S36)

ベンチレーターに関しては、後期型ではスーパーデラックスでは装飾が施されアクセントになっていて、より判別しやすいです。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊~平成をしめくくる長野旅行から(16)

20010801.jpg

日野自動車工業
レンジャー4S

長野県にて
2019年4月撮影

止まったところで車から降りもせず、助手席から撮ったところ、カメラの音に撮影完了を察した鈴木B360が車を発進させ、もう少し前だったかな?と後の祭り。
手前のパイプにピントが合うでもなく、レンジャーをちゃんと捉えているのが逆に悲しい!
数カ月草ヒロの日干しにあっていても、探索2日目のラストを迎えるころには、草ヒロによってはお外が寒いからと露骨なサボり
をするようになります。

コメント:管理人

令和元年の年末慰安旅行より(3)

いすゞキャブオーバートラックTP91E
いすゞキャブオーバートラックTP91E
いすゞキャブオーバートラックTP91E
いすゞキャブオーバートラックTP91E

いすゞ自動車
いすゞTP91E
(推定)
年式:昭和41年~43年
長野県にて
2019年12月撮影

探検隊の探索では珍しい大型トラックの個体を発見。
住宅の隙間に現われたゴチャっとしたゾーンのヌシとして鎮座していました。
この大型トラックが行き来するには周辺の道路は狭く、なにより正面の道路とは段差があり、側面の道路はサブロクが通れればいいくらいの畑へと降りていく舗装道で、どうやって入り込んで落ち着いてしまったのか?というデカブツです。
その大きさから大型トラックに目が真っ先に行くはずが、にぎやかに置かれた様々な物に取り囲まれ、「なんか古いトラックがあった!」と辛うじて気づけました。
古いと言ったのには訳があり、フロントガラスが1枚ガラスではなく中央で分割されたものだったからで、昭和30年代も期待できるところでしたが、調べてみると少々の誤差あって昭和40年代初頭でした。
昭和37年に登場したいすゞ自動車のキャブオーバートラックは、8トン積TD70E、10トン積TP80Eがあり、39年にヘッドトライトを2灯から4灯へ、41年に10トン積が荷台を拡大(荷台長8180mm)してTP91E、43.年にキャブを一新します。
こちらの個体は、キャブの特徴から41年に荷台を拡大したモデルと推定でき、37年のキャブオバートラック登場時の雰囲気を濃く残したデザインをしています。
残念ながらヘッドライト周りは遮られ伺うことはできませんでした。

1枚目写真、トラック以外の部分を修整

コメント:管理人

草ヒロ探検隊~平成をしめくくる長野旅行から(15)

サニーバネットコーチ
サニーバネットコーチ
サニーバネットコーチ
サニーバネットコーチ

日産自動車
サニーバネットコーチ9人乗GL

年式:昭和53年登場~57年MC
長野県にて
2007年5月と2019年4月撮影

物置になってから20年目くらいと30年目くらいのお姿。
洗車をしなままに汚れが酷くなったくらいしか差が見られず、良い感じに熟成したとも言い切れないのがモドカシイ。
10年くらいで大きく鉄板の色合いを変える草ヒロも居るので、農薬の有無や日当たりの良さ、好条件がそろって、バネットが恵まれて変わらないのと言えば良いはなし。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊~平成をしめくくる長野旅行から(14)

ミゼットMP4
ミゼットMP4
ミゼットMP4
ミゼットMP4
ミゼットMP4

ダイハツ工業
ダイハツ・ミゼッ
ト(MP4)
年式:昭和36年8月~37年9月
長野県にて
2007年5月と2019年4月撮影

ルーフがキャンバス張りで、ボンネットが少し尖ったフォルムをしていて、ライト脇のベンチレターが小さい、MP5と簡単にMP4を区別するポイントです。
それらを撮影年が違う写真を見比べることで、こちらさまがMP4だというのがお分かりいただけると思います。
弱点とも言えるキャンバス張りのルーフを覆うのに重点を置いていたブルーシートが、はだけ落ちてボンネットを隠しています。
季節の違い以上に、ミゼットの周辺がすっきりとしていて、ミニキャブも居たはずなのですが姿なくなっていて、整理されたのが伺えますが、ミゼットは思い入れからか残されたのかもしれません。
荷箱はトラック草ヒロの定番チックに、雑多な物入れとなって賑やかでした。

コメント:管理人

春から夏日和の長野にて2018(48)

ニューライン
ニューライン
ニューライン

ダイハツ工業
ダイハツ・ニューラインとハイゼットバン

2012年3月撮影
長野県にて

まずは2012年3月撮影の写真から。
昭和30年代の車ながら、平成の世に有っても現役バリバリの物置でした。
つづいて、その次の訪問。

1960年代のオールドダイハツ
ニューライン
ニューライン

2018年3月撮影

6年経過して現存を確認。
新旧の写真を比較すると、顔を覆ていた木の板やタイヤがどいてお顔をすっきり拝見できるようになっていたり、その他様々な物の置かれ方がことなります。
相も変わらず物置として大活躍なのですが、興味深いのは新旧それぞれ3枚目のニューラインのサイドビュー。
なんと2012年当時は無いものと思っていた荷箱の左側部分が、丸太に隠れていただけで存在していたことです。
右側からの眺めでも別物のようにズレた場所にありますが、左側の相当キャビンからズレていて、中央部分でどのように辻褄を合わているのでしょう。

コメント:管理人

令和元年の年末慰安旅行より(2)

ダットサン1200ライトバン
ダットサン1200ライトバン
ダットサン1200ライトバン
ダットサン1200ライトバン
ダットサン1200ライトバン

日産自動車
ダットサン1200ライトバン
(V320)
年式:昭和38年MC~39年MC
長野県にて
2019年12月撮影

古木に寄り添うダットサン。
ダットサン1200トラックのライトバン、もといムード的にはブルーバードのライトバンとも謳っていましたが、ブルーバードを名乗ったライトバンは510登場までお預けです。
ブルーバードには4枚ドア+テールゲートというスタイルのライトバンとも見えるエステートワゴンがあり、これとブランドを明確に分けて商用車に徹したのがダットサンバンでした。
草ヒロ的には申し分のない昭和30年代のモデルで、令和まで姿をとどめていたというのが驚きの1台です。
果樹園の真ん中という立地ですが、片側は樹木等なく道路からすっきりと見通せます。それととあるところから良く見えました。
物置としてはダットサン下の土砂流出が進んでいて、ドアは開閉に耐えられる年式とは思えず、外れ開いた窓のところから辛うじて出し入れができそうです。
果樹園草ヒロに見られる農薬による影響は少ないようで、劇的な深いサビは見られません。
ルーフは長年の雨に打たれて塗装の下地が綺麗に出てきており、よく熟成した草ヒロになっています。

コメント:管理人

錦秋の伊那谷にて2019(3)

セドリック

日産自動車
ニッサン・セドリックカスタム6

昭和41年10月MC~42年10月MC
長野県にて
2019年11月撮影

少し脇道にそれて現存を確認。
池のほとりをスイスイ来ましたが、セドリックの周辺には枯れ木が散乱していたため、もう一歩というところから眺めておしまい。
これほどの草ヒロは再訪問でしか見られないねぇとか思っていたら、翌月同じく長野で、同年式をもう1台。
なんだかんだで2019年も草ヒロ趣味を続けられ、来年も変わらぬスタイルで行けそうと思えました。

2020年は、もう少し更新頻度を増やせればと誓い、2019年を締めくくります。
それでは、皆さまよい年をお迎えください。

草ヒロ探検隊

令和元年の年末慰安旅行より(1)

19123000.jpg

数百メートルの遠方からは
パブリカか外国車に見えた構造物さま


旅の2日目最後の最後、夕暮れ迫るゴールデンタイムに久しぶりの大ヒット。
それより小一時間前には、遥か彼方のU字溝がシルエットからパブリカに見え、加えてコンスタントに草ヒロを見つけていて探索感度がMAX、でも、そもそも草ヒロが居なければ意味がない。
最近の旅では空振りか小ヒットにとどまり、早じまいすることもありましたが、今回は違いました!


130セドリック
130セドリック

日産自動車
ニッサン・セドリック
(130)
年式:昭和41年10月MC~42年10月MC
長野県にて
2019年12月撮影

家路を急ぐ車の抜け道になっているところで、遠くの茂みの草ヒロの姿(荷台のあるダットサンなんたら)に停車しかけるも、後続車に押されて通り過ぎて舞い戻っての2匹目(箱のダットサンなんたら)と、セドリックはさしずめ3匹目のドジョウ。
ついさっきは気が付かなかったけれど、セダンが浮いています。
写真では明るく見えていても、周囲は暗くなっていて、この色合いのセダンが見えたのは舞い戻ってきたからこそ。
何の変哲もない畑の納屋の隣で、余生を送っているセダンが、まさか高級車セドリックとは思いもよらず、リアまで回って確認できた時には驚いたものです。
このような車なら、とうの昔にドナドナされていて当然の1台ですが、そうならなかったのは車体を浮かせた立地によることろかもしれません。
姿が見えた左側は、前後輪のホワイトリボンタイヤに後輪のホイールキャップが確認できます。
車体は大きく損傷している様子は無く、一部にサビも見られますが良く、車内も先まで見通せているため物置として使われていたのではなく、処分せずに置いてあったという雰囲気です。
グレードはスペシャルシックスかな?と思います。

コメント:管理人

令和最初の年末慰安旅行

19122702.jpg

北の方の大地を、札幌ナンバーのレンタカーを転がして旅してきました。
草ヒロ探検隊、恒例の年末慰安旅行です。
1泊2日の強行日程となりましたが、レンタカーを700キロくらい走らせて、雄大な大地を東西南北駆け巡ってきました。

19122703.jpg

前段の文章にて北海道をにおわす表現がございましたが、慰安旅行の地は毎度お馴染みの長野です。
札幌ナンバーの青いニッサンノートの背後に写りこんでいる風景は浅間山です。
別天地を夢見ながら、日程や天候のリスクを考えて、結局は長野に落ち着きます。

19122701.jpg

もう何度通ったかわからないような道、数年うん十年ぶりに通る道。
ソーラーパネルに埋め尽くされ、工場が、家が建ち、耕作を止めてしまったところ、それぞれ雰囲気を変えています。
それら道中を巡った今回の旅。
長年かけて点を線で結んだものを繰り返しただけなのですが、分かれ道での選択の違いが面白いくらい明暗を分けていて、まだ新たな発見が出てきてくれます。そして何年も前の探検隊がアホだったことがよくわかる旅でもありました。
あの草ヒロのお隣さんに大物が、隣の沢に埋もれた車がいたなんて。飽きもせず安定の長野でした。

コメント:管理人

春から夏日和の長野にて2018(47)

富士重工業長野野外展示施設(非公式)
初代サンバー

富士重工業
初代と2代目サンバーライトバン

長野県にて
2018年3月撮影

一度は鈴木B360と訪れて、ツタに埋もれる先に恐れをなしてバックで引き返した道への再訪。と言っても徒歩で。
上空をすっぽりと覆い何にも見えない、光すら通さない鬱蒼としたツタも、ひと冬越してしまえば枯れ草となり雪に潰され姿を消し、見えなかったものが見えるように。
すっきりと見えず、サンバーミュージアムの廃墟みたいになった展示風景は、長野県の耕作放棄地でのひとコマ。
初代を先頭に間隔をあけて行儀よく2代目へと進む展示、もとい物置のパレードは、ロケーションや佇まいといった鑑賞するポイントを絶妙に抑えています。
耕作放棄地となってしまい、かつて訪れた趣味人のように近くで拝見することはできませんでしたが、色々と話に聞いていた物件に遅ればせなら到達することができました。
欲言うと現役だった頃にお会いしたかった2台です。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊~平成をしめくくる長野旅行から(13)

ランサーセレステ
ランサーセレステ

三菱自動車工業
ランサーセレステ1400GSL
(B-A72)
年式:昭和50年11月MC~51年11月MC
長野県にて
2019年4月撮影

スペシャリティカーが居るのが不思議なロケーション。
杉林の奥に車らしき姿を見た時には、想像すらしなかった1台です。
ボンネットとハッチバックに降り積もった枯れ草や苔が、うら寂しさを感じさせる一方で、そんなのお構いなしに小さな芽吹きが春の訪れを告げています。
アメ車を思わせるスタイリッシュなフォルムで、ベースが初代ランサーセダンというのを想像に難くしますが、よくよく見ると思わせる部分を地味に残しています。
アルミホイール、ボンネットのカスタムデカール、フェンダーミラーからドアミラーへの変更と、乗りながら自分色に染めていったのが伺えます。
セレステの周囲にはプルタブの空き缶が散乱していて、さながら時間がそのままに止まったような昭和の廃墟のよう。
残されていた昭和61年の点検整備のステッカーから、平成の世を知ることなく走るのを止めた車だったようです。
その平成、セレステと出会った日は平成31年4月1日で、新元号の発表があり終わりの節目を迎えた日で、思い出深いタイミングに草ヒロの趣味活動をおこなっていました。

コメント:管理人

ランサーセレステ
ランサーセレステ
ランサーセレステ
ランサーセレステ
ランサーセレステ

春から夏日和の長野にて2018(46)

ランサーフィオーレ
ランサーフィオーレ
ランサーフィオーレ

三菱自動車工業
ランサーフィオーレ1400XL
(E-A156A)
年式:昭和57年登場~58年FMC
長野県にて
2018年3月撮影

集落から山の中へと入っていく道に入り込み、細い道の両側に斜面という草ヒロの気配を感じさせない風景となるも、引き返すこともできずズルズルと走り続ける。
レンタカーのナビが真っ白になり、どうしたものかという頃合いに、分かれ道となって左方に畑が開け、車を返すがてらに頭を突っ込むと草ヒロがこんにちは。
ひと目でみて分かるカクイなりに、こんな奥まで来たのにハチマル!というビミョーな感じとなりましたが、さらに管理人をビミョーにさせたのは、この車の正体がよくワカランということ。
Σ、Λ、エテルナ、EX、GTO、FTOとサブネーム豊かな三菱の車は、エンジンの惑星の名前シリーズともども正しく結びつけるのに煩雑で、草ヒロだけでは機会が足らないままにしていたりします。
鈴木B360をもってしても、あやふやなところがあるものですから、ハチマルを丸投げの管理人にはエンブレムを読んでくることくらいしかできません。
調べてみると、ミラージュセダンとバッチしか違いがないランサーのフィオーレという車だということが分かりました。
鈴木B360に写真を投げたところミラージュと返答ありましたが、これは致し方ない違いで、ライバル車のFF化の流れにミラージュⅡのバッチだけ変えてモデルを追加したという三菱の事情があり、ランサーフィオーレとしての販売期間は2年に満たないい短さで、本家のミラージュの名前がでてくるのが普通です。

コメント:管理人

錦秋の伊那谷にて2019(2)

19121101.jpg

川や山並みを眺める眺望抜群の丘に居たトゥデイ。
狭い集落道に突入した先のドン突きから遠くに見えました。
家々を縫った先に視界が開けたら田んぼに落ちるしかないステキな道で、どこから入っていって置かれたのかねぇ~?という1台でした。
帰ってからストリートビューでの復習をしてみると、顔の向いた先に道がありました。
その道には撤去されて現存しない草ヒロまでいらっしゃったという、おまけまで付いていたりします。

19121102.jpg

トゥデイと同じ集落にあったアクティ。
ジャンボやスーパーではなく、ビッグキャブで先陣を切ってキャビンの空間拡大に取り組んだホンダの意欲作?
サイドビュー一発オンリーで紹介したい!というか、これだけしか撮っていない手ぬき満足のアングル。
今日のジャンボやスーパーと比べると、見落としてしまいそうなささやか過ぎる窓一枚のビッグです。

アクティと言えば、生産にピリオドが打たれるのが決まったというのが、道中でふたりの話題に上がったばかりでした。
アクティの先祖であるT360から四輪車に参入した歴史があるホンダで、360cc時代の軽乗用車市場からの撤退にも動じず、歴史を積み重ねてきた軽トラックの火、本当に消えてしまうのでしょうか。

いずれも2019年11月長野県にて撮影
コメント:管理人

錦秋の伊那谷にて2019(1)

アクティ

鈴木B360の仕事が終わるのを待って神奈川を発ち、暗くなった道をひた走り伊那谷へ。
当初の予定では日帰り山梨だったのが、前日の夕方から動けるというので、何かのひとつ覚えで長野へ。
300キロも走れば、いろんなところに行けるもの・・・。

雨の日が続いていたのから一転しての快晴で、タイトルに錦秋のと謳ったように見事な紅葉を眺めながらのドライブとなりました。

アクティ
アクティ
アクティ
アクティ

本田技研工業
アクティバン

長野県にて
2012年10月(各アングル上)と2019年11月(各アングル下)撮影

5年以上前に訪問した地域にスポットをあててなぞり直すも、草ヒロ密集果樹園地帯はただの果樹園地帯に成り果てているなど、さっぱり手ごたえがなく迷走。
目印を付けていた多くの草ヒロがサヨナラしていたなか、ノーマークのアクティに再会。
まだピカピカで物置として整理整頓されていたのも、時が経ち少々お疲れの気配が感じられます。
この世代の草ヒロたちの活躍に陰りがこようとは、10年ひとむかし前には考えもしませんでした。

コメント:管理人

1泊30時間の旅行を敢行してまいりました。

19113001.jpg

夕暮れが早い!
太陽に縄を付けて、もう少し空に置いておきたい!!

雨の日が続いたのが一転して快晴。
雪の便りもあり、そこかしこで冬用タイヤへの履き替えが行われていて、並木道のイチョウは葉を散らし、もう冬がやってきました。

復活準備中

19112001.jpg

「草ヒロ」をしにでかけたい!
夏の日本自動車博物館からすっかりご無沙汰で、草ヒロレーダーの機能試験を兼ねた旅へと、今月末くらいに再起動を目論んでいます!!
ブログの記事作成は・・・、リハビリ期間でボチボチとやっていきます。

コメント:草ヒロへのコメントの書き方をすっかりと忘れた管理人

プロフィール

草ヒロ探検隊

Author:草ヒロ探検隊
  
  鈴木B360(左)
   草ヒロ趣味歴20年以上
   運転担当/草ヒロ鑑定

  管理人(右)
   草ヒロ趣味歴10年以上
   助手席でナビ担当
   写真撮影・ブログ管理人

  本部:神奈川県M半島中部
  探検隊設立:2006年3月
  ブログ開設 :2007年6月1日

月別アーカイブ

ブログ内検索

来訪者数