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2009年のボツ写真

20012501.jpg

職場からのラブコールにて起こされ、急遽出勤と相成りました。
ラルゴやバネットの流れの更新予定でしたが、写真一枚で今日はすみません。
ブレブレの写真が、今の管理人の気分です!!!!

バネットラルゴは、昨日紹介したバネットラルゴバンのご近所だったのですが、2018~2019年の訪問では姿を確認できず、ドナドナされてしまったようです。

春から夏日和の長野にて2018(50)

バネットラルゴバン
バネットラルゴバン

日産自動車
バネットラルゴバン4WD5ドア2/5人乗りVX

年式:平成元年MC~平成5年FMC
長野県にて
2018年3月撮影

昨日紹介をしたバネットラルゴコーチ、隠れているお顔はこんな感じ。
だけどこのラルゴ、ワゴンではなくバンモデルの最上級グレードVXです。
デラックスが樹脂パーツのマスクでバン顔に徹しているのと打って変わり、VXはツートンカラーにワゴンに準じたフロントマスクを持っています。
バンとしての性能は、3列目のシートを持たない最大積載量750kgで、これは無印のバネットの600kgより多く積め、ワゴン同様格上の存在であります。
バネットラルゴのバンモデル自体が探索においても少数派で、ワゴン風のこのVXというグレードはモチロン初めての遭遇です。
四つタイヤをしかっりと根付かせて、ストリートビューでは物置として稼働中のお姿も拝見できます。
ボディは綺麗で、その雰囲気はタイヤさえ埋めていなければ現役車といっても過言でない良い佇まいをしていました。
積載量ステッカーの左に、円形の寒冷地特別仕様車のステッカーがあり、貼り付けはこれよりもう少し古い年式のイメージ(管理人の)を持っていました。

コメント:鈴木B360&管理人

令和元年の年末慰安旅行より(11)

バネットラルゴ
バネットラルゴ

日産自動車
バネット・ラルゴコーチスーパーサルーン

年式:平成元年MC~平成5年FMC
長野県にて
2019年12月撮影

結構遠くから左リアを見つけたハチマルの箱に向けて、くねくね農道をジグザグ走りして猛肉薄していって撮影したのは、2代目バネットラルゴの後期型でした。
まるで昭和40年代前半の草ヒロに行くがごとくラルゴにまっしぐらでしたが、鈴木B360がセカンドカーの趣味車として欲しいと思い描いている車の1台でもあるので納得です。
ライトベージュブラウングレーツートンの特別塗装を纏い、空に近い長野なので開放的なパノラマサンルーフの装備が無いのが惜しいですが、シートのレースカバーとカーテンのオプションの装着も見え、昨日紹介の前期型とは異なり、現役時代そのまま埋まってしまっています。
すっぽり隠れているお顔については、明日フォロー予定です。

コメント:管理人

錦秋の伊那谷にて2019(4)

バネットラルゴコーチ
バネットラルゴコーチ
バネットラルゴコーチ
バネットラルゴコーチ

日産自動車
バネットラルゴコーチ4WD2000スーパーサルーン

年式:昭和61年車種追加・車名変更~平成元年MC
長野県にて
2019年11月撮影

昭和61年11月に、サニー、チェリー、ダットサンの冠が取れるのとともに、4WDモデルを追加した2代目となるバネットのラルゴ。
朝イチにホテルから走り出してからすぐ、市街地からずり落ちた果樹園地帯で発見しました。
ステッカー類が無くいつ頃まで現役だったかは伺い知ることができませんでしたが、ハチマル世代も草ヒロの熟成期に入っていても不思議ではない年式となりました。
ダークグレーシルバーツートンに4WDの専用アクセントストライプがオプションで付いています。
車内もオプション装着品が多かったと思われますが、今は物置に徹しています。

コメント:鈴木B360&管理人


令和元年の年末慰安旅行より(10)

サニーバン
サニーバン

日産自動車
ダットサン・サニー1200バン
(VB110)
長野県にて
2019年12月撮影

二度・三度と探索をしたところを徘徊中、見知った草ヒロの間をホンの200メートル移動中に、何でもないところで探索車が停車。
前を見ても異常なし、運転席の鈴木B360を見やると、助手席の管理人の先を指し「サニーバン」と。
道路に面した工場跡の奥、段の上に確かに青いサニーバンがいらっしゃいました。
管理人がカバーすべきところをきっちりとフォローした鈴木B360はさすがで、見知った地と油断していた管理人はまだまだです。
あの裏手は、先は、下は、上は・・・と、草ヒロが落ち着きやすいところに興味を持っていると、「やっぱり」というところに居ることは多く、このサニーバンのような隙間は、探し手としては居たらイイな!というところで、今回は見事的中しました。
すきま無くきっちりと囲われていて、ドアもきちっとロックされているのが見えました。

コメント:管理人

令和元年の年末慰安旅行より(9)

青空サニー

サニー

地面がぬかるみ泥まみれだったため、大地に腹ばいになってお空のショットは実現せず。

サニーバン
サニーバン
サニーバン

日産自動車
ダットサン・サニー1200バン
(VB110)
長野県にて
2019年12月撮影

2014年春以来のサニーバンへ。
ほぼお変わりありませんが、ボンネットにガタが来たのか、飛ばないようにそれなりの石が重しとしてのせられていました。

夕暮れの探索ゴールデンタイムに、台地の上をあっちへこっちへと車を走らせても、走っている感じに比べてエリアは狭く、名残惜しさの中でタイムアップを迎えました。
探索後にここの地名の意味に『数多く重なっている』というのを見出し、実感してなるほどと思いました。
そして台地という土地は、どこまでも広がる平面だけでなく、随所に段差など見えないところがあり、縁の方をなぞろうものなら大変な労力と走行距離を要し、奥深いと感じさせるものがあり、次に訪問する際は探索のスタート地点としても良いと考えています。

コメント:管理人

令和元年の年末慰安旅行より(8)

LN360
LN360

本田技研工業
ホンダ・LN360
(N-I)
昭和42年登場~44年MC
群馬県にて
2019年12月撮影

初代サニーバンの前を行くのはホンダのLN360。
2台がほぼ同年式で、並んで物置小屋となっている姿は良い物ですが、欲言うともっとハッキリとした姿で拝見したかった。
お役目をほぼ終えた姿で残っているのですから、欲張りすぎるもいけません。
鈴木B360曰く、この界隈の1990年代の終わり頃は草ヒロは国道沿いだけで沢山居たというので、このように廃車を置くのが当たり前の土地だったようです。

コメント:管理人

令和元年の年末慰安旅行より(7)

サニーバン

とあるところからチラリと一瞬だけ見えるライトバンのお尻。
見えたあとの始末のわるさがため、2008年に管理人が見てから程なくして存在を脳の片隅に封印。
2019年春、ずっと前にライトバンがあったと、無いのが前提くらいに話をしたら、しっかりとありひと騒ぎしましたが至らず。
2008年の管理人のファーストインプレッションはコンパーノバン、2019年春の鈴木B360はサニーバンと分かれまして、やっと機会をつくった2019年年末。

サニーバン
サニーバン

日産自動車
ダットサン・サニーバンスタンダード
(VB10)
群馬県にて
2019年12月撮影

鈴木B360が言った通り、居たのは初代サニーバンでした。
チラリと見えたお尻周りだけがすっきりと見えていただけで、時折見かけるお屋根を載っけたスタイルで、囲まれてしまたうえにいろいろな物が置かれていて雑然としていました。
サニーの後方寄りに小さな小屋が建ち、今はそちらがメインと見えます。
ホワイトリボンタイヤを履いていますが、モール類は見られないためスタンダードと思います。

コメント:管理人

令和元年の年末慰安旅行より(6)

117クーペ
117クーペ

いすゞ自動車
いすゞ・117クーペ

年式:昭和48年MC~52年MC
長野県にて
2019年12月撮影

日にちの語呂など最近はスルーをしてきた拙ブログですが、117は最新の記憶にも記録にもこの1台がありました。
旧道の森にポツンとあった整備工場跡に、1台残されていた117クーペを鈴木B360は見逃しませんでした。
平成の車が痛々しい感じに放置されたものは基本スルーを決めていますが、117クーペがそのシチュエーションに置かれるのはちょいと想定外。
1台だけこんな風に取り残されて置かれているなんて、空っぽの空き物件ばかり見てきたので都合が良すぎる話ですが、なんで置いて行かれてしまったのだろうと感じた、どう見ても寂しい後姿をしていました。

コメント:管理人

令和元年の年末慰安旅行より(5)

ミニカF4
ミニカF4

三菱自動車工業
ミニカF4
(A103)
年式:昭和47年MC~51年MC
長野県にて
2019年12月撮影

ここから谷を挟んで向こう側の段々を流しているとき、鈴木B360が果樹園地帯に何かを見つけます。
すぐさま管理人がカメラの望遠で確認すると、平成のライフが視認できたのでそれかと尋ねると、「その左の草まみれの」というふうに返し、望遠の中で目を凝らしてようやく見つけました。
じっと眺めるよりも、なんとなく目に飛び込んできた瞬間のインパクトが強く、初代サニーとあたりを付けて現地へと急行してみたところ・・・
平成のライフを目印に見つけていたのとは逆方向にまず再訪問となる草ヒロを見て、「これじゃない!」となり、数十メートル離れたところ果樹園の奥のほうにミニカF4の横姿を発見しました。
再訪問となる方は2~3回のお馴染みさんで、こちらは今回初めまして?の1台。
アングル等で撮影できなかった草ヒロは記憶からポロリしたら忘却の彼方ですが、『これ』を見つけたら『それ』は落とさないというものを落とす探検隊ですから、多分後者なんだろうと思います。
よくぞ見つけた!と今回は言えるので良しとします。

で、ミニカF4のほうは、一番よく見える季節でこの様で、サビ具合が周囲の枯れ草によく馴染んでいます。
ご自慢のリアのガラスハッチは草の中に姿を消していて、あったとしてもこのサビ加減では可動するか怪しいものです。

コメント:管理人

春から夏日和の長野にて2018(49)

ハイゼット

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイゼット平床3方開きスーパーデラックス
(S38TD)
年式:昭和46年FMC~49年MC
長野県にて
2018年3月撮影

ハイゼット

ダイハツ・ハイゼットスライドバンスーパーデラックス(S38VSU)
年式:昭和47年FMC~49年MC
長野県にて
2018年3月撮影

同じ日の朝と夕方に撮影した、広ーい長野でざっくり言うならご近所の2台のハイゼット。
丸っこいフォルムと、前期型のガーニッシュのデザインから、鈴木B360は巨泉があるのだから歌丸じゃないとばかりに呼び、以後拙ブログにてそのネーミングを時折使用しています。
「歌さん。」と探索中に見つけた折には呼んでおりますが、最近なかなか呼べずにいます。
草ヒロではサビ果てていて原形をまず見ることが無いヘッドライトのガーニッシュ、特にこの記事のバンはボディともどもサビまみれです。
本来ガーニッシュは黒色をしていて、当時軽トラで流行したものを取り入れたとのこと(三樹書房・日本の軽自動車―カタログで楽しむ360ccの時代 より)、ミニキャブ、キャリイ、サンバーとも確かにブラックマスクになっています。

コメント:管理人

令和元年の年末慰安旅行より(4)

ハイゼット

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイゼット低床一方開き
(S37P)
年式:昭和43年FMC~44年MC
長野県にて
2019年12月撮影

鈴木B360が見つけたサニーバンの撮影アングルを捻りだそうと、反対側へと回った管理人の視界に飛び込んできたのは、裏に隠れていたハイゼットでした。
少し隠れていなければ残らぬご時世となりましたが、周囲はのり面とコンクリート壁、フラットな部分も畑へアクセスする人が通れるだけの道(階段付き)で、搬入路はコンクリート壁で囲ってしまったあたりと推定できる、今となっては移動もままならない立地となっています。
スーサイドドアの前期型で、このハイゼットでも元気よくオタマが振り上げられていました。

コメント:管理人

オートサロンに行く前にちょいと寄り道

スプリンター

帰宅中の鈴木B360から昨年末に送られてきた写真には、真っ暗闇にライトで照らされた廃車体の姿がありました。
オートサロンへと向かう道中に寄り道をして現物を見せてもらってきたのですが、横浜市内の細く不規則な街路が張り巡らされた一角にポツンといらっしゃいました。

スプリンター
スプリンター
スプリンター
200112_05.jpg

トヨタ自動車工業
トヨタ・スプリンターデラックス
(KE25)
年式:昭和45年FMC~46年MC
神奈川県横浜市にて
2020年1月12日撮影

初代カローラのクーペモデルとして派生したカローラスプリンターは、2代目でスプリンターとして独立を果たし、昭和46年MCで4ドアセダンが追加されるまでは2ドアクーペモデルでした。
こちらのスプリンターは、その2ドアク―ぺオンリーだった時代、2代目の前期モデルになります。
雨戸を固く閉ざした民家の庭先にあるスプリンターは、荒れるに任せて放っておかれて久しく、民家に見られる不動車では見られないまでに荒廃が進んでいます。
その姿は、ストリートビューで2009年まで遡ることができ、当時ですでに民家の雨戸は閉ざされていて、スプリンターはトランクフードが失われていなかったものの、ガラス類は今と変わらずです。
海無し区にありますが、丘をいくつも越えて流れてくる潮っ気のある風にあてられて、年々ボディーのサビを酷くしていきました。
テールライトに下には、カローラではない証?として、カローラ店ではなくトヨタオート店の販売店ステッカーが残っていました。

コメント:管理人

追伸
オートサロンの方は、ピカピカの日野ルノーが目を引きましたが、カメラの放列がすさまじく撮影を断念。
ルパン三世カリオストロの城で登場のチンクエチェントを忠実に再現したものや、最新のジムニーに初代LJ10の雰囲気を再現したカスタムカーなど拾いつつも、観客数が多く隅々までは拾いきれませんでした。

2018年末慰安旅行より(29)

ハイゼット
20011202.jpg

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイゼット平床1方開きデラックス
(S37TBD)
年式:昭和44年MC~45年FMC
長野県にて
2018年12月撮影

山あいにて吹雪の中白くけぶる景色の中に、サビ色ボディを際立たせて佇むハイゼットトラック。
発見するも遠くて吹雪いていたのと、遠目で550の軽トラという判定を下したため、とりあえずスルーをしてヨソを探索しに行きました。
探索での「後で」は、ルート的な確約が無ければ、先のノリによっては戻ってこない事の方が多く、この時も雪で位置がよく分からないままテキトーにぐるぐるしていたのに、ジャスト!戻ってこられちゃいました。
もう一度見てみると550にあらず!で、吹雪いていましたが覚悟を決めて行きました。
雪に突き刺さったオタマ・・、もとい助手席側ミラーがスラリと立っているのが印象的で、写真で見返したとき見事にサビたボディよりも、まずミラーに目がいってしまいます。
現地では、とにもかくにも寒かったしか記憶がありません。

コメント:管理人

2018年末慰安旅行より(28)

ハイゼットバンとカムリ2010

2010年3月撮影

ハイゼットバン2014

2013年11月撮影

ハイゼットバン2018
ハイゼットバン2018

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイゼットバンスーパーデラックス
(S37VSU)
年式:昭和43年FMC~44年MC
長野県にて
2018年12月撮影

隣の初代カムリは姿を消し、取り残されてしまったハイゼットバン。
カムリが在りし日の写真は2010年の撮影なのですが、今の荒れように辻褄を合わせるなら、その倍は月日が経ったように感じられます。
ハイゼットの車内には耕運機が仕舞われているのは変わりなく、耕地の様子からも現役と見えます。
途中経過の2013年にはカムリはすでに無く、ハイゼットの顔周りは枯れ草を被り荒れ模様。
カムリが居なくなって雰囲気が変わり過ぎで、コメントの冒頭の『取り残された』と感じたのはこの変化ゆえです。

コメント:管理人

2018年末慰安旅行より(27)

ハイゼット2006

2006年9月撮影

ハイゼット2014

2013年2月撮影

ハイゼット2018

2018年12月撮影

ハイゼット2006

2006年9月撮影

ハイゼット2018

2018年12月撮影

ハイゼット2018

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイゼットバンスーパーデラックス
(S37VSU)
年式:昭和45年MC~47年FMC
長野県にて
2018年12月撮影

最初と直近の訪問が同じ戌年。
同じ年に2度訪問したのではなく、12年経っているというのだから、飽きもせずよくやっているということ。
フレッシュではないヤングマンだった探検隊のふたりも、今やすっかりミドルエイジです。
旧車趣味の大先輩が名付けた「巨泉ハイゼット」も、モチーフの大橋巨泉さんは鬼籍に入られ、時代が流れ続けているのを実感します。
こちらの巨泉ハイゼットにあっても、最初のモチモチ極上ボディは薄汚れて、後部ドアはヒンジが壊れて閉まらないままに。
稲架掛けされた稲が並び、人の手が入っていた土地も、害獣除けの電気柵が張り巡らされ、人の手に負えないところに。
電気柵の近くや先に、草ヒロが取り残されている光景を目にする機会が多くなり、大半は耕作放棄と同時に放棄されていった様子。
このハイゼットもそのような1台かもしれないのですが、近くの小屋のかたわらにあった、セットとも言えるファミリアバンは無くなっていました。

コメント:管理人

2018年末慰安旅行より(26)

ハイゼットキャブライトバン
ハイゼットキャブライトバン

ダイハツ工業
ダイハツ・ハイゼットキャブライトバン

年式:昭和40年ライトバン発売(S35V)~42年MC(S36V)~43年FMC
長野県にて
2018年12月撮影

目を皿にして畑に果樹園に草ヒロを探すのではなく、ご飯を食べてちょいとばかりボーっとしたときに、畑が広がっている方向を全く無視して、広がりの無い樹々が続く方向の、しかも先ではなく流れ去る後方をボンヤリと眺めていた管理人が、一瞬のガードレールの切れ目にハイゼットキャブの姿を発見。
フツーなら畑の方を見て広がっていく奥へと目線を転じていくのが、全く無視してしていたら、サブリミナルに等しいひとコマを捉えていました。
このハイゼットキャブ、ハイゼットの歴史では2代目にあたり、以後のハイゼットの本流となるスタイルが確立されたモデルです。
エンジンが空冷の前期型と水冷の後期型で異なり、これによりS35、S36と型式が異なりますが、外見に関しては本個体で捉える姿では区別ができませんが、サイドミラーが三角窓下に無いと思われるので、後期型と推定できます。

ハイゼットキャブ(空冷)

ハイゼットキャブ前期型(S35)


ハイゼットキャブ(水冷)

ハイゼットキャブ後期型(S36)

前期・後期の外観の差は、サイドミラーの生えている位置。
そして前面ベンチレーターに付いたダイハツのエンブレムです。
写真の個体では、ベンチレーターのエンブレムは脱落していてありませんが、長方形に塗装の濃い部分があるのが確認できます。

ハイゼットキャブ

ハイゼットキャブ後期型(S36)

ベンチレーターに関しては、後期型ではスーパーデラックスでは装飾が施されアクセントになっていて、より判別しやすいです。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊~平成をしめくくる長野旅行から(16)

20010801.jpg

日野自動車工業
レンジャー4S

長野県にて
2019年4月撮影

止まったところで車から降りもせず、助手席から撮ったところ、カメラの音に撮影完了を察した鈴木B360が車を発進させ、もう少し前だったかな?と後の祭り。
手前のパイプにピントが合うでもなく、レンジャーをちゃんと捉えているのが逆に悲しい!
数カ月草ヒロの日干しにあっていても、探索2日目のラストを迎えるころには、草ヒロによってはお外が寒いからと露骨なサボり
をするようになります。

コメント:管理人

令和元年の年末慰安旅行より(3)

いすゞキャブオーバートラックTP91E
いすゞキャブオーバートラックTP91E
いすゞキャブオーバートラックTP91E
いすゞキャブオーバートラックTP91E

いすゞ自動車
いすゞTP91E
(推定)
年式:昭和41年~43年
長野県にて
2019年12月撮影

探検隊の探索では珍しい大型トラックの個体を発見。
住宅の隙間に現われたゴチャっとしたゾーンのヌシとして鎮座していました。
この大型トラックが行き来するには周辺の道路は狭く、なにより正面の道路とは段差があり、側面の道路はサブロクが通れればいいくらいの畑へと降りていく舗装道で、どうやって入り込んで落ち着いてしまったのか?というデカブツです。
その大きさから大型トラックに目が真っ先に行くはずが、にぎやかに置かれた様々な物に取り囲まれ、「なんか古いトラックがあった!」と辛うじて気づけました。
古いと言ったのには訳があり、フロントガラスが1枚ガラスではなく中央で分割されたものだったからで、昭和30年代も期待できるところでしたが、調べてみると少々の誤差あって昭和40年代初頭でした。
昭和37年に登場したいすゞ自動車のキャブオーバートラックは、8トン積TD70E、10トン積TP80Eがあり、39年にヘッドトライトを2灯から4灯へ、41年に10トン積が荷台を拡大(荷台長8180mm)してTP91E、43.年にキャブを一新します。
こちらの個体は、キャブの特徴から41年に荷台を拡大したモデルと推定でき、37年のキャブオバートラック登場時の雰囲気を濃く残したデザインをしています。
残念ながらヘッドライト周りは遮られ伺うことはできませんでした。

1枚目写真、トラック以外の部分を修整

コメント:管理人

草ヒロ探検隊~平成をしめくくる長野旅行から(15)

サニーバネットコーチ
サニーバネットコーチ
サニーバネットコーチ
サニーバネットコーチ

日産自動車
サニーバネットコーチ9人乗GL

年式:昭和53年登場~57年MC
長野県にて
2007年5月と2019年4月撮影

物置になってから20年目くらいと30年目くらいのお姿。
洗車をしなままに汚れが酷くなったくらいしか差が見られず、良い感じに熟成したとも言い切れないのがモドカシイ。
10年くらいで大きく鉄板の色合いを変える草ヒロも居るので、農薬の有無や日当たりの良さ、好条件がそろって、バネットが恵まれて変わらないのと言えば良いはなし。

コメント:管理人

草ヒロ探検隊~平成をしめくくる長野旅行から(14)

ミゼットMP4
ミゼットMP4
ミゼットMP4
ミゼットMP4
ミゼットMP4

ダイハツ工業
ダイハツ・ミゼッ
ト(MP4)
年式:昭和36年8月~37年9月
長野県にて
2007年5月と2019年4月撮影

ルーフがキャンバス張りで、ボンネットが少し尖ったフォルムをしていて、ライト脇のベンチレターが小さい、MP5と簡単にMP4を区別するポイントです。
それらを撮影年が違う写真を見比べることで、こちらさまがMP4だというのがお分かりいただけると思います。
弱点とも言えるキャンバス張りのルーフを覆うのに重点を置いていたブルーシートが、はだけ落ちてボンネットを隠しています。
季節の違い以上に、ミゼットの周辺がすっきりとしていて、ミニキャブも居たはずなのですが姿なくなっていて、整理されたのが伺えますが、ミゼットは思い入れからか残されたのかもしれません。
荷箱はトラック草ヒロの定番チックに、雑多な物入れとなって賑やかでした。

コメント:管理人

春から夏日和の長野にて2018(48)

ニューライン
ニューライン
ニューライン

ダイハツ工業
ダイハツ・ニューラインとハイゼットバン

2012年3月撮影
長野県にて

まずは2012年3月撮影の写真から。
昭和30年代の車ながら、平成の世に有っても現役バリバリの物置でした。
つづいて、その次の訪問。

1960年代のオールドダイハツ
ニューライン
ニューライン

2018年3月撮影

6年経過して現存を確認。
新旧の写真を比較すると、顔を覆ていた木の板やタイヤがどいてお顔をすっきり拝見できるようになっていたり、その他様々な物の置かれ方がことなります。
相も変わらず物置として大活躍なのですが、興味深いのは新旧それぞれ3枚目のニューラインのサイドビュー。
なんと2012年当時は無いものと思っていた荷箱の左側部分が、丸太に隠れていただけで存在していたことです。
右側からの眺めでも別物のようにズレた場所にありますが、左側の相当キャビンからズレていて、中央部分でどのように辻褄を合わているのでしょう。

コメント:管理人

令和元年の年末慰安旅行より(2)

ダットサン1200ライトバン
ダットサン1200ライトバン
ダットサン1200ライトバン
ダットサン1200ライトバン
ダットサン1200ライトバン

日産自動車
ダットサン1200ライトバン
(V320)
年式:昭和38年MC~39年MC
長野県にて
2019年12月撮影

古木に寄り添うダットサン。
ダットサン1200トラックのライトバン、もといムード的にはブルーバードのライトバンとも謳っていましたが、ブルーバードを名乗ったライトバンは510登場までお預けです。
ブルーバードには4枚ドア+テールゲートというスタイルのライトバンとも見えるエステートワゴンがあり、これとブランドを明確に分けて商用車に徹したのがダットサンバンでした。
草ヒロ的には申し分のない昭和30年代のモデルで、令和まで姿をとどめていたというのが驚きの1台です。
果樹園の真ん中という立地ですが、片側は樹木等なく道路からすっきりと見通せます。それととあるところから良く見えました。
物置としてはダットサン下の土砂流出が進んでいて、ドアは開閉に耐えられる年式とは思えず、外れ開いた窓のところから辛うじて出し入れができそうです。
果樹園草ヒロに見られる農薬による影響は少ないようで、劇的な深いサビは見られません。
ルーフは長年の雨に打たれて塗装の下地が綺麗に出てきており、よく熟成した草ヒロになっています。

コメント:管理人

錦秋の伊那谷にて2019(3)

セドリック

日産自動車
ニッサン・セドリックカスタム6

昭和41年10月MC~42年10月MC
長野県にて
2019年11月撮影

少し脇道にそれて現存を確認。
池のほとりをスイスイ来ましたが、セドリックの周辺には枯れ木が散乱していたため、もう一歩というところから眺めておしまい。
これほどの草ヒロは再訪問でしか見られないねぇとか思っていたら、翌月同じく長野で、同年式をもう1台。
なんだかんだで2019年も草ヒロ趣味を続けられ、来年も変わらぬスタイルで行けそうと思えました。

2020年は、もう少し更新頻度を増やせればと誓い、2019年を締めくくります。
それでは、皆さまよい年をお迎えください。

草ヒロ探検隊

令和元年の年末慰安旅行より(1)

19123000.jpg

数百メートルの遠方からは
パブリカか外国車に見えた構造物さま


旅の2日目最後の最後、夕暮れ迫るゴールデンタイムに久しぶりの大ヒット。
それより小一時間前には、遥か彼方のU字溝がシルエットからパブリカに見え、加えてコンスタントに草ヒロを見つけていて探索感度がMAX、でも、そもそも草ヒロが居なければ意味がない。
最近の旅では空振りか小ヒットにとどまり、早じまいすることもありましたが、今回は違いました!


130セドリック
130セドリック

日産自動車
ニッサン・セドリック
(130)
年式:昭和41年10月MC~42年10月MC
長野県にて
2019年12月撮影

家路を急ぐ車の抜け道になっているところで、遠くの茂みの草ヒロの姿(荷台のあるダットサンなんたら)に停車しかけるも、後続車に押されて通り過ぎて舞い戻っての2匹目(箱のダットサンなんたら)と、セドリックはさしずめ3匹目のドジョウ。
ついさっきは気が付かなかったけれど、セダンが浮いています。
写真では明るく見えていても、周囲は暗くなっていて、この色合いのセダンが見えたのは舞い戻ってきたからこそ。
何の変哲もない畑の納屋の隣で、余生を送っているセダンが、まさか高級車セドリックとは思いもよらず、リアまで回って確認できた時には驚いたものです。
このような車なら、とうの昔にドナドナされていて当然の1台ですが、そうならなかったのは車体を浮かせた立地によることろかもしれません。
姿が見えた左側は、前後輪のホワイトリボンタイヤに後輪のホイールキャップが確認できます。
車体は大きく損傷している様子は無く、一部にサビも見られますが良く、車内も先まで見通せているため物置として使われていたのではなく、処分せずに置いてあったという雰囲気です。
グレードはスペシャルシックスかな?と思います。

コメント:管理人

令和最初の年末慰安旅行

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北の方の大地を、札幌ナンバーのレンタカーを転がして旅してきました。
草ヒロ探検隊、恒例の年末慰安旅行です。
1泊2日の強行日程となりましたが、レンタカーを700キロくらい走らせて、雄大な大地を東西南北駆け巡ってきました。

19122703.jpg

前段の文章にて北海道をにおわす表現がございましたが、慰安旅行の地は毎度お馴染みの長野です。
札幌ナンバーの青いニッサンノートの背後に写りこんでいる風景は浅間山です。
別天地を夢見ながら、日程や天候のリスクを考えて、結局は長野に落ち着きます。

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もう何度通ったかわからないような道、数年うん十年ぶりに通る道。
ソーラーパネルに埋め尽くされ、工場が、家が建ち、耕作を止めてしまったところ、それぞれ雰囲気を変えています。
それら道中を巡った今回の旅。
長年かけて点を線で結んだものを繰り返しただけなのですが、分かれ道での選択の違いが面白いくらい明暗を分けていて、まだ新たな発見が出てきてくれます。そして何年も前の探検隊がアホだったことがよくわかる旅でもありました。
あの草ヒロのお隣さんに大物が、隣の沢に埋もれた車がいたなんて。飽きもせず安定の長野でした。

コメント:管理人

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草ヒロ探検隊

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  本部:神奈川県M半島中部
  探検隊設立:2006年3月
  ブログ開設 :2007年6月1日

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